第26話 妖怪九尾ハクセンの根城への道

 僕はリュックサックに懐中電灯やタオルや水筒などを入れ出掛ける準備をした。

 僕とシグレはサクラさんに虎吉達を任せて九尾ハクセンの動きを偵察しに行くことに決めた。

 僕らが二階に上がると廊下でサクラさんに会ったのでシグレにもらったお土産のぼた餅をお重ごと渡す。

「彼からの手土産です。虎吉達と食べて。僕は満願寺にちょっと用事があるから皆を頼めますか?」

「うん、分かったわ。あれ? 君、満願寺のお孫さんよね?」

「あっ、は、はいっ! こここ、こんにちは」

 シグレはサクラさんの前に出てガチガチに固まって緊張している。

「サクラさん、こちらは栗山くりやま 時雨しぐれ君です。友達になりました」

「うわぁ、良かったね。雪春君、友達が出来たんだね。雪春君をよろしくね」

「はっ、はいっ! もちろんっ。雪春とはなっ仲良くシテマスデス。サクラさんもオレをよろしくデスっ」

 サクラさんに話し掛けられシグレの口調はたどたどしい片言みたいになった。

 シグレはまくし立てるように一気に話すと脱兎のごとくサクラさんの前から一目散に逃げた。階段を駆け下りてどうやら店の外まで出て行ってしまったらしい。

 ガラガラッと店の扉の引き戸を勢いよく開ける音がここまでした。

「どうしたのかな? シグレ君」

「さぁ? トイレかな。じゃあ、虎吉達をよろしくお願いします」

「うん、分かった。ねぇ雪春君」

「はい?」

 ドキッ。僕を見つめるサクラさんの透き通るような美しい輝きの瞳に吸い込まれそうになる。

 綺麗だ、サクラさんの瞳。

「危ない真似はしちゃダメだからね?」

「――ッ!」

 僕は嘘が下手だ。

 だからサクラさんから視線を外して、階段を降り始めてから「大丈夫です」と告げた。

 サクラさんは何か察してしまったのだろうか?

 彼女の僕を見透かすような瞳は潤んでいた。


 僕は一階に下りて開かれたままのお店の引き戸から外に出る。

 視線の先にはシグレがいて「はぁはぁ」と肩で息をしながら店の外壁に寄りかかり僕を待っていた。

「すっげえ緊張したわ、オレ。サクラさんに会って胸がまだドキドキしてるぅ〜。収まらないよ、どうしよう雪春」

「ふふっ。良いね、そんなドキドキ」

「からかうなよ〜、雪春。すぅー、はーっ。では、それじゃ改めまして! 行くとしますか?」

 シグレは僕の肩を叩いた。九尾ハクセンの所に行く前に僕には言っておきたいことがあって。

「うん、行こう。シグレ、危なくなったら僕を置いて逃げるんだよ?」

「なんだよ、ソレ。雪春を置いて逃げるわけないだろ!」

「……分かった。今日はちょっと様子を見るだけだからね」

「はいは〜い、シグレ隊員、了解しました」

「なに? ヒーローごっこ?」

「そっ。気分出していこうぜ、雪春隊員。いざとなったら変身だ」

「変身って……ふふっ」

 シグレのそんなトコは猫又の虎吉と似てる。

「雪春は『まったく中学三年生にもなって〜』とか思ってんだろ」

「思ってない思ってないよ」

 シグレはガシッと僕の肩を組み急に真剣モードの顔つきで言った。

「近いうちに必ず雪春のお父さんを助け出そうな」

「ありがとう、シグレ」

 そうだ、僕は父さんを助け出す。

 僕は僕のやれることをやる。

 持って来たリュックサックを背負い気合いを入れた。

 力がこもるのが自分でも分かる。少しずつ緊張していた。

 子供の冒険というにはあまりにも危険で。

 もしかしたらこの先の命の保証はないかも知れない。



    ◇◆



 雨はんでいたが真っ黒なもこもこっとした雲や灰色の雲が空一面をおおっている。

 以前まえに狸妖怪ポン太が父さんのキーホルダーを拾ってくれた時に聞いておいた情報が役立った。

 ポン太は妖怪九尾城に続くほこらは商店街の裏手の小さな山にあると言っていた。

 この山は『見晴らし山』と言って、町の展望台にもなっていて、頂上まで行く短いロープウェイもあった。

 九尾の祠は山の中腹にある――

 石の階段を上がっていくと、案外早く祠にたどり着いた。横には『見守り菩薩様』と書かれた立て看板がある。祠の周りには草が生い茂っていていた。

「間違いない。九尾の根城アジトに繋がってんな、ここ」

「ホント? よく分かるね。僕には何も感じられない」

「雪春にも見えると思うぜ。よーく、目を凝らすように集中して見てみな?」

「『集中して見て見る』か……」

 僕はシグレに言われたとおりに、じぃっと祠の小さい外観を見つめる。

「あっ! 見えた」

 僕の目には祠の小さい賽銭箱の脇に小さい道が続いているのが見える。

「小人が通る道みたいに小さくて狭い道だけど……」

「よしっ、雪春にも見えたか。妖怪世界と人の世界の間は、空間がぐにゃっと歪んでるらしい。どういう仕組みかは分からないけれど、たぶん道が見えれば行けるんだよ。『摩訶不思議なあやかしどうの存在を知って、分かる者だけが行ける世界がある』って、じいちゃんから聞いたことあるから。その先は妖怪の世界なんだ」

「ここから先が……」

 ごくり……と僕は生唾を飲み込む。

 ――カァ〜、カァ〜、ギャッ、ギャッ……

 からすたちの鳴き声がする。

「おあつらえ向きに烏なんか急に鳴いちゃって。不気味な雰囲気抜群だな」

「たしかに、不気味な感じが漂ってきたよ。……よしっ行こうか」

「あぁ、い、行くぞっ」

 僕等は踏み出した、妖怪の世界へ……!


  「行っちゃだめニャン」

 へっ?

 不意に小さな声がした。

「雪春、シグレ。そこから先へは行っちゃだめニャンよ」

 今度ははっきりと聞こえた。

「誰だっ?」

「虎吉? 虎吉なの?」

 僕がリュックサックを慌てて下ろすと中から虎吉がのそのそ出て来た。

「様子がおかしかったからついて来たニャン。二人だけじゃ危険ニャ。見つかる前に帰るニャンよ?」

「ごめん、帰るよ。それより虎吉は体は大丈夫なの?」

 僕は猫の姿の虎吉を抱き上げた。

「もうだいぶ良くなったニャン」

「なんだ〜、偵察失敗か」

 シグレが自分の頭の後ろにやった手の平を組み残念そうに呟いた。

 僕等は虎吉に言われて渋々帰ることにした。



「……見つかってしまったニャ」

「「えっ――?」」


 祠の横の『あやかし道』から誰かが出て来る!

 豆粒みたいな人影はみるみる近づいてきて。

 僕とシグレ地面をぐっと踏み体に力をこめ身構えた。

「隠れるか?」

「もう遅いニャン」

「全速力で逃げたほうが良い」

「無理ニャ。アイツからは逃げられないニャン。追いつかれるニャ」

 じょじょに姿を見せる相手に緊張が走る。

 ――あっ、あれは!

「雪春、自分から動くなと忠告をしたはずでこざる」

「蔵之進さん!」

 現れたのは僕達の味方だった。

 武士の姿で凛々しく歩いて来て僕の前に立つ。

「なんだぁ、桜の木のあやかし武士じゃんか」

 僕らは一気に体の力が抜けた。

拙者せっしゃは九尾達の動向をうかがっていたでござる。妖怪の見える二人は狙われて危ないでござるよ。こんな所に来てはいけないのだと雪春にはくぎをさしたつもりだったのだが……。いな、雪春? 今日のことは拙者せっしゃ、甚五郎にきちんと話をするでござる」

 蔵之進さんのきりりとした一重の瞳には僕をとがめる様な厳しい色が浮かんでいた。

「まっ、今日は怒られても仕方がないニャンね。雪春、早く家に帰るニャン。ムフフッ。オイラは早く満願寺のぼた餅が食べたいニャンよ〜」

 僕に抱かれた虎吉は目尻をとろんと下げながら、のんきにそう言った。

「ふぅ――っ」

 これから家に帰ったらおじいちゃんから怒られるのが分かってる。お説教をされるのを想像して僕は気が重くなって溜め息をついた。

「雪春はお説教タイムニャ。オイラは至福のぼた餅タイムニャン♪」

 待ち受けるのはおじいちゃんの堅い石の様な顔がみるみる真っ赤になって怒る姿だ。はぁ、怖い。

 虎吉はいくら甘くて美味しい物が食べらるれるからって楽しそうに笑っちゃってさ。


 帰ってからは案の定おじいちゃんに怒られました。

 おじいちゃんは怒鳴りはしなかったけどさとすようにくどくど長々としかられました。

 反省してます。また心配かけちゃったから。

 あとで聞いたらシグレも和尚さんにこっぴどく叱られたらしい。

 シグレには悪かったなぁ。


 おじいちゃんに怒られてる僕の横では虎吉が子供の姿に化けてぼた餅を美味しそうに食べていた。

「ニャハハ、美味いニャァァン♪」

 虎吉はマイペースでお説教されてる僕には目もくれない。

 妖怪だからぼた餅なんか食べてるけど『猫』らしい『猫』だ。

 僕はおじいちゃんに怒られてしょぼんとなってしばらくは落ち込んだ。

 でもそばでなぐさめてくれる虎吉や豆助ポン太に癒やされていた。

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