第28話 あれが、九尾の城だ

 僕と虎吉は全速力で走った。

 真夏の猛烈な暑さと照り返す陽射しを浴び、出せる限りの力で腕を振り足を前に出し駆け続ける。呼吸がすごく苦しい、息が乱れる。

 商店街の裏手の見晴らし山の中腹にある九尾の祠を目指してひたすら走る。

 石の階段も躊躇うことなくそのままの勢いで上がって行く。

 祠にたどり着く頃には僕は息苦しくて喘ぐような呼吸に変わっていた。胸を手で抑えタオルで汗を拭う。

「ゼェゼェ。ゴホッゴホッ」

「雪春、大丈夫ニャンか? お茶を飲むニャ」

「う、うんっ」

 前に来た時より祠の周りには雑草が生い茂って僕の背丈を越すほどに伸びていていた。

 僕はリュックから水筒を出し冷えた麦茶を水筒に付いてるコップに入れた。虎吉にも分けてあげ僕もゴクゴクと麦茶を飲んだ。

 水分補給をしたら走り通しで火照った体と呼吸が少し落ち着いてきた。

「さぁ、行こうか」

「行くニャン!」


「……はぁっ、はぁっ。雪春! オレも一緒に行くぜ!」


 この声はシグレっ! シグレだ。

 大きな声に僕が振り返ると階段を駆け上がって来るシグレのツンツン頭が見えた。

 肩で息をしているシグレは「置いてくなよ」と額から玉粒の様な汗を流しながら笑った。

「部活から帰って来たら母さんがあたふたして泣いてて。事情は母さんから聞いた。ハクセンの野郎をとっちめてやろうぜ」

「良かった。おばさんは無事だったんだね」

「……母さんはな。満願寺にいたのは雪春の妹達や妖怪と大勢だった。たぶん敵も手いっぱいで座敷わらしと母さんまでは連れて行かれなかったんだろう。うちの方はじいちゃんと弟達がさらわれた」

「ひどい」

「オレは悔しい。雪春、早く助けに行こうぜっ」

 僕もシグレも悔しくてググッと両手の拳を握りしめた。

「あぁっ、行こう!」

 僕等が三人で祠の道を覗き込むように見ると体がどんどん吸いこまれていった。

「「うわ〜っ!」」

 まるで掃除機かブラックホールに吸われるみたい。


   ◇◆


 目を開けると茅葺屋根の家々がポツンポツンと建っている。

 さっきまでの暑さが嘘みたいに気持ちの良い風が吹き涼しかった。

「ここが九尾の里ニャンよ」

 小さな狐大きな狐、獣の耳が生え尻尾のある人の姿の狐、あちこち妖狐だらけだ。

 僕らは姿を見られないようにサッと茂みに身を隠した。

「すぐそこに城が見えるニャ? あれが九尾の城だニャン」

 茂みの葉っぱの間から覗くと大きく白い城がそびえてる。


「どうする?」

「九尾ハクセンは僕に来いと言ったんだ。たぶんいつ来ても良いように待ち構えてるよ」

「だよな」

「正面から行く」

「はっ? 真っ正面から行くのかよ」

「雪春、オイラそれはどうかと思うニャンよ」

「ワタシもそう思うぞ」


 不意に低い声がしてぼふっと灰色の煙が上がった。煙の中から大きな妖狐が正座をして僕の横に現れた。


「なっ!」

「ニャッ!」

「だっ、誰だお前!」

 シグレの体がのけ反った。

「わわっ! もしかしてトイレの花子さんに化けてた妖狐っ?」

「お前、何しに来たニャ!」


 妖狐は虎吉につけられた顔の傷跡が残っていた。


「ハクセン様に雪春の父上の解放を進言したが城を追放されてな。面目ない」


 申し訳なさそうにうなだれる妖狐の姿に哀愁が漂う。


「そっか。本当に頼んでくれたんだね。ありがとう」

「いや礼など。ワタシは名を雷に光と書いて『雷光ライコウ』と言う。雪春、ワタシを仲間にしてくれ」

「冗談じゃないニャンっ。誰がお前なんかと手を組むかニャ」

「オレは良いと思うぜ。城の中はちんぷんかんぷんだし詳しい奴がいたら助かるじゃん」

「雪春はどう思うニャン? こんなヤツ信じられないニャ」

「……ごめん、虎吉。僕はみんなを早く助け出したいんだ。それに僕には雷光ライコウさんが根っから悪い妖怪じゃないと思えるから」

「ニャニャッ。オイラは反対ニャけど雪春がそこまで言うなら仕方ないニャン」

 虎吉はむっすーとした不満顔だがどうにか納得してくれた。

「では、急ごう。九尾城の地下牢に続く抜け穴がある」

「抜け穴だって? 安全なの?」

「ワタシのご先祖達が万が一を考え脱出用に掘った穴だからな。こっちだ」

「ジメジメしてそうニャ」

「蛇とか出ないだろうな」

 虎吉もシグレも行きたくなそうだが渋々僕と雷光ライコウさんについて来る。

 周りに気をつけ雷光さんの案内で洞窟に入る。

 雷光さんが狐火を出し松明たいまつにして進む。

 薄暗い洞穴を僕等が通ると天井に張りついていたコウモリ妖怪が奇声を上げ飛んで行く。

 一時間ほど歩き続けてついに僕等は牢屋に辿り着いた。

 目の前は行き止まりになっていた。

「着いたぞ。この岩の扉をどかした先が地下牢だ。……フンッ!」

 大きな岩石を妖狐の雷光さんがガガッと横にスライドさせると穴が開いた。

「――美空、彩花! おじいちゃん、サクラさん……ポン太に豆助、蔵之進さん……みんな!」

 広い地下牢のベンチの様な長椅子に妖狐に連れ去られた皆が座っていた。

「助けに来たぞ。みんな無事かっ!」

「「「雪春!」」」

「お兄ちゃん」

「兄にぃ」

「シグレ!」

「「お兄ちゃん」」

 僕等は無事の再会に感激してそれぞれ抱きしめ合った。

「みんな無事かニャ? 良かったニャン」

「感動の再会は後だ。逃げるぞ」

「雷光さん、みんなを連れて逃げて下さいっ! 早くっ」

「分かった。早く逃げろ、こっちだ」

 雷光さんが手招きをしてシグレの弟達と美空と彩花は逃げて行った。

「「雪春?」」

 シグレと虎吉が怪訝そうな顔をしてる。

 僕は決めていた――。

 ここに来たら九尾ハクセンと話をしようって。

「雪春、いかんっ。一緒に逃げるぞ」

 おじいちゃんが僕の腕を掴んだ。僕は振り払おうとしたのにおじいちゃんは離さない。

「僕は決めたんだ。九尾ハクセンと向き合うって」

「おじいちゃんも一緒だ」

「拙者も」

「オレも行く」

「ワシも行くぞ。やられた分はやり返さないと気が済まん」

「……みんな」

「オイラたちももちろん行くに決まってるニャンよ」

 僕は嬉しかった。だけど。

「僕は一人で行くよ。戦いに行くんじゃないんだ。ハクセンと話をするために行くよ。大勢で押しかけたら心を堅く閉じてしまうかもしれない」

「――雪春。そうか分かった。ハクセンを説得するんだな。おじいちゃんは雪春には出来ると信じている」

「おじいちゃん、みんなを頼むよ」

「イヤだ、雪春! オレはついていくぜ」

 妖狐の雷光さんが全員を出口に押し込むようにしてさっきあった岩を元に戻して扉を閉める。

「ワタシが案内する」

「……雷光さん。なんで残ったんですか?」

「雪春にはその鉄格子を壊せはしまい。それに、ハハハ。ワタシの足にくっついてる者がいるぞ」

「えっ――?」

「ニャハハッ。オイラは前に甚五郎と約束したのニャン。雪春たちを守るってニャ。だから雪春だけを行かせるわけには行かないニャン」

 雷光さんの足の影から二本尻尾をフリフリしながら虎吉が出て来た。

「虎吉っ! なんで逃げなかったんだよ」

「……オレもー」

 シグレが出て来た!

「シグレまで!」

 雷光さんは体が大きくて僕からは死角になっているところでシグレまでもが隠れていたのか。

 やれやれ。

 だけど僕はほんとは嬉しかったんだ。

 恐怖心や不安が虎吉とシグレのおかげで少し和らいだ気がした。


  ◇◆


 鉄格子は妖狐の雷光さんが怪力であっという間に壊し難なく最上階にはあっさりと着いて拍子抜けした。

 たくさんの手下で守りが固められていると思ったのに誰もいない。

 ――妙だなと思った。

 地下牢にだって見張りはいなかった。

「なぁ、なんでハクセンの部下は出て来ないんだ?」

「九尾ハクセン様は誰も信じない」

「それってどう言う意味……」

「ハクセンは孤独ニャンね」

 城の最上階はとても静かだった。僕は襖を開けようと手を伸ばした。

「必要がある時以外はハクセン様はこの城で一人だ。昨今は一人でこの九尾城に住んでいる。勝太郎をのぞいては」

 僕は勇気を出して襖を開けた。


 窓枠の横にもたれかかりながら妖怪九尾ハクセンが微笑を浮かべて僕を見ていた。

「やっと来たね、雪春。ボクは待ちくたびれたよ――」

 ハクセンの横には大きな大きな鳥籠がある。

 あぁっ!

「父さんっ!!」

 ハクセンの傍の鳥籠には閉じ込められた父さんの姿が。

 数カ月ぶりに僕はやっと父さんと再会した。

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