第29話 妖怪九尾ハクセンの心

 僕は鳥籠に駆け寄り中に閉じ込められた父さんに手を伸ばす。

「父さん!」

「雪春、来ちゃ駄目だっ!」

 父さんのやつれた顔が痛々しい。伸ばした手を父さんが握りしめてくれた。

 あたたかい。

「早く帰りなさい。雪春」

「父さんっ!」

 やっと会えた。無事で良かった。

「ハクセン、父さんを僕らの元へ返して」

 九尾ハクセンは妖艶に笑った。一瞬女の人に見えるぐらい美しい雰囲気だ。

「勝太郎を返すと思う?」

 ハクセンは僕を睨みつけ視線を離さずゆっくり近づいてくる。

「ハクセン様、父親を返してやりましょう」

 雷光さんがハクセンの前に進み出る。

 ――ダンッ!!

 壁まで雷光さんの体が飛んで打ちつけられた。ズルズルと壁から意識を失った雷光さんの体が落ちて床に転がった。

「ハクセンの仕業だニャン」

「雷光さんっ」

 虎吉が倒された雷光さんに近づき、顔をなぐさめるようになめた。

「やべぇ、攻撃が早い」

「ボクに指図するなんて許さないよ」

 九尾ハクセンが片眉を上げて「フンッ」と鼻を鳴らした。

「ハクセン、駄目だよ傷つけちゃ、僕は雷光さんと話したんだ。九尾の里には今食糧が足りてないって。みんなで畑や田んぼを作ろう? そしたら美味しいご飯が食べられる。おにぎりや野菜を食べてお腹いっぱいになったら君も妖狐達も幸せな気持ちになるよ」

 僕はハクセンの目が一瞬揺らいだのを見逃さなかった。

「僕は君と話をしに来たんだ」

「雪春、オマエはあずさにとてもよく似ているよ」

「そりゃあ親子だから」

「いや、容姿だけじゃない。どこまでも優しすぎるところだ。勝太郎と代われっ。オマエがボクのそばにいるなら勝太郎にも家族にもボクは手を出さずにいてやろう」

 僕はハクセンの言葉に従うべきか悩み言葉を数秒失った。

「雪春、人質を代わるなんてそんな話にのっちゃだめだ!」

「黙れっ。満願寺の孫もそこの猫又も殺してやる」

 ハクセンの釣り上がった瞳が血走って涙を浮かべた。

「雪春、返事をしちゃダメニャン」

 ハクセンが虎吉に手の平を向けたので僕は彼の元へ走った。

「妖怪だって人間だって他人を傷つけたら自分も傷つくんだ!」

 僕はハクセンを思いを込めてぎゅうっと抱きしめた。

 僕の体が勝手に動いていた。

 ハクセンは最強の妖怪だなんて言われて確かに妖力は誰よりも圧倒的に強いのだろう。

 でも僕には孤独な子供が寂しさに怯えてる姿しか見えない。

 九尾ハクセンがそんな自分を認めたくなくて癇癪かんしゃくを起こしているようにしか見えなかったんだ。


「雪春、なんでボクなんかを抱きしめているんだ?」

「亡くなった母さんも抱きしめるよ。君は一人じゃない」

 九尾ハクセンは僕の腕の中で泣いていた。

「なんでっ、あずさは死んじゃったの? また会いたかったよぉっ」

「うんうん。母さんもハクセンに会いたかったと思うよ」

 僕はハクセンが子供みたいに声を上げて号泣してるので美空や彩花にするみたいに頭を撫でてやる。

「ごめんなさい。……もうこんな事しないよ。雪春、勝太郎を連れて帰っていいよ」

「えっ、ホントに?」

「雪春はまた会ってくれる?」

「もちろん」

 九尾ハクセンの目に優しさが灯ったのを見た。

 寂しかったんだ。ハクセンは一人でこの城でただ寂しかったんだね。


   ◇


 意識が戻った妖狐の雷光さんも話を聞いておずおずと九尾ハクセンを抱きしめていた。

「よせっ、ライコウ。よせったら」

「ハクセン様〜」

 雷光さんが男泣きをしてる姿に僕もシグレも胸が熱くなる。

 僕もシグレも虎吉も二人の姿にもらい泣きしていた。


 鳥籠を妖狐雷光さんに開けてもらい僕は九尾ハクセンに解放された父さんと抱きしめ合った。

「偉かったぞ、雪春」

「父さん、父さん」

 僕は涙が止まらなかった。

 僕とシグレは父さんに肩を貸す。

 長い時間幽閉されていたので父さんは筋力が弱っていた。

「勝太郎、良かったニャン」

「ありがとう、虎吉。うちの子達を守ってくれたんだな」

「ニャハハッ。虎吉はヒーローだからニャ」

 僕等は無事に帰れることになった。

 やっとだ。

 ここまで、とても長かった。


「あっ、そうだ」

「「どうした? 雪春」」

「皆ちょっと待ってて」

 僕は立ち止まった。

 見送るハクセンに走り寄ってお弁当箱を渡した。

「はい、おじいちゃんが作ったお弁当。食べそこねてまだ手を付けてないから良かったら食べて」

 ハクセンはお弁当箱を両手で受け取り笑った。

「ありがとう、雪春。甚五郎のお弁当か……懐かしい。近いうちにまた」

「雪春、感謝するぞ」


 遠ざかる妖狐の雷光と九尾ハクセンの姿が親子みたいに見えて。


 もうきっと九尾の里は大丈夫。

 そう思えた。

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