頑張らない日

 キャンプ場にて、朝6時に起床。昨夜は少し雨が降ったようで、東屋の周辺は濡れていた。東屋の下でテントを張ったのは正解だった。朝食を食べた後は、テントの撤収。フライシートやグランドシートに付いていた泥は乾き、砂状になってパラパラと落ちていく。東屋の中でテントを張ったことで夜露や結露で濡れることもなく、テントの撤収は楽だった。


 本日の天気予報は曇り時々晴れだったが、思っていた以上に天気がよろしくない。今にも雨が降ってきそう。海側を見ると晴れているのだが、これから向かう雲辺寺のある山の方には黒い雲がかかっている。出発は少し遅らし方が良いか。しばらくはキャンプ場で時間を潰して、様子を見ることに。


 結局、2時間ほど待ってみたものの、天気は特に変わらず。相変わらずの曇り空、といって雨が降ってくる訳でもないので、出発することにした。


 66番札所 雲辺寺は標高900mにあるお寺。標高250mくらいからはロープウェイを利用する。その乗り場のあるところまで約5km、なかなかの上り坂がまっている。ゆっくりと休みをとりながら、上っていく。少し斜度のきついところもあったが、それがずっと続くわけでは無い。昨日の三角寺までの道よりは楽だろう。


 途中、ロープウェイが見えたのだが、ロープウェイの進む先は雲の中のよう。こんな状態でも動いているのか、少し心配になる。1時間はかからずに、ロープウェイ乗り場に到着。ロープウェイは問題なく動いていて、20分間隔の運行。到着後すぐに、団体バスが到着。人数的には一緒に乗れるようだが、満員のロープウェイなんて嫌なので、一便パスすることにした。


 ロープウェイ乗り場の待合室でしばらくの休憩。20分ほど待って、いよいよロープウェイに乗り込む。ロープウェイの中からは、海側の景色は見えるが、山側の景色はほぼ見えず。ロープウェイは雲の中に突入していった。


 到着した山頂駅では、気温13度と表示されている。寒い。ロープウェイ乗り場へ来るまでに、しっかりと汗をかいていたので、体が冷える。持ってきていたウインドブレーカーを着ても、汗で冷えた体にはそれほど効果はない。寒さをこらえて、雲辺寺へ歩き出す。雲辺寺までは、徒歩10分くらいの距離。


 参道には羅漢像が並んでいた。一体ごとに表情や装いは違い、バラエティに富んでいる。じっくりと見ていきたいところだが、寒さに震える体ではゆっくりとしていられない。足早に通り過ぎていった。


 たどり着いた仁王門は、最近修復されたのか、時を経た感じがしない。そこだけが新しく、お寺の雰囲気にそぐわない感じ。もう10年ほどしたら、それなりに風格は出てくるのか。10年では無理か。そんなことを考えながら、仁王門近くのトイレで用を足す。これで少しは体の震えが止まり、心に余裕が出来た。


 仁王門をくぐった先にある階段を上がると、まず大師堂があった。本堂はさらに奥にあるという。お遍路においては通常、本堂・大師堂の順でお参りするので、これでは順路が逆だ。この配置に納得がいかない。大師堂は通り過ぎ、さきに本堂に行きお参りをする。その後また大師堂に戻ってお参り。納得がいかないままのお参り。


 すでに65のお寺にお参りを済ませている。いままではお寺の伽藍の配置を、このように気にしたことはなかった。案内板に導かれ、何も考えずにお参りしていたような。ここに来て伽藍の配置に疑問を持つことに、意味があるのではと考える。敢えて本堂と大師堂の位置を変えて、疑問を持たさせているのか。こだわりのない人は大師堂・本堂の順でお参りするだろう。これは試されているのかも。そんなことを考えていた。


 お参りを終えて、ロープウェイ乗り場へ戻る。帰りには少し余裕があったので、五百羅漢の顔をしげしげ眺めつつ歩く。これらは山の上で作られたのか、それとも下から持ってきたのか。そんな疑問が浮かんでくる。山の上のお寺は、その材料はどこから調達したのだろうなんてことをいつも思う。


 ロープウェイ乗り場の待合室で、缶コーヒーを買った。寒い寒いと言いながら待っていると、係の人がストーブを入れてくれる。暖かさがうれしい。そういえばもう10月も下旬になった。これからは寒さとの戦いになるのかも。


 ロープウェイで雲を抜けて下界へ。下の世界もそれほど温かくなかった。それなりの標高にあるからか。坂道を下って、本当の下界へ向かう。さすが標高が下がると、少しは暖かくなった。天気もよくなってきたし、気分良く次の67番札所 大興寺へ。案内看板にだまされて、回り道をした上にちょっと坂道を走らされてしまった。


 お参りを済ませた後は、70番札所 本山寺に向かうことにした。本日は68・69番札所の近くの公園で泊まる予定。順番が逆になるけど、この方が回りやすい。44・45番でも逆回りしているし、まぁ良いだろうと。


 本山寺へ向かう途中にあった、セルフ形式のうどん屋で昼食をとることにした。昨日、香川県に入ってから、道中にうどん屋さんが登場することが増えていた。何度か入ろうと思ったが、営業が終わっていたり、道路の反対側で行きにくかったりと、お預けになっていたのだ。讃岐うどんらしい、しっかりとした腰があり食べ応えがあった。値段のわりにボリュームもあって満腹になる。


 本山寺にはすぐに到着。美しい五重塔があるお寺だった。修理中のようで、五重塔をフェンスが取り囲んでいたのが残念。お参りをすませ、68・69番札所へ向かう。なぜか68・69番の札所は同じ境内にある。1ヵ所で2つの札所を訪れることが出来、なんだかお得な気分だ。川沿いの道を走って、すぐに到着。68・69番共用の立派な仁王門をくぐり境内へ。


 68番札所 神恵院の本堂はコンクリートむき出しの近代建築だった。最新型のお寺だ。かっこいい。となりにある69番札所 観音寺の本堂は普通。この対比が面白い。1ヵ所に2つの札所があるからこそ、こういった思い切ったことが出来たのだろう。61番札所 香園寺のコンサートホールのような建物に感じた違和感は、こちらではない。それは新しい建物に本堂を入れこんでしまったのと、本堂自体を最新型に作り替えたのとの違いだろうか。本堂としての存在感が違う。


 本日は土曜日ということもあって、団体さんが多かった。雲辺寺でも、本山寺でも、さらにここでも団体さんと遭遇する。団体でくるのが悪いわけでは無いが、静かにお参りしたいのにガヤガヤとくるし、お経を読むのは木魚をたたくので、こちらのペースも乱れてしまう。出来るだけ一緒にはお参りはしたくない。


 団体のお参りが済むのを待ってお参りをするが、向こうは大人数で移動して、みんなそれぞれ線香とろうそくをあげてと行動が遅く、すぐに追いついてしまう。そしてさらに待つことになる。2つの札所があるので、4回読経する必要があり団体を避けながらだと時間がかかった。


 お参りが終了したのが、15時前。次の札所へも行ける時間だが、本日はこれにて終了とする。


 札所の近くには、日本一周の時にも利用した琴弾公園がある。テントを余裕で張れるくらいの大きな東屋があり、近くに温泉施設もあるので、宿泊するには向いている。本日はあまり頑張らずに、ここで終わりにすることに決めていた。まずは東屋を見に行く。3年前と変わらずあって、ひと安心。


 あの時、63歳で自転車遍路をしている人とこの東屋で一緒になった。少し話しただけで終わったが。あの人はどのような気持ちで、お遍路をしていたのだろう、同じ立場になった今、思う。お遍路ももう終盤で、ラストに向けて頑張ろうという気持ちだったのだろうか。それとももう飽き飽きしていただろうか。


 最近の自身の行動を振り返ってみると、お遍路への情熱はなくなっている。そもそも信仰心もなく始めたのだから当然だろう。自転車で走り、お参りすることの繰り返し。単純作業のようなものだ。もちろん観光の要素もあるし、キャンプをするのも楽しい。御朱印もどんどんたまってきている。しかし、改めて自身にとってのお遍路とはなんだろう。よくわからない。北海道旅を中断したことで心に空いた穴、それを埋めるために始めたのだった。旅に目的意識を持たせるために、与えた課題がお遍路。ただ旅の終わりを設定しただけ。結願をむかえた時に、心はどう動くのだろう。東屋のベンチに腰掛けていると、そんなことばかりが頭を駆け巡る。


 頭でっかちになりすぎたと反省して、自転車は東屋に停めておき、しばらくあたりをブラブラすることにした。目から情報を入れることで、思索をストップさせるのだ。考えすぎはいけない。


 この琴弾公園には、時代劇のオープニングでおなじみの銭形砂絵があることで有名だ。それを見に行くことにした。ただし、展望台から見るのではなく、横から見るだけ。全体像がわからないそれは、ただの砂丘のような、砂場があるだけのような。あぁ、お遍路も全体像で見るか、目の前にあるものだけを見るかで変わるのだろうと、また余計なことを考えてしまう。


 16時頃になり温泉施設に行くことにした。値段はちょっと高いが、露天風呂に種類があって、気持ちの良い温泉。1時間半くらい、のんびりと温泉施設で過ごし、辺りが暗くなってきたタイミングで東屋に戻る。


 さっさとテントを張って、引きこもる。本日は雲辺寺のロープウェイまでの坂は頑張った。しかし、それ以降はのんびりとしたもの。雨も降っていないのにたるんでいると言えばそれまでだが、こんな日があっても良いだろう。

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