結願インタビュー

 ネットカフェにて、朝4時に起床。早い時間に眠ってしまったこともあり、随分と早起きになってしまった。もう少し眠っていようと思うも、一度目が覚めるとなかなか眠れず。結局は出発準備をすることに。昨日は17時半頃にネットカフェに入ったので、5時半までに出れば安く済む。12時間のパック料金を超えると、値段が高くなるのだ。


 5時ころに店を出ると、雨が降っていた。テレビの天気予報では、雨は朝のうちだけといっていたので、それを信じてとりあえず出発することにする。まずは近くにあるコンビニのイートインコーナーへ避難。前日にイートインコーナーがあるのをチェックしていた。そこで朝食を食べ、スマホでニュースなどをチェックしながら時間を潰す。朝食代だけで過ごせるので、ネットカフェで時間を延長するよりは安上がりだ。6時半頃になると、雨が弱くなってきたので出発することにした。


 本日最初の84番札所 屋島寺は、小高い山の上にあり、自転車では近くまで行けず途中から歩きになる。車用の道路はあるのだが、それを自転車で走ることはできない。歩きならば少々の雨でも、傘をさして行けばよいだろう。まずは2kmほど先にある、お寺への登山道入り口へ向かう。


 登山道入口近くに公園があり、しっかりとした東屋があった。ここに自転車を停めておき、歩きでお寺を目指す。雨は降りが強くなってきたので、レインウェアを着た上で傘もさすことにした。登山道は舗装され、歩きやすい道だった。ただ、お寺への案内看板もなく、道が間違っていないか心配になる。麓から歩いて30分ほどで到着。雨が降りしきる中でお参りするのは初めてだ。本堂や大師堂の軒先を利用して、なんとかお参りを済ませた。


 雨の中、麓の公園に戻り、東屋でしばらく時間をつぶすことにした。雨がやんでくれないかと期待するが、30分ほど経っても状況は変わらず。次の85番札所 八栗寺は最後はケーブルカーで登るので、ケーブルカー乗り場まで頑張ればいいかと、出発を決断。


 ケーブルカー乗り場の手前から、斜度のきつい坂があった。レインウェアを着込んでいるので、汗で蒸れてびしょ濡れになる。雨も降っているし、外も中も濡れてしまい気持ちが悪い。乗り場の屋根付き駐輪場に駆け込んで、レインウェアを脱ぎ、汗を拭く。やっと人心地がついた。


 八栗寺へはケーブルカーで、5分ほど。ケーブルカーを降りると、お寺の入り口には鳥居があって神社みたい。お寺へは裏口から入るような形になっていた。歩き遍路道から訪れると現れる、本来の山門に回って改めて入り直す。歩き遍路道から入ってくると正面に本堂が見えお寺っぽく、ケーブルカー側から入ってくると、聖天堂が見え神社っぽくなっているという作りだった。


 お参りをすませ、ケーブルカーで降りた後には、ちょっと早い目の昼食をとることにした。ケーブルカー乗り場のすぐ近く、おじいちゃんとおばあちゃんがやっている、昔ながらの食堂。メニューはうどんとおでんのみだった。月見うどんを注文する。冷えた体に、温かい食べ物がうれしい。食後は少しおばあちゃんと話をする。お遍路も残り3つ、自転車なら本日中に回れるだろうと励ましてくれる。88番札所 大窪寺までの最後の坂道が心配だったが、ここで本日中の結願を心に誓った。


 次は86番札所 志度寺。町中にあるお寺で、八栗寺からも7kmほどの距離。到着する頃には、雨はやんでいた。町中のお寺は、面白みが無い。次の87番札所 長尾寺へ向かう。こちらも志度寺から7kmほど、町中にあるお寺。お参りを済ませると、残すは88番札所 大窪寺のみ。いよいよ最後のお寺。現在の時刻は13時すぎ。長尾寺から大窪寺までは16kmほど、ただけっこうな坂道。果たして納経受付時間内にたどり着けるだろうか。


 長尾寺を出発すると徐々に上り坂になってくる。それほど広くない車道をトラックなどが走っていく道。ノロノロと車道を走るのは危険と考え、歩道を走ることにした。


 途中、橋の上の狭い歩道を、野良犬が防いでいた。近づいて追い払おうとしても、なかなかどいてくれない。お遍路の最後の強敵は野良犬だったか。さて、どうしたものか。車道は走りたくないし。そう思った時に、犬が近寄ってきて、車が来ないタイミングを見計らって、車道を横切り去っていった。あの犬は何だったのだろう。


 しばらく坂道を頑張って走ると、道の駅に到着。道の駅の向かいは、お遍路交流サロンがある。こちらにはお遍路に関する資料がたくさん揃っているほか、自転車遍路大師任命書がもらえると事前に調べていた。館長さんに挨拶し、自転車で回っていることを伝えると、自転車遍路大師任命書とバッジなどをいただけた。さらにお茶とお菓子のお接待を受けながら、この先の道の状況を聞く。思っていたよりも、坂道が厳しそうなことを確認。改めて気合いを入れて出発。


 その後は聞いたとおり、なかなか厳しい坂道が続く。一度峠を越え、下った後にまた上り。休憩を何度も挟みつつ、ついに最後のお寺に到着。大きな山門の近くに自転車を停め、お寺に入っていく。残念ながら、この立派な山門は裏口だったようで、入るといきなり大師堂。今回も本来の山門に回り込み、改めて入り直す。


 手水所で身を清める。こちらにも尾道市の方が奉納した柄杓があった。彼女たちも無事結願したのだろう。今まで一度も鐘をつかなかったが、最後だけは鐘をつくことにした。山の中に響き渡る鐘の音が心地よい。


 本堂、大師堂とお参りを済ませ、納経してさぁ帰ろうというところで、インタビューを受けることになった。いきなりインタビュアーが年齢や遍路方法について聞いてくる。50歳であること、自転車で回ってきたこと、奈良から来たことなどを答えた。テレビカメラはなく、片方でどこかと会話していたので、ラジオの中継だろうか。


 そもそも自己紹介もせず、人のことだけを聞いてくるという失礼なスタイル。大変ですねぇとか言ってくるけど、心はこもっていなさそう。その後の質問は、適当に受け答えしておく。さらに早く終わらせろと思い、手をくるくる回し、テレビ業界で使う「巻き」を指示した。


 そうすると最後にと、結願した感想を聞かれた。


 まだ結願したことが実感として湧いていない。やっとついたなぁというくらい。大変なことをやり遂げたという思いもなく、これで願いが叶うとかもなく、感動で涙が溢れてくることもない。ただ、回り終わっただけ。多分この後、家に帰るまでに、自転車で走りながら、色々と思い浮かんでくるのだろう。


 そんなことを答えておいた。インタビュアーは期待した答えではなかったのか、ポカーンとしていた。結願したからといって終わりではない。お礼参りに、1番札所 霊山寺と高野山にも行かなければならない。旅はまだ続くのだ。


 問題はこの後どこで寝るかだった。朝の時点では、道の駅で泊まって明日結願、そのまま霊山寺へと考えていた。朝には雨が降っていたので、これほど順調に進めるとは思っていない。大窪寺に時間内にたどり着くことのみを考え、その先のことまで考えていなかった。お参りを終えたのが16時くらい。とりあえず徳島市方面に向かうのだが、どこまで進めるか。


 とりあえず進むのみと思い出発する。ひたすら下りなので、寒くなってくる。ウインドブレーカーの上に、さらにレインウェアをきて、寒さをしのぐ。途中、テントの張れそうな公園があればそこで泊まろうか、とも考える。しかし、せっかく結願したのだからテントではなく、ゆっくりとした所に泊まりたいと考え直す。結願したことを、もう少しかみしめたい。ネットカフェかビジネスホテル、できればビジネスホテルが良い。それならばちょっと頑張って徳島市街に行かなければと。


 随分と坂道を下り続け、18時くらいになっても、いっこうに徳島市街地には近づけない。思っていたより徳島市街は遠かった。暗くなってくると、道路も走りにくくなる。体が冷えているので、お風呂にも入りたい。2日目に泊まった土成あたりまで進めば温泉があったはず。そこまでは頑張ろうと。このあたりになると思考は滅茶苦茶。自分でもどこに泊まればよいか、あてがないので、どうすればよいかの考えはまとまらない。これまではその日に泊まる場所を考えて行動していた。予定外の行動をとると、意外と自身の脆さを感じる。泊まる場所を見つけられるか、そこまでたどり着けるか、不安だった。


 走っているとビジネスホテルの看板が見えた。電飾があるわけでもないのに、輝いて見える。砂漠の中のオアシスとは、このように見えるのだろうか。もうここでいい。ここで泊まろうと。ビジネスホテルを訪れるも、受付に人はおらず。呼び鈴を押しても、誰も出てこない。その場所にいるのに、ホテルに電話して、空きがあるか確認。空きは無し。しかし、同じところが経営する隣の旅館なら空いているとのこと。旅館だと値段が高くなるのではというと、ビジネスホテルと同じという。リーズナブル。


 結局、昔ながらの和風旅館に泊まることになった。食事は併設するうどん屋で、食べてくださいとのこと。昼に続き、夕食もまたうどんだった。そういえば徳島ラーメン食べていないな。そんなことを思う。食後はお風呂に入って、部屋ではテレビを見ながらゴロゴロとした。畳の部屋に布団を敷いて寝るのは、ずいぶんと久しぶりだ。


 結願をかみしめようと思っていたのに、感動は薄くほぼ日常と変わらず。ブログを書きながら、本日を振り返っても、目的を達成した感動は湧いてこない。お礼参りが残っているからだろうとか思いながらも、僕の本質はこんなものだろうとも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る