第25話 待つか、向かうか

 僕はシグレに聞いてもらいたい事がある。

 ――たぶん誰もが、僕の考えに反対するだろう。


 シグレが持って来てくれたぼた餅をお重から出してお皿に二つずつ乗せる。甘い小豆のいい匂いがする。

「ぼた餅ありがとう、いただくね。はい、シグレの分」

「おっ、サンキュ。オレさっき三つ食ってきたんだけどまだ食えんな」

 みっ、三つも? すごく食欲旺盛だなシグレは。

「いただきます」

 シグレが箸で挟んでぼた餅にかじりつく。僕も食べてみるとあんこの優しい甘さが口の中に広がった。

「美味しい」

「美味いよな。ペロッと食っちまうぜ」

 そう言ったシグレの皿は瞬く間に空っぽに。

「昨日のシグレのおじいちゃん、武蔵坊弁慶みたいで凄かったよ」

「武蔵坊弁慶か! そういや絵本で見たヤツに似てるかも。でけぇし強いし。じいちゃん、すげぇんだよな。昔はもっと凄くてさ。怒ると雷神みたいに恐くてさ。じいちゃん、若い頃はロックスターを目指してたらしいから私服がめちゃファンキーなんだぜ。ぶっ飛んでんのうちのじいちゃん」

 ふふ。シグレはおじいちゃんが大好きなんだ。和尚おしょうさんの事を語るシグレの表情からは心底慕っているのが滲み出てる。

「シグレは将来はお坊さんになるの?」

「まだ分かんないな〜。やってみたい気もあるけど他の事にも挑戦したい自分がいてさ。オレ次男坊だから寺を継がなくちゃなんてプレッシャーとかないしね。オレの兄ちゃん、他の寺に修行に出てんだぜ? で、雪春はおにぎり定食の店継ぐの?」

 えっ――?

 僕が、このおじいちゃんのお店を継ぐ……?

「考えてみたこともなかった」

「だろうね。雪春、口開けてポカーンとしてたぜ? 『えっ、なになに? 店を継ぐなんて……』って戸惑ったわけ? さっきの雪春は面白い顔だった」

 クスクス。

 僕の顔を覗き込むような仕草を大袈裟にして笑う。

「そんなに笑わないで、全然将来なんて考えてなかったんだ。他の悩みがありすぎてさ」

 まずは父さんのこと。これが僕の頭の中の悩みの大半で。

 あとは、美空や彩花に彼氏が出来た時のこと。あの二人が嫁ぐなんてことになったら僕は平気でいられるんだろうか? この問題はまだまだ気が早いかな。

 それから受験に部活のことでしょ。細々こまごまと考え出すと悩みごとは次から次へと湧いてくる。悩みって尽きることはないんだなぁ。

「雪春の悩みってさ、九尾にさらわれたお父さんのことや部活のこと?」

「え、えぇっとなんで分かったの?」

「そりゃあ雪春を見てりゃ分かるよ。部活でサッカーやってる雪春の顔は全然楽しそうじゃないしな」

 僕は顔に出てたのか。

「辞めんの? サッカー部」

「それを悩んでるんだ。たぶん続けるよ。引退まであと一ヶ月ないし。でさ、高校では自分に合う部活を探す。それかやっぱりサッカーが下手くそでもまたやりたくなるかもしれない」

「サッカー、とりあえず好きは好きなんだ?」

「うん、まぁ」

「そっか。雪春だけに言うけど、オレね実のところはサッカー部以外にも星が好きだから天文学部とか良いなってさ……」

「へ〜、天文学部?」

 シグレとこうやって気兼ねなく学校の部活のことや他愛もない会話もする。

 僕にとってシグレは友人としていい意味で気を抜ける相手だと思う。

 等身大でいられる関係。

 同い年の気の合う友達、なんでも話せるシグレには妖怪の仲間と同じように僕は気を許せた。

 思い悩む時に安堵出来る居場所はかけがえのない大切なところ。

 だからこそそんなシグレに聞いてもらいたい。

「僕、九尾ハクセンに会いに行こうと思う」

 真剣な思いを込めてシグレに伝える。びっくりすると怒ると思った。なのに。

「良いんじゃない、ソレ」

「えっ? 聞いたら怒るかと」

「もっと驚いて怒って反対するかと思ったわけ? 実はオレ、九尾のとこに行く案には賛成派だ。何もしないでじっと待つなんてオレには無理。雪春はただじっと待つなんてよく出来るなって思ってたんだよな」

「向こうが来るのを怯えながら待ってたって何も解決しないって分かったんだ」

「かっけぇ、雪春。オレも一緒に行くよ」

「そんな、危ないよ。一人で行く。危険な目にシグレをあわせるわけにはいかない」

「馬鹿だなぁ。そういう時こその友達だぜ? こんな大事な決断をオレに話してくれて嬉しいよ、ありがとう。ワクワクするじゃん」

 ワクワク、か。僕は得体の知れない九尾が怖くて仕方ない。

「こちらの方がありがとうだよ。九尾ハクセンから父さんを取り戻すチャンス、待つかこちらからハクセンに立ち向かうか。妖狐より強いと思うとす凄く怖い。でも決めたんだ。逃げずに九尾ハクセンと向き合うことに決めた」

「うん、良いよ。その意気だ。そうだ雪春、うちのじいちゃんが言ってた。『きちんと相手を見ないそばから想像で恐怖や不安を重ねるな』って。オレさ、小学生ぐらいまで妖怪が怖かったんだよね。見えなきゃ良いのにって何度も自分の境遇を恨んだ。そしたら、じいちゃんに言われたんだ」

 驚いた。シグレが妖怪を怖がっていたなんて信じられない。

「シグレに怖いものなんて無いかと思ってた」

「んなわけ無いじゃん。あと、アイツらがキライで怖い」

「アイツらって?」

 僕はシグレが自分で自分の体を抱きしめる仕草が大袈裟で、くすっと笑った。

へびだよ。へ、び」

「あぁ、蛇か。蛇は僕もちょっと苦手かも」

「妖怪に可愛い奴はいるが、蛇にはいねぇからな」

「うん、確かに可愛い蛇はいないね。思い当たらないや」

 こんな風にお互いのことを話すうちに心は通い合うのかな。 父さんが妖怪九尾ハクセンとは砕けてしまっただろう信頼を取り戻せないだろうか?

「なぁ、雪春。さっそく九尾に関係がありそうな場所を偵察ていさつに行ってみないか?」

「偵察? これから?」

「これからだよ。今すぐ! 善は急げって言うじゃん」

 僕はシグレに言われて決意した。

「支度をしてくるよ。あっ、そうだ。シグレは虎吉やみんなに会ってってよ。サクラさんもいるからさ」

「サっ、サっ、サクラちゃん、いるのか?」

 シグレの顔は耳までボッと真っ赤になってほっぺたも耳も熱そう。恥ずかしそうに焦ってる姿が面白い。

「サクラさん、二階の部屋にいるよ。おじいちゃんと妹達は動物病院に薬をもらいに行ってるけど」

「動物病院? 猫又たちのために?」

「妖怪の病院は無いから。妖怪にも病院があれば良いね」

 妖怪の姿は、見える人は少ない。だから病院で診察もしてもらえない。

 昨夜はおじいちゃんの家にある消毒薬やキズ薬や湿布で、虎吉と豆助とポン太の手当てをした。

 もっと効果のある薬をもらえないかと、おじいちゃん達は動物病院に行ったんだ。

 僕は、三匹についてやりたかったから、家に残った。

「雪春は優しいよな。そんな風に思ったことないや。妖怪は人間より回復力があるから、じきに良くなるよ」

「うん……。そうだと良いけど」

 僕は虎吉達が元気になったら、たくさん遊びの相手をしてあげたい。

 ヒーローごっこにスパイごっこ、母さんみたいに絵本も読んであげよう。虎吉達が食べたことないお菓子も作ってあげる。

 ――僕を守ってくれた妖怪たちにお礼がしたい。

 僕に出来ることはそんなことぐらいだから。



          つづく


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