お遍路は甘くない
キャンプの出来る公園、宮川内公園から本日は出発。朝はゆっくりとしていたので、少し遅めの8時30分の出発である。この公園は坂の上にあるので、本日最初の8番札所熊谷寺まではずっと下り。ペダルを漕がなくても進む、至福の時間だ。
20分ほどで到着する。駐車場の脇に自転車を停め、ここのお寺の売りである、四国霊場のなかでも最大級の仁王門を通って本堂へ向かう。木々の立ち並ぶ本堂への道が、町中のお寺とは違って良い雰囲気。そして朝の静けさの中に、心地よく響く読経の声。これぞ朝のお寺と感動する。どちらで朝のお勤めをしているのだろうと探してみると、その声はスピーカーから流れており、実際にお勤めはされていないようだった。BGM的に流されていただけのよう。感動を返せ。
本日最初のお参り。昨日、飽きるほどお参りしたので、手際はずいぶんと良くなり、もたつくことは無くなってきた。お参りをしている途中から雨が降り出す。朝から雲行きが怪しかったのだが、いよいよ降ってきたかと。お参りを済ませた後は、納経所で雨宿りすることにした。手持ち無沙汰にベンチに座り、雨が降る様子を見ていた。スマホを見たり、ガイドブックを読んだりと暇を潰す方法は多々あるのだが、何もせず過ごすというのも良い。贅沢な時間の使い方。
10分ほどで雨はやんだ。9番札所法輪寺へ向けて出発する。こちらも基本的に下り坂だったので、ペダルを必死に漕ぐことは無く楽に到着。問題は次の10番札所切幡寺だった。門前町を抜ける細い道には、所々すごい斜度の坂が現れた。距離は長くないので、立ちこぎをしてなんとかクリアする。その後は下りになったので安心していると、最後にお寺への坂道が待っていたのである。
昨日の4番札所への坂道よりキツい斜度。途中で息が上がってしまい、足をついて立ち止まってしまった。坂道の途中で足をつくのは、自転車乗りとしては悔しいことだ。坂に負けたということである。押して上がるのはさらに屈辱。立ったまましばらく休み、呼吸を整え、再び坂に立ち向かう。
参考にと事前に読んだ先達のブログには、「12番札所まではそれほどキツい坂は無い」とあったので油断していた。自身の体力ではそのブログの坂に対する評価が、参考にならないと理解。呪いの言葉を吐き、息を切らしながら、なんとか500mほどの距離を上り山門に到着した。自転車は山門を通れないので、脇道を通り山門の裏側へ。トイレがあったので、トイレの壁に自転車を立てかけておいた。
荷物満載のツーリング自転車は、ママチャリのようにスタンドを利用しない。スタンドはあるのだが、荷物の重さでこけてしまうことが多いのだ。自転車を入れた写真を撮る場合を除いて、壁に立てかけて停めるようにしている。塀や柵のない駐車場では停められない。目的地に到着すると真っ先に立てかけられる場所を探すのは、自転車乗りの性である。
改めて山門に戻り、合掌・一礼して山門をくぐる。こちらのお寺は、山門をくぐるとすぐ本堂という訳ではない。本堂は山の中腹にあるので、333段の石段を上らなければならない。ここに来るまでに、少なからず体力を使っている。もちろん脚力もだ。そこからの階段である。
足が重い。ふくらはぎが痛い。自転車を漕いるだけなら、ふくらはぎが痛くなることはほぼ無い。階段を上るのに使う筋肉は、自転車を漕ぐのに必要な筋肉とは違うようだ。途中にベンチがあったので、休憩を挟む。本日の山場は12番札所へ向かう道と考えていたのだが、お遍路はそんなに甘くないようだ。それほどキツくないらしい、このお寺でこのざまだ。この後のことを考えると、少し不安になった。
息を切らしつつ、なんとか本堂に到着。手順通りにお参りを済ませる。境内にはこのお寺の見所のひとつ、国指定重要文化財の大塔があるとのこと。明治6年に大阪の堺にある住吉大社神宮寺から、10年かけて移築されたものだ。また、その場所からの見晴らしも良いらしい。しかし、そこへ行くまでには、またしても階段が待っている。お遍路はお参りが重要であり修行である、観光ではない。そう自分に言い聞かせながら大塔を見るのはあきらめ、次のお寺に向かうことにした。
11番札所藤井寺へは、日本最大の中州を通って行く。お寺周辺の道はちょっと解りづらく、細い路地に迷い込んだりもしながら、なんとかたどり着いた。
境内に入ると年配の男性が一人、ベンチに座っている。近くを通ると声をかけてきた。「これお接待だから」と、モナカとヤクルトを差し出してくれる。お遍路につきものの、お接待だ。お礼を述べて、有り難く頂戴する。お接待をいただいた時は、南無大師遍照金剛とご宝号を三返唱え、納め札を渡すのが本来の形だ。しかしお接待になれていなくて、ご宝号を唱えただけで納め札を渡すのは忘れていた。
「どこから来たの?」と聞いてきたので、奈良から来たことを伝える。「そういえば、昨日も奈良から来た人がいた」とのこと。同郷のお遍路さんがいたことに感心するよりも、その方が昨日もこのお寺にいたことに驚いた。どうやら毎日この場所で、お遍路さんにお接待をしているよう。お接待には「弘法大師へのお供え」や「自分の代わりにお参りを託す」という意味がある。自身がお遍路をしなくとも、こういう形で信仰を深めているのだろうと。
いただいたモナカを食べながら、少し立ち話をした。この後の12番札所焼山寺への道のりが、厳しいことを聞く。ガイドブックなどでもよく書かれている、11番札所から12番札所への厳しい山道。古くから「遍路ころがし」と呼ばれ、歩き遍路では最初の難関となる。
ただし自転車は、この道を行くことは出来ない。完全な山道だからだ。自転車で来ていることを伝えると、一番楽に行けそうな回り道を教えてくれる。事前には調べていたのだが、複数あるうちのどこから行くのがベストなのか、迷っていたこともあり参考になる。やはり走る距離の短い坂道よりも、遠回りになっても川沿いの緩やかな道を行くのが良いようだ。
お参りを済ませ出発。12番札所まで距離にして30kmほど。お寺直前の5kmの坂はかなりの斜度もあり、厳しいらしい。時刻は13時。17時には納経時間が終わるので、それまでにたどり着くことが出来るだろうか。平坦道なら問題はないが、ずっと上り坂である。333段の石段にいじめられたふくらはぎは回復していたが、足は持つのだろうか。10番札所でも感じた不安が、また頭をよぎる。
飲食店の並ぶ国道に出て、牛丼チェーン店で昼食。大好物のチーズの乗った牛丼を食べる。これからの坂道に備えて、エネルギーチャージだ。また、不安がある時は、とりあえずお腹を満たせば良い。それで少しは気分が変わる。その後コンビニによって、食料品を調達した。本日は山に向かっていくので、食料の調達が容易ではないかもしれない。食パンや缶詰など、あらかじめ用意しておく。
交通量の多い国道から脇にそれて、交通量の少ない県道に入る。新しく作られたのだろうか、国道と見まがうばかりの広くてキレイな道。ただ、トンネルに向かって上っていく坂道が、ややきつめの斜度で直線的に上っていく。自転車にとっては、これがなかなか厳しい。斜度を抑えてウネウネとしてくれた方が上りやすいのだが、車には真っ直ぐに上る方が効率的で良いのだろう。汗を流しながら、ひたすらペダルを漕ぐ。この道を乗り越えてトンネルを抜ければ、川沿いの道になる。そこまで行けば、楽になるはず。
トンネルを抜けると少し下って、川沿いの道に出た。この辺りに来た頃には、空が晴れ渡っていた。川面に太陽が反射して、キラキラと光る。川沿いの坂道は緩やかで、先ほどのトンネルまでの道に比べると、それほど一生懸命漕がなくても良い。景色を見る余裕も出てきた。先ほどまでの町中の風景と違い、自然あふれる気持ちの良い風景。
道の先に白衣を着た、お遍路さんが歩いてくる姿が見えた。4人ほどの団体で、いずれも西洋から来た人に見える。近年、お遍路に来る海外の人も多いと聞く。その中でもフランスから来る人が多いそう。彼らもそうなのだろうか。
今走っているこの道は12番札所から13番札所へのルートのひとつだ。彼らは遍路ころがしを乗り越え、山にある12番札所からの都市部にある13番札所への帰りだろう。大変な道を乗り越えた達成感に浸っているのだろうか。それともまだまだ続く遍路道に飽き飽きしているのだろうか。「お疲れさまですっ」と声をかけ、左手の親指を立てて横を通り過ぎる。最後方を歩いている人が、同じようにサムズアップで答えてくれた。うれしい。
自転車で日本一周をしていた時、すれ違ったり追い越したりするオートバイの人たちがサムズアップして応援してくれた。特に北海道ではそれが顕著だった。旅人同士が励まし合う、それが単純にうれしかった。このお遍路では、歩き遍路の人たちに声援を送っていこうと思っていた。自己満足かもしれないが、自分がうれしいと思ったことを、同じようにしようと。
この後も何組かのお遍路さんの団体とすれ違う。みんな海外の人だった。サムズアップに対する反応はそれぞれだったが、声援が届いていればうれしいな。
「焼山寺まで11km」そんな看板が現れた。時刻は15時30分。右に行くと焼山寺、左に行くと本日の宿泊場所にと考えている道の駅がある。納経締め切り時間まで、1時間30分。平坦な11kmなら問題なく到着する時間だが、激坂が待っている。果たして到着するだろうか。無理して行って時間切れ、これが一番最悪だ。ここまで走ってきて、それなりの疲れもあることだし、本日はあきらめよう。ガツガツと回る必要は無い。左手に進路をとった。激坂にビビって逃げただけ、かもしれない。
道の駅で少し休憩。道の駅の脇には東屋がある。本日はここにテントを張るつもりだ。道の駅にも、東屋にも宿泊禁止の張り紙は無いことを確認。ここで宿泊することに決定。日が暮れるまではまだ時間がある。近くに温泉施設があるので、そこでゆっくりすることにする。温泉施設までは歩きで、周辺の雰囲気を楽しみながら向かう。
四国に来てから初めてのお風呂。毎日お風呂に入らなければ気が済まない人からすれば、不潔といわれるだろう。しかし、旅人なんてこんなものだ。風呂に入れない時は、ボディシートで拭いて済ませている。最近のボディーシートはしっかりとした厚みもあるし、メントール効果もあってスッキリするしで、非常に有能なのだ。
広い浴槽につかりのんびりして、本日の疲れを癒やす。ただ露天風呂はスズメバチの巣が出来ているため、閉鎖されていたのが残念だった。
これで日が暮れれば、テントを張って本日は終了だ。明日は厳しい坂が待っている。頑張らなくちゃ。
風呂上がりの帰り道、温まった体でお気楽にそんなことを考えていた。道の駅に近づいた時、ふと張り紙に気がつく。「この東屋での宿泊禁止」そう書かれていた。道の駅や東屋自体には無かったのに、道の駅に入る歩道に、それは貼られていた。歩き遍路の人たちの目につくように、この位置に貼られているのだろう。車道からは気がつかない位置だ。
どうしたものか。無理矢理泊まって、怒られたら退散しようかとも考える。ただ昨今、道の駅での宿泊が問題になっている。それはやめておこうかと。ブログで発信している以上、禁止されているのが解った上で行うのはダメだ。それではどうすれば良いだろう。
温泉施設の近くに公園があり、そこにも立派な東屋があった。しかし、そこも宿泊禁止の張り紙が貼られていた。日本一周のときからの習性で、泊まれそうな所を見つけると、ついついチェックしてしまう。道の駅に泊まると決めていても、人けの無い公園の方がゆっくり出来るので、確認だけはしていたのだ。この辺りでは、地域を挙げて野宿を禁止しているのかもしれない。どうしたものか、軽くパニックである。
辺りはすでに暗くなり始めている。どうしよう。とりあえず焼山寺方面に進んで、泊まれそうなところを探すことにした。公園か遍路小屋でも無いかと。しばらく走るとお遍路さんが二人。通り過ぎる時に、とりあえず挨拶。彼らはどこに泊まるのだろう? そんなことを思いながら、さらに進むとまたお遍路さんが二人。挨拶して通り過ぎたのだが、思い立って引き返し、焼山寺方面で泊まれそうな公園か遍路小屋が無かったか聞いてみることに。
焼山寺の麓辺りに休憩所があったとのこと。でも、そこも宿泊禁止と書いてあったかもと。それなら無理か。そのお遍路さんは、二人とも大学生くらいの女性だった。見たところ、テントを担いでいるような荷物量では無い。野宿ではなさそうなので、どこに泊まるのかと聞いてみる。宿泊施設があるなら、それも検討しなければならない。
道の駅近くのキャンプ場、とのことだった。バンガローがあるらしい。そういえば事前の下調べで、キャンプ場があるのは知っていた。ただ、予約が必要と書いてあったので、飛び込みでは無理だろうと。でも、彼女たちは本日電話したらOKだったらしい。当日予約でも良いのか。それならそのキャンプ場に泊まるのもありか。
それならばと一旦、道の駅に戻ることにする。時刻は18時過ぎ。キャンプ場がダメなら、この道の駅で宿泊するしか無い。キャンプ場の受付時刻をスマホで確認。どうやら管理棟は20時まで営業しているらしい。ダメ元で電話してみる。テント泊なら料金は1100円で、空いているとのこと。結局キャンプ場で宿泊することに。少しお金はかかるが、これで寝るところの確保が出来、ひと安心した。
キャンプ場へは、ちょっときつい坂道が待っていた。山のキャンプ場によくあるパターン。せっかく温泉に入ってさっぱりしたのに、また汗をたっぷりかくことになった。受付で管理人さんと少しおしゃべり。こちらのキャンプ場は、お遍路さんの宿泊が多いよう。この日もすでに何人か来ているとのこと。
テントを張って、炊事棟で夕食を食べていると、お遍路さんらが次々に来る。このキャンプ場の情報を教えてくれた、女性たちも来た。時間は19時を過ぎている。みんな遅くまで歩いているのだなぁと思う。きれいに整備されたテントサイトで、本日は気持ちよく眠れそう。
10番札所の坂道と石段、12番札所までの川沿いの長い坂道、道の駅の宿泊禁止と、なかなかにお遍路は甘くないと感じだ一日だった。
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