お遍路とお接待
道の駅にて、4時半起床。車のエンジン音で目が覚めた。道の駅に納品にきたトラックのエンジン音だろうか、荷下ろししているような音が聞こえた。テントの外に出てみると、辺りはまだ真っ暗。気温も高原なので、とても寒い。昨夜は長袖シャツにフリースを着て寝たのだが、起きてからはあまりの寒さにライトダウンを羽織る。
早くに納品の車がきたということは、この道の駅は朝が早いのかもしれない。道の駅によっては、納品の人がたくさん来たり、従業員の人が早くから準備にきたりと、朝早くから慌ただしいこともある。慌ただしくなる前に、とっとと朝食を済ませることにした。昨日買ってあった菓子パンと、自販機で購入したホットレモンティーで手早く朝食。バーナーで朝食を準備していると、邪魔になるかもと思い。
食後はテントの撤去をして、出発準備完了。しかし、札所の納経受付時間は7時からなので、あまり早くに訪れても意味がない。しばらくは道の駅のベンチで時間を潰すことにした。スマホでニュース、天気をチェックする。
しばらくたっても朝一の納品の車以降、納品にくる車はない。道の駅が慌ただしくなることもなかった。それならばと改めて、バーナーを出して、コーヒーを作る。寒いので暖かいものが飲みたくなったのだ。コーヒーを飲みながら、ゆっくりとしていた。
時間を潰していると、近くのベンチで寝ていた歩き遍路さんが起きてきた。昨夜テントを張る時に、この歩き遍路さんとは会っていた。ベンチを移動させベッド状にして、寝袋で寝るということだった。その時は、挨拶程度の話だけをして、テントに逃げ込んだ。ベテランお遍路さんとは、かかわりたくないという心情からだ。
そのお遍路さんは寒そうにしている。しかし、温かい飲み物を購入する訳でなく、近くの水道から水をくんで飲んでいた。歩き遍路としては軽装なので、バーナーなどは持っていないようだ。この寒さで水はさすがに冷たいだろうと、コーヒーを飲みませんかと声をかけた。僕としては、かなり珍しい行動だ。
最初は遠慮していたが、コーヒーを作りコップに入れて渡すと、お礼を言って受け取ってくれる。簡単な自己紹介をかわす。年齢は同じ50歳で、区切り打ちでお遍路をしているとのことだった。お遍路同士、過去のことは聞かないのがマナー。あまり深い話はしないように、昨日の午前中は雨で大変だったろうと、軽い話題を振ってみた。
そうすると打ち解けてきたのか、色々なことを話し始めてくれる。一昨日泊まった道の駅は、川のせせらぎの音がうるさくて眠れなかったこと、歩き遍路でも昔ながらの道を歩く訳でなく、歩きやすい道を歩いているなど。
これまで一番キツかったのは、徳島県最後の札所から、高知県最初の室戸岬の札所を目指す道とのこと。何もない道をひたすら歩くのみでキツかったと。最長距離の足摺岬への道は、まだ途中に町があるのでそれほどキツくないらしい。やはり何もないというのは、精神的にもキツいようだった。
昨日は44番札所 大寶寺まできたので、本日は45番札所 岩屋寺へ行ってから松山の町を目指すとのことだ。松山の町で一旦旅を切りあげ家に返るらしい。通常50歳といえば、一番仕事が充実する年齢だ。何があってお遍路をしているのかは知らないが、同い年同士この後も無事お遍路を続けられるよう、励まし合った。
最後に話しやすい人で良かったと言ってくれる。昨夜は宿泊する場所が一緒になった時点で、少し嫌だなと思っていたらしい。ベテランのお遍路さんに嫌な思いをしたことがあるようだった。こちらも同じだと笑いあった。この朝は、この旅で一番良く喋ったかもしれない。
そうこうするうちに夜が明けてきた。あたりは霧に包まれている。寒いし霧はでているし、本日はどうなることやら。それでも出発せねばならない。歩き遍路さんは45番札所 岩屋寺を目指して出発した。
朝6時40分頃、昨日行けなかった44番札所 大寶寺に向けて出発する。道の駅からはそう遠くなく、しばらく行ったところにお寺の駐車場があった。そこに自転車を停め歩くことにする。この先にも駐車場があるらしいが、仁王門を通るならここから歩くのが良いようだ。
霧に包まれた道を歩いて行くと、仁王門がある。そこには巨大なわらじが奉納されていた。仁王門や山門にわらじが奉納されていることは多いが、これほど大きなものは初めて見た。仁王門をくぐると、階段が待っている。見上げた先には、霧に包まれた本堂が。その姿が幻想的だった。
境内には7時くらいに到着。納経所にはすでに人が並んでいた。みんな朝早くから来ているのだなと感心する。お参りを済ませ納経所へ行くと、先ほど見かけた人たちがまだ並んでいた。どうやら受付の方がまだ来ていないようだ。もう20分近くは過ぎているのに。並んで待っていると「遅くなりました」と、何食わぬ顔で係の人が来る。お寺の人も寝坊することがあるのか、それとも何かお勤めがあったのか。ちょっと複雑な思いがした。
これで44番札所は終了。この後は松山市街地へ向かうことになるのだが、これまたちょっとした峠が待っている。標高720mの峠越えだ。道の駅のあるところが標高500mくらいで実質の高度は200mくらい。もと来た道を引き返し、道の駅に1度戻ってトイレを済ませ、峠に向かって出発。
自動車専用道路となった国道33号との分かれ道から、上り坂は始まった。旧33号である国道440号は、緩やかな上りがだらだらと続く。ゆっくりと走っている分には、それほど疲れず足を止めて休憩をとる必要はない。しばらく走ったところで、民家の前で作業している人が、「大変だね!ご苦労さん!頑張って!」と励ましてくれた。僕としてはそれほど疲れてはいないが、のろのろと進む姿は励まさなければと思わせるのだろう。
その後も黙々とペダルをこぎ続け、やっと標高720mの看板があった。そこを過ぎると、今度は一気の下り坂になる。斜度のキツい下りは、不安が気持ち良さを上回る。もし、道に何かあれば転倒するかも、ガードレールに突っ込むかもと。スピードを抑えるための、ブレーキをキツく握る手が痛くなる。少し斜度が和らぎ安心していたところで、国道をはなれ46番札所 浄瑠璃寺に向かう脇道に入っていく。
そこにはもっとすごい下り坂が待っていた。斜度はキツいし、道は狭いし、舗装は荒れているしで、恐怖しか感じない。勢いがついている状態で、対向車が来たら止まれるのか。荒れた舗装にタイヤがとられて転ばないか。自転車のコントロールに神経を使い、ひたすら下っていく。斜度が緩むと、田んぼのあるのどかな集落が待っていた。標高でいうと500mくらいは下ってきただろうか。やっと下りは終わった。
しばらく進み、46番札所 浄瑠璃寺に到着。標高の違いだろうか、このあたりは暖かい。お寺の前で自転車を停め服装を整えていると、ひとりの男性が「どこから来たの」と話しかけてきた。奈良から来たことを伝えると、「それはすごいなぁ。これお接待」とお菓子をくれる。イカ天とピーナッツせんべい。この方の晩酌のお供だろうか、有り難くいただく。
少し話をした後に、お参りを済ませ次の札所に向かう。次の47番札所 八坂寺までは、1kmほど。やはり町中に来ると札所と札所の距離が近くて、回るのも楽だ。八坂寺の門には仁王像は無いが、猫がお迎え。門前にあるベンチで、茶トラが2匹同じ格好をして、気持ちよさそうに寝ている。険しい形相の仁王象と違い、優しいお迎えだった。普段なら猫がいたところで何も感じないのだが、こんな些細なことでも気持ちが和む。
48番札所 西林寺、49番札所 浄土寺と快調に訪れお参り。
浄土寺の納経所では、お接待のチョコレートをいただいた。受付の女性との会話の中で、自転車で回っていると話したら、わざわざ奥へ取りに行ってまで出してくれたのだ。お酒を飲まない僕は甘いものが好きで、特にチョコレートは大好き。甘いもの大好きなんですよというと、「男性の方にチョコレートはどうかと思ったけど、それは良かった」と。
次の50番札所 繁多寺からは、車通りも多く、道も狭くて走りにくくなる。本日は日曜日だし、松山市は大都市だから、車が多いのも当然か。そして51番札所 石手寺は松山市の中でも1番大きな札所。そこへ向かう道も混雑していて当然だろう。
石手寺は広い境内に見所もたくさん。四国霊場で随一の文化財を保有するお寺でもある。道後温泉からも近く、お遍路以外の観光客も多くて賑やかだ。ただ境内が広いうえに建物がたくさんあって、どれが本堂でどれが大師堂か分かりづらい。
日本一周の時も来ているので、今回はお参りすることだけに集中して終わりにする。お寺の奥にはマントラ洞窟なるものがあって、その先には不思議な空間の待ち受けるB級スポット的な場所もあるのだが、この旅の趣旨とは違うので、今回はパスした。
仁王門を出たところでは地元の婦人会の方々が、訪れた人にミカンやお茶をお接待として配っていた。ここでもお接待をいただくことになった。松山市街に来てから急に、お接待をいただくことが多くなった。四国の中でも、特にお接待文化が根付いている町なのだろうか。
これで松山市中心部の札所は終了。次の札所はちょっと離れたところにある。時刻は13時、次の札所へも充分に間にあう時間。しかし、頭の中は、ゆっくり出来るホテルのことばかり考えていた。
一昨日から松山市に来たら、ホテルに泊まろうと考えていた。高知市以降テント泊続きだったし、ここ2日は雨の中の行動だった。体と心を休めるのは、このタイミングだろう。ネットカフェも最初は考えたが、風呂に入って、ゆっくり出来る一人の空間が欲しい。ホテル、ホテル、ホテル。それしかなかった。
スマホで安い宿を探す。次の52番札所 太山寺方面に向かうルートの途中に、安いビジネスホテルを見つけた。近くには温泉施設もある。そこに泊まることに決め、すぐにネットで予約。道後温泉や松山城などの観光スポットは無視し、町の中心部をぬけ、三津浜方面に向かう。まずはホテル手前にある温泉施設だ。
久しぶりのお風呂。四万十市の温泉施設以来か。じっくりと温泉につかり、ここ数日の疲れを取る。この旅初めての、露天風呂にもつかることが出来た。温泉をでた後は、コインランドリーで洗濯して、ホテルに向かう。
予約したホテルは隣がラブホテルで、パッと見はこちらもラブホテルに見えた。もちろんきちんとしたホテルで、朝食がバイキング形式で食べ放題。それも含めて、お値段4300円とかなり安い。フロントにはドリンクサーバーがあって、こちらも飲み放題。ビジネスホテルがネットカフェに負けている数少ないサービス、ドリンク飲み放題がこのホテルにはあった。松山の中心部から離れているためなのか、サービス満点でお得なホテルだった。
夕食は近くのコンビニで調達し、テレビを見ながらゆっくりと過ごす。その間に、すべてのモバイルバッテリーに、すべての充電池、充電できるものはひたすら充電しておく。電子機器をたくさん持っての旅には、この充電するタイミングも重要だ。明日以降もまたテント泊が続く予定。準備に抜かりがあってはならないのである。
久しぶりのフカフカのベットに寝ころびテレビを見ていると、あっという間に眠ってしまった。
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