自転車を置いてお遍路

 朝6時、起きるとテントも自転車もびしょ濡れの状態だった。そういえば夜遅くに、テントを打つ雨音が聞こえていたような。雨が降らなくても、夜露で濡れるから同じか。濡れたテントの撤収はやっかいだ。しっかりと乾燥させておかないと、そのうちテントがカビてくる。


 朝食の前に、まずはユニセームでテントを拭くことにした。ユニセームは洗車に使う、吸水性の高いぞうきんみたいなものだ。水切り性も良いので、絞ればすぐに乾く。テントの撤収には、これが欠かせない。拭いては絞り、拭いては絞りを繰り返し、テントの水分を無くしていく。ある程度水分が無くなれば、後は乾かすだけ。日光に当てればすぐに乾くのだが、日はまだ高く昇っておらず、キャンプ場全体は陰っている。気温もまだそれほど高くないようだし、乾くのにしばらくかかりそう。


 乾くのを待つ間に、近くの炊事棟のテーブルで朝食の準備。昨日コンビニで購入した食パンで、ホットサンドを作ることにする。日本一周時からの鉄板朝食メニュー。食パンにマヨネースをかけ、ふりかけをかける。カレーふりかけが無難だが、すき焼き味だったりドンタコス味だったりと、その時々で味を変えている。今回はすき焼き味だ。


 ホットサンドメーカーにパンを挟み、キャンプ用のガスバーナーで焼いて完成。ホットサンドを冷ます間に、お湯を沸かしてコーヒーを作る。いつも手軽なスティックコーヒーを利用している。キャンプ場でゆっくりと味わう朝食は、公園や道の駅での野宿では味わえない、優雅なひととき。


 朝食を食べていると、となりにテントを張っていた人がテントから出てきた。夜遅くにやってきた人で、テントサイトは他にも空いているのに、なぜか隣のサイトにテントを張りにきた。その場所がたまたま明るくてテントを張りやすかったからなのか、それともかまって欲しいのか。


 とりあえず挨拶する。年齢は少し上くらいか。60歳にはなっていないだろう。話をすると、歩き遍路で、初めてのテント泊とのこと。どうやら関西の人で、おしゃべりはサービス過剰気味だ。コミュニケーション能力の低い僕は、聞いているだけで済むので気は楽ではあるが。昨日の遍路ころがしの道は大変だったらしい。荷物が重くてひっくり返りそうになった話など、多分それなりに盛られているであろう話は聞いていて楽しい。ただ時々、ネガティブな本音が顔をのぞかせていた。


 7時を過ぎる時間になると、コテージに泊まっていた歩き遍路の人たちが、続々出発していく。隣のテントの人も、朝食をとらずに出発するとのこと。食料や調理道具は持っていないので、どこかで買うか外食するらしい。昨日走ってきたルートには道の駅以外、コンビニなど無かったが、大丈夫だろうか。別のルートならあるのかな。慣れない手つきでテントを撤収して、出発していった。


 7時30分を過ぎても、なかなかテントは乾かず。少し湿った状態だが、これ以上は待っていられないとテントを片付け、出発準備。本日最初の目的地、12番札所焼山寺まではキャンプ場から13kmほどの距離。距離的には全く問題はないが、最後の5kmには激坂が待っている。気合いを入れて出発。


 焼山寺のある山の麓までは川沿いの道を走るので、それほど斜度はきつく無い。途中、おへんろ駅という、有料駐車場とトイレのある場所を通り、少し進むといよいよ焼山寺への坂道が登場。もう見るからにキツい斜度だ。ギアを一番軽くして、アタック開始。しばらく進んでも、斜度のキツい坂は終わらない。心拍数が上がり、汗が噴き出してくる。ぐぬぬ。ペダルを踏むのがつらくなってくる。この先のカーブを曲がれば、斜度が緩くなるかもしれない。もう少し頑張れ。そう言い聞かせながら、カーブを曲がると待っていたのは、さらなる激坂だった。


 ペダルを漕ぐ気力が一気に無くなり、足を止めてしまう。これは無理だ。押していこう。そう思い自転車を押すのだが、荷物満載の自転車は進まない。押すのでは無く、自転車を持ち上げるくらいの力が必要だ。数メートル進んだところであきらめた。これも無理だ。自転車で焼山寺に行くのは、あきらめることにした。人間あきらめも肝心なのである。先ほど通り過ぎたおへんろ駅まで戻り、トイレの壁に自転車を立てかけ停めておくことにした。


 自転車遍路なのに、自転車を置いていくのか。そんな葛藤も覚えつつ、ここからは歩き遍路だ。自転車走行中はリアキャリアに括りつけてある菅笠をかぶり、さんや袋にお参りセットと補給食・ペットボトルをいれ、先ほどの坂を歩いて上っていく。


 歩いてみると坂道はキツい斜度がずっと続く感じで、斜度が緩み足を休めさせることの出来るところはほぼ無い。これは自転車で来なくて正解だ。そう自分に言い聞かせて、坂道を上り続ける。途中からは遍路道があったので、車道を離れ遍路道を上っていくことに。昔ながらの遍路道は、舗装もされていない山道で、車道よりさらに斜度がキツいところもある。これはちょっとした登山。歩き遍路の人たちは、こんな道を歩いているんだ、スゴいなと思う。


 途中休憩を取りながら1時間20分ほどで、なんとか整備された参道に到着。参道を進むと階段があり、それを上がるとやっと山門だ。派手さは無くて質素なんだけど、どっしりとした趣き。そこから本堂へ続く道の脇には、樹齢数百年の杉の巨木が立ち並んでいた。なんだろうこの風格のあるお寺は。今までのお寺とは、ちょっと違うような気がする。


 それはひょっとしたら、たどり着くまでの大変さが、フィルターとなっているだけかもしれない。しかし、山の中腹にあるこのお寺は空気も澄んでいるし、なにかこう、背筋をピンとさせらせるような緊張感に満ちていた。こういうのを神聖な雰囲気というのか。


 ひとまずベンチに座って水分を補給し、息を整える。さて、いよいよ本日最初のお参り。3日目ともなると、読経も少し慣れてきたように思う。これまでは小声で唱えていたのだが、今なら他の参拝者はいない。たどたどしいながらも、声を大きくだして読経した。お経を唱えるのが、気持ちよく思えた。


 お参りを終えた後は、納経所で御朱印をもらい、すぐに下山することに。大変な思いをして上ってきたのに、お寺の滞在時間は30分ほど。ただのスタンプラリーにならないようにと思っているのだが、次へ次へと気がせくのだ。ゆっくりとお寺を味わうことが出来ない。そんな性分。


 下りは上りより心肺機能への負担は少なく、周りの風景を楽しむ余裕がある。上るときはあまり目に入らなかった、風景がよく見えるのだ。青空に映える、緑の木々。遠くの山の中腹には、民家が見える。そこに暮らす人のためであろうか、道や電気もしっかりと通っている。こんな山奥まで、すごいことだよなぁと思う。そんなことを考えているうちに、1時間ほどで自転車のところへ戻った。


 自転車を見ると、「無断駐車禁止」と手書きされた紙が貼られている。どうやら隣の有料駐車場と同じく、個人の方の敷地だったようだ。グーグルマップで確認した時に、ここはバスの駐車場となっていて、公衆トイレもあるし公共の敷地だと思っていた。勝手な判断で停めてしまって、申し訳ないことをしてしまったと反省。駐車場の看板を見ると、近くの表具店の名前が書いてある。表具店を訪れ、声をかけるも誰も出てこない。近くで作業をされていた方がいたので、声をかけると表具店の人だった。


 無断駐輪したことをお詫びすると、「何かあるといけないから、声だけはかけてな」と言われる。駐輪料金を払う旨を伝えると、「自転車は料金はいらない」とお許しをいただいた。ついつい自転車なら良いかと、停めてしまった自身を恥じる。ただ、済んでしまったことは仕方がない。気を取り直して13番札所大日寺に向かうことに。この後しばらくはずっと下りが続く、至福の時間だ。


 走り始めてすぐのところにコンビニがあったので、少し早い昼食にすることにする。駐車場の片隅に大きめのテーブルとベンチが置かれていたので、お弁当を買ってここで食べようと。本日は天気も良くて、外で食べるのが美味しいだろう。


 気温も朝に比べるとずいぶんと上がってきたようで、ぽかぽか陽気だ。そういえばテントが生乾きだったなと思いだし、テーブルでテントを乾かすことにした。この日差しなら、お弁当を食べている間に乾くだろう。お弁当を食べ終わり、確認するとテントはしっかりと乾いていた。おひさまの力はすごいのだ。


 昨日走ってきた川沿いの道は県道20号で、対岸には県道21号が走っている。この県道21号線は徳島市の中心地に向かう道で、道なりに進めば13番札所がある。川を渡って21号線へ。途中少し上りがあっただけで、その後は下るのみ。13番札所へは楽に到着した。


 ここから17番札所までは町中にあり、それぞれの距離もそれほど離れていない。道もほとんど平坦なので、初日と同じお参りして走っての繰り返し。小高い丘の上にあった14番札所常楽寺が印象に残る。荒々しい岩の上に本堂や大師堂が立っていて、異彩を放っていた。


 16番札所観音寺では、キャンプ場で隣にテントを張っていたお遍路さんと再会した。ずいぶんと疲れているようで、ベンチに座って休憩していた。この後の17番札所を終えたら、電車を使って18番札所へ行こうかなと言っている。ただ、歩き遍路をしているのだから、電車を利用することに抵抗があるらしい。「お遍路はすべてを歩く必要はないし、無理して中断するよりも、続けることが重要だと思う」と伝えた。


 状況によってお遍路スタイルを変えることは、恥ずかしいことでは無い。これは自転車を置いて、歩きで焼山寺に向かった自分への言い訳でもあった。


 本日最後のお参りとなった、朱塗りの山門が印象的な17番札所井戸寺。町中のお寺にしては、山門も大きいし境内も広い立派なお寺だった。お参りを終えたのは16時過ぎ。18番札所恩山寺までの距離は20kmほど。1時間で行くのはちょっと難しいか。


 明日のことを考えたら、できるだけ近づいておきたいところだが、小松島市にある18番札所の近くには、野宿に適したところがなさそうだ。明日は朝から頑張るとして、徳島市内で泊まるのが無難だろう。初日に泊まったネットカフェがすぐ近くにあるので、今回も利用することにした。


 ネットカフェに入るには、時間が早いのでしばらく時間を潰すことにする。近くにある公園のベンチで休憩。17時半頃まで公園で時間を潰し、コンビニのイートインで夕食をとりネットカフェへ。


 本日は焼山寺でたっぷり歩いたので、ちょっと疲れている。ネットカフェに入ってすぐ、1時間ほど寝ることに。起きた後は、日課のブログを書く。本日の走行距離は50kmほどだった。四国に入ってから、毎日の走行距離は少ない。自転車乗りとしては、もう少し走りたいところだが、お寺を回りながらだと、なかなかペースが上がらない。短い距離でお寺があるし、市街地で走りにくいしと自身に言い訳しておいた。


 いつものように寝転んで、ウォークマンを聴いているうちに眠ってしまった。

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