これは自転車遍路なのか
昨夜はぐっすりと眠れた。120km近く走って、よほど疲れていたのだろう。朝起きたのは、6時すぎ。テントの中で朝食を食べ、7時すぎに出発した。
まずは室戸岬の先端方向に4kmほど戻り、昨日確認した遍路道入り口を目指す。高知県最初の24番札所
ちょっとした山登り。自転車は、遍路道入り口横にある駐車場に停めておいた。
朝からなかなかハードな山道。昨日の疲れもあってか、足どりは重く。歩くこと20分くらいで、山門に到着。山門をくぐり境内に入ると、お遍路さんがたくさんいた。ベンチに座り息を整えながら観察。みんな楽しそうに、記念写真などを撮っている。車で来ているのだろう、山道を上ったような疲れを見せている人はいない。
まずはお参りを済ませ、周辺をぶらぶらと見て歩くことにした。海の近くの高台なので、良い景色が見られるかもしれない。木々に囲まれた境内を出て駐車場へ行くと、視界が開け室戸の町が見渡せるところがあった。
手前には緑の木々が見え、その先には青い空と海が広がる、気持ちの良い景色。朝の空気もあって、清々しい気分になる。ただ昨日より海が荒れているようだ。ところどころ白波が立っている。台風の進路はどうなるのだろうと、すこし気になる。
しばらく景色を楽しんだ後は、元来た道を戻り自転車のところへ向かう。上りよりも、下りの方が膝への負担が大きく、足はガクガクだ。遍路道入り口に到着すると、「日本周遊」の看板をつけた、荷物満載のツーリング自転車が停めてある。一般的には家電製品が有名なメーカーの、オーダーメイド自転車。
しげしげと観察する。ハンドルを取り付けるステムの位置が一般的なロードバイクより高くて、かなりのアップポジション。スピードを求めるより、ノンビリ派なのだろう。茶色の革サドルはかなり乗り込まれているようで、熟成された色になっている。前後に取り付けられた防水バッグも、かなり使い込まれているようだ。そして、そこにはお遍路ステッカーが貼られている。これは同類だ。
自転車や使われているパーツ、装備にこだわりが見られる。多分、この自転車の持ち主とは話が合うのではないか。戻ってくるのを待とうか。そんなことを一瞬考える。いやいや挨拶くらいならまだしも、コミュニケーションをとるのが下手なので、すぐに話題がなくなってしまうだろう。気まずい空気を作ってしまうだけだ。人との関わりを求めてはいけない。次のお寺に向かうことにした。
25番札所
漁港の町にある津照寺の本堂は小高い山の上にあり、125段ある急な階段を上らなくてはならない。山門をくぐるとすぐに階段が待っている。見上げると階段の途中には、竜宮造りの鐘楼門があった。まずは鐘楼門まで上る。振り向くとこぢんまりとした漁港町の風景がみられた。
なんとか本堂までの階段を上り終え、息を整える。24番札所への山道を歩いた後に、この階段である。太ももはパンパン。自転車はそれほど漕いでいないのに、もう足は疲れ切っていた。お参りを済ませ、急な階段を下りる。もし前につんのめったら、下まで真っ逆さまだ。注意しながら下る。
次に目指すは26番札所 金剛頂寺。津照寺からは6kmほどの距離だが、こちらもそこそこの山の上にあるお寺。自転車で上っていく道はあるのだが、事前に調べたところ、それなりに斜度がある坂道。
室戸岬の近くにあるお寺は、どこも高台にある。高さはそれぞれだが、お寺へ至る道は距離はなくとも斜度がある。どうしてお寺へ行く道は、こんな急な坂ばかりなのか。自転車で上る自信はとうに失っているので、挑戦もせずに歩いて上ることに。自転車は邪魔にならない道ばたに停め、遍路道を歩いて行く。本日2度目の山歩き。
もう歩くのは嫌だ。かといって自転車では上れない。そんな脚力、持久力は無い。歩くしかないのだ。そんなモヤモヤした思いを抱えながら歩く。山道が終わると、最後に階段が待っていた。階段を上る時の、足を持ち上げる作業がつらい。周りを見る余裕もなく、お参りをするのみ。
次の27番札所 神峯寺(こうのみねじ)までは、30kmほど。しばらくは歩かずに済む。歩くより自転車に乗っている方が楽だ。やっとしっかりと自転車に乗っていられるのがうれしい。次も厳しい山道が待っていることは知っているが、それは考えずに自転車に乗っていることを楽しむ。
お寺へ行く前に腹ごしらえをと思い、途中の道の駅で昼食を食べることにする。道の駅はリニューアルオープンに向けて改装中で食堂はなく、仮設のお弁当売り場があるだけだった。とんかつ弁当とカツオ入りのコロッケを購入。駐車場横のベンチに座って海を見ながらの食事。途中、風が強く吹き、お弁当のフタが飛ばされてしまった。やはり台風は接近して来ているのか。
分かれ道に「神峯寺まであと3.5km」の標識がある。どうやらここからが27番札所への遍路道の入り口らしい。邪魔にならない道ばたに自転車を停めておき、ここから歩くことにした。いつものように荷物は自転車に残し、お参りセットと補給食・ペットボトルを入れたさんや袋だけを持っていく。
標識のあるところからしばらく行くと、激坂の始まり。舗装された道なので、山道のような歩きづらさはない。しかし、斜度はキツい。途中、舗装路から外れて、山道を行く遍路道がある。これを歩く方が距離的には短くなるのだが、それは無視して舗装路を選ぶ。山道はもういやだ。
なんとか坂道を上りきり、仁王門に到着したと思ったら、本堂までにはさらに階段が待っていた。階段を上る足がぷるぷると震える。
歩き遍路の人たちに比べると、重い荷物は持って歩いていない。それなのにちょっと坂道や階段を上るだけで、疲れてしまっている。このような体力ですべてのお寺を回ることができるのか、そんな不安がやってくる。しかも、毎日書いているブログでは自転車遍路と謳っているのに、自転車を残して歩いてばかり。はたしてこれで良いのか。
お参りを済ませ下り道を歩いていると、様々な思いが頭をよぎる。そして、なぜこんな大変なことを始めてしまったのだろうという、後悔の念も。
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そもそもお遍路を思い立ったのは9月の中頃、図書館でのことだ。ぶらぶらと本を漁っていた時に、ふとお遍路という言葉が思い浮かぶ。この時は旅をしたいという思いだけが頭の中にあって、どのような旅をしようか、何かきっかけを求めていたように思う。お遍路に関する本を読む。八十八カ所を巡り最後に高野山へ行く、巡礼の旅。それは旅へのモヤモヤを抱えていた僕の心を動かした。
この年の6月に、フェリーを利用して、北海道に自転車で旅立った。3ヶ月ほどで、北海道をくまなく回る予定。それは日本一周の時に行けなかった場所や、天気などの理由で見られなかった光景を見るための、日本一周を補完する旅だった。日本一周の時に比べて、体力は落ちているので、無理をせずにゆっくりと。広大な北海道の地を、味わい尽くそう。そんな風に思っていた。
旅に出て10日目の夜、兄からの突然の電話。母の大腸に癌が見つかったとの連絡だった。今すぐにでも手術を受けた方が良いといわれたらしい。兄は帰ってこいとは特に言わなかった。自分自身で決めなければならない。旅を続けるべきか、終わらせるべきか。それなりの覚悟を持って始めた長期間の旅である。簡単には止めたくはない。しかし、もし万が一のことがあったら、一生後悔するかもしれない。ひと晩悩んだ末に、旅を途中で切りあげ、地元へ戻ることにした。
幸いなことに発見が早期であったこともあり、母の手術は問題なく終了した。1週間ほどで退院し、その後も問題なく過ごす。しばらくの間は、手術した部分が痛いと嘆いていたが、3ヶ月も過ぎるとほぼ元の生活に戻った。
そうなってくると、北海道の旅を切りあげたことへの、モヤモヤした思いが浮かんでくる。不完全燃焼。そんな言葉が頭の中を駆け巡る。これを解消するには、どうしたらよいだろう。自転車旅に少し限界を感じていたこともあり、オートバイを買ってみた。自転車よりははるかに行動範囲は広くなる。しかし、オートバイでの旅は、どうもしっくりこなかった。やはり自転車旅だ。また自転車でどこかを旅しよう。
そんな時のお遍路との出会い。母の回復を感謝するのでもなく、自分自身のモヤモヤを解消するための旅。信仰心がある訳ではない。ただ、ゴール地点が明確にあって達成を目指す旅は、この不完全燃焼の心を完全に燃やしてくれるのではないか。結願し高野山を訪れた時に得られるであろう、達成感が欲しい。
9月下旬に、自転車お遍路に向けての準備を始めた。
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思っていたより自転車でのお遍路は大変だった。お寺への坂道は、想像以上に厳しくて。崇高な目的もなく、ただ自分のモヤモヤを解消するためにしては、苦難の道を選択してしまったものだ。特に自転車でお遍路しようと決めたのに、自転車を残して歩いてばかりいることが、モヤモヤを増幅させている。
山を下って自転車のところまで戻って来たところで、もう16時くらいになっていた。次の28番札所大日寺までは、38kmほど。納経受付時間にたどり着くのは無理だろう。本日はキャンプ場か道の駅で野宿しようと考えていた。しかし坂道ばかりでもう疲れてしまった。ゆっくりと体を休めたい。自然とスマホでビジネスホテルの検索を始めていた。
10kmほど先の安芸市の町に、1件だけビジネスホテルがあった。ネットから予約を入れる。行ってみると、ホテルの下の階がパチンコホールになった、ちょっと変わったビジネスホテル。そういえば路線バスを乗り継いで旅するテレビ番組でも、利用されていたところだ。この辺りにはここしかないようだ。多少お金はかかるが、それほどカツカツの貧乏旅というわけではない。たまには贅沢するのも良いだろう。
大浴場でゆっくり湯船につかり、夕食もホテルのレストランで。鰹のタタキと釜揚げしらす丼のセットを食べる。さすがホテルのレストランは素材を生かした上品な味付けで、こんなに美味しいものを食べるのは久しぶりの気がした。
ふかふかのベッドの寝心地は最高で、気持ちよく眠りにつくことが出来た。
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