愛媛最後の札所

 昨夜のこと。テントには少し水がしみ出してきていた。自転車カバーを利用することで、なんとかマットが濡れるのを防ぐ。夜は大雨の予報。さて、どうなるか。


 夜中にテントを打つ雨音が激しくなり、目を覚ますことが数回あった。大きな木の下に張ったとはいえ、テントに吹き付ける雨を防ぐことは出来ない。朝3時頃、激しい雨音で目を覚ます。前日に確認したところ、3時くらいに雨がやむ予報だったのに。雨は一向にやまず。早くやんでくれることを祈りつつ、目をつむり眠ろうとする。しかし、テントを打ち付ける雨音に不安を覚え、なかなか眠れない。意識は雨音の方にいってしまう。


 眠ったのか、眠っていないのかもわからず、朝6時頃、やっと雨音が静かになった。それと同時につま先あたりに冷たい感覚が。自転車カバーを敷いていたので、マットが水に濡れることはなかったが、マットから少しはみ出していたシュラフの脚元が濡れてしまった。テント全体が水に浸かった訳でないので、それほど被害は大きくはない。しかし、テントの中には水たまりが出来ていた。


 テントの中の水をタオルで吸い取り、とりあえずの処置。マットを片付け自転車カバーをよけると、その下もびしょ濡れになっていた。水没とはなっていないものの、テントを乾かすのは大変そうだ。外はまだ少し雨が降っていたので、自転車カバーを敷き直し、とりあえず簡単に朝食をとる。


 食後はテント内の荷物をまとめて、ひとまず炊事棟へ避難させることにする。7時頃になったその頃には、雨は完全にやんでいた。ここからテントの後始末。


 フライシートは拭いて炊事棟の柱に吊しておく。泥だらけだが、これはあきらめるしかない。テント本体は底面の水分を取って、横に倒す。日は照っていないが、とりあえず風に当てて乾かすしかない。側面の泥は少し乾いたところで、ホウキを使って落とした。泥だらけのグランドシートは泥を落とす方法がなく。乾けば泥も落ちるかと思い、ベンチの上に干しておいた。


 乾くまではしばらく待つことにする。ベンチでコーヒーをつくり、しばらくはのんびりと音楽を聴いていた。とりあえず9時半くらいまでは乾かして、そこで切り上げて出発しようと考えていた。日差しがないので、2時間で完全に乾くことはないが、そこまで待っていられない。ある程度乾けば良い。次の札所は山の中にあり強敵だ。少しでも早く出発したいのが、本当のところだった。


 そろそろ出発しようと思ったころに、日が差し始める。出発時間を少し延長し、10時くらいまで待つことにした。やはりお日様の力は強い。かなり水分を取ることが出来る。まだ、若干湿り気はあったが、これは本日もテントを張ればなんとかなるはず。ポールを差し込むところなども泥で汚れてしまっているが、これも乾けば自然に落ちるだろう。完璧にきれいにすることなど出来ない、ある程度で良いだろう。


 10時すぎに出発。本日最初の目的地は、愛媛県最後となる65番札所 三角寺。ここもちょっとした山の中腹にあり、坂道が大変と聞いている。その坂道が始まるところまで、まずは約20km。三角寺に向かう国道11号線は、走りづらかった。道が狭い上にトラックがたくさん通る。しかも、自転車が走る路側帯あたりは、轍がひどかった。


 国道を離れると、徐々に緩やかな上り坂となる。三角寺の案内看板が登場したところが、激坂の始まりだった。住宅地を上る道は、距離は短いものの斜度がキツい。住宅地を抜けていく道は迷路のようと、参考にしたブログにあった。迷う人が多かったためか案内看板が充実しており迷うことはない。


 民家がなくなり、徐々に山の中に入っていく。坂道は相変わらず、斜度のキツい道が続く。斜度の緩くなったところで、休憩をとりながら進む。視界の開けたところで、もくもくと煙を出す煙突が印象的な海沿いの工場がよく見えた。ずいぶんと高くまで上ってきたようだ。この後の坂道は、それほどキツくはない。案内看板があったところから三角寺へは約4kmほど。厳しいのは前半の2kmほどだった。


 最後に少し下りがあったので、気持ちよく三角寺に到着した。山の中にある三角寺は、木々に囲まれ静謐な雰囲気で気持ちが良い。お参りをしている人は他におらず、思いっきり声を出して読経することにした。つぶやくように読経するのとは違い、気持ちが良い。般若心経にもずいぶんと慣れ、最初のころに比べるとスムーズに読経できるようになっていた。


 三角寺の後は、讃岐の1番札所 雲辺寺。峠越えのある内陸を行くのが、一般的な遍路道だ。ただ、標高を見ると大変そうな道。これを避け少し遠回りになるが、海沿いを走る国道11号へ向かった。


 66番札所 雲辺寺は標高927m、四国霊場で一番高いところにある。自転車で上ることも可能だが、ロープウェイがあるのでそれを利用することに決めていた。無理はしない。ただロープウェイ乗り場へもそれなりの坂道が待っている。出発が遅かったこともあり、本日雲辺寺に17時までに到着できるかどうか、微妙なところ。


 海沿いの国道からロープウェイ乗り場へ行く途中に、キャンプ場があった。時刻は15時半くらい。頑張ったら雲辺寺へは行けるかもしれない。しかし、もう坂道はいいやと本日の参拝はあきらめた。


 キャンプ場の受付の方が「今日はお一人なので、好きなところにテント張ってくださって良いですよ」と言ってくれる。テントサイトの案内地図には、東屋が記されていた。東屋にテントを張って良いか聞くと、良いとは言えないけど、私たち帰ってしまいますから、と黙認してくれる。


 丘の上の大きな池のほとりにある、公園に併設されたキャンプ場。駐車場からテントサイトまでが遠く、荷物を運ぶのが大変な作りになっている。おまけに車止めがあり、アウトドア用キャリーすら通れない。自転車ならなんとか荷物を載せていけるが、車やオートバイなら利用したいと思わないだろう。人がいなくて当然か。


 本日はコンクリート敷の所にテントを張れる。テントやグランドシートについた泥も、乾いて落ちるだろう。まずは東屋のベンチで、ちょっと遅い昼食兼夕食。キャンプ場手前にあったコンビニで、あらかじめ買っていた。昨日は1円も使っていないので、ちょっと贅沢なお弁当。


 食後は池の周りをブラブラして、時間を潰す。明日も朝から坂道を上らなければならない。もう坂道ばかりで嫌になるなぁと、坂道のことばかり考えていた。

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