第四章 おにぎりにこめた甚五郎の思い
第24話 おじいちゃんとのおしゃべり時間
僕が妖狐に襲われた日の夕方、満願寺の和尚さんとトイレの花子さんは学校から家まで送ってくれた。
「和尚さん花子さんも今日はありがとうございました」
「礼には及ばん。君が無事で良かった。君を守った妖怪達の怪我の手当ては頼んだぞ?」
「はい」
視線を自身の胸の中に落とす。両腕で抱えた虎吉と豆助、ポン太の三匹の傷だらけの姿を見て胸が痛んだ。
「全然良いのよ。毎日美味しいおにぎり定食食べさせてもらってるんだもん。じゃ、私は学校に帰るね」
花子さんはふわりと空に浮いて中学校の方へ飛んで行った。
家に帰って和尚さんから事情を聞いたおじいちゃんや美空と彩花はショックを受けていた。
美空も彩花も、僕の腕の中の傷ついた虎吉達を見てボロボロ涙を流して泣いてしまう。
半ベソのサクラさんが二人を抱きしめたのを僕はどこか遠い出来事みたいに見ていた。
気づくと僕はおじいちゃんに抱きしめられていた。
「おじいちゃん」
「無事で良かった、雪春」
一緒にいたはずの蔵之進さんはスーッとどこかへ消えていた。
妖狐を倒さず助けてと言われたのを受け止めるためなのかもしれない。気持ちの整理を僕だってしなくちゃ。
僕は九尾達に憎しみを持っているはずだった。
でも実際対面してみたら九尾達にも大変な事情があった。
九尾ハクセンと話をしてみたい。
絶対に反対されるのが分かってるけど僕は九尾達を放っておけない。
ちっぽけなこの僕でも何か出来ないかな?
少しでも助けられないか。
僕は愚かだろうか。
父さんを
虎吉豆助ポン太のことをサクラさんと僕等兄妹で看病しているうちに三匹が眠る布団の周りで皆寝てしまった。
薄暗い明け方、僕がふと目を覚ますと三匹が目を開け布団の上で上半身を起こして座ってた。
まだ顔つきは疲れ果て元気そうじゃない。
三匹の顔を見て僕は静かに泣いていた。
「雪春は泣き虫ニャンね。でもそれでいいのニャ」
「雪春、ごめん。あんなことで気を失うなんて俺は自分が情けない」
「雪春は怪我はないだか?」
三匹がいっぺんに話しだして僕は胸が熱くなっていた。
「もう目を開けないかと思った!」
僕は虎吉豆助ポン太をぎゅうぅっと抱きしめた。
「くっ、苦しいニャン」
「雪、春。ちょっと、力が強いよ」
「オラ、苦しいだ」
無事だったのが嬉しくて僕は三匹に何度も頬ずりした。
◇◆
九尾の部下の妖狐に襲われた次の日は土曜日だった。
朝、僕がお店に下りていくとおじいちゃんはいつもならもうとっくに始めているはずの仕込みをしておらず、「今日は臨時休業にする」と言った。
それから朝ご飯の支度を始めたので、僕はおじいちゃんを手伝い卵焼きを焼くことにした。
皆はまだ起きてこない。
妖怪組はまた寝てしまったし、美空や彩花にサクラさんも看病で遅くまで起きていたのでしばらくは起きて来ないだろう。
トントントン……小ねぎを刻むおじいちゃんの包丁の音はリズミカルに厨房に響いた。
「おじいちゃんはいつも通り店を開けようかとも思った。けれど昨日は色々あったことだし今日はゆっくり皆で休みなさい」
「うん」
さっきまではおじいちゃんはいつも以上に
でもそんなことはなくて、おじいちゃんは言葉を探していただけなのかな。
「妖狐を助けたのはおじいちゃんは良いと思うぞ」
「えっ? 本当に?」
「あぁ、本当だ。……話は変わるが、夏にはここいらでは蛍祭りや盆踊りに花火大会があるからな。連れて行ってやるぞ」
「うん、ありがとう。お祭りかぁ。受験勉強の気晴らしになるよ」
おじいちゃんに教えてもらった出汁巻き卵が焼き上がってほんのり甘く出汁の香りをさせてる。僕にも上手に卵を巻くことが出来た。大根おろしを添えて完成だ。
「上手く出来たな、雪春。これならうちの定食に出せるぞ」
ふふっ。僕は褒められて笑顔になった。
僕のおじいちゃんのお店『おにぎり定食屋甚五郎』には、決まったメニューはない。
その日の仕入れしだい。
僕のおじいちゃんは、手に入った新鮮な食材から料理の献立を考えるんだって。
おじいちゃんはメインの二、三種類ほどは作るって言っていた。
朝採れたての野菜がメイン(煮浸しやソテーなど)、焼魚や煮魚などの魚がメインの物や、肉じゃがや肉巻きアスパラとかお肉がメインの物など。
庭の畑で採れた野菜や、お馴染みさんの農家、漁師さんや魚屋さん、お肉屋さんなどが今日一番のおすすめを持って来てくれたりする。
おじいちゃんがお店に出向く事もあるけど、たいがいは付き合いの長い仲良しの人から、材料を買うことでお店の定食の分の買い物は済んでしまうんだって。
僕が関東に住んでいた頃には宅配してくれるネットスーパーなどもたしかにあった。
でも、おじいちゃんのお店には、周りの小さなお店から配達に来てくれる。
八百屋さんや酒屋さん、小さな個人店のいつも同じ人がにこにこしながら、美味しい物を持って来てくれた。
この町の商店街は行くといつも元気で賑やか、ワイワイと人で活気づいている。
「雪春、今度おじいちゃんと釣りしに行ってみるか?」
「うん! 釣りなんてずいぶん行ってないな。父さんと千葉の海に行ったのが最後かな」
「勝太郎が釣りか……。小さい頃はよくおじいちゃんと満願寺の和尚が、近くの海や川に勝太郎達を連れて行ったんだ」
「父さんと?」
記憶の中の思い出に思いを馳せ、遠い目をしていたおじいちゃんは、僕を見て優しく微笑んだ。
「そうだ。梓と勝太郎、それに九尾ハクセンもな」
「ハクセンも、か。仲が良かったんだね?」
「昔はあの子達は本当に仲良しだったぞ」
今日はおじいちゃんと僕はたくさんしゃべった。
父さんがさらわれた事は悲しいけれど、おじいちゃんと長い時間を過ごせることになった事は嬉しい。
僕等の元に父さんが無事に帰って来たら、おじいちゃんとも一緒に暮らせると良いな。
おじいちゃんと作る料理の時間、僕は楽しい。魚をさばくおじいちゃんなんか格好いいと思うし、手早く鮮やかで見惚れちゃう。
僕も料理がもっと上手くなりたい。
美味しい料理を作って、美空や彩花に食べさせてやりたい。
そうだもちろん、妖怪組にも、父さんにもね。
◇◆◇
午後になって、さっきシグレから電話があった。後で来てくれるらしい。
部屋を片付けなくちゃ。
と、思った矢先。
「おーい、雪春〜、来たぞ!」
大きなシグレの声がして、店の引き戸を、ガチャガチャガチャと開けようとしてる音がする。
臨時休業にしたから、『おにぎり定食屋甚五郎』はお休みで店の表正面の入り口には鍵をかけていた。
「来るのが早いね、シグレ」
僕が、がらがらがら〜と引き戸を開ける。
すると、私服姿のシグレのツンツン頭と、ニカッと歯を見せてる満面の笑みが現れた。
「よっ! 早かった? あぁ、
「ありがとう。みんなが守ってくれたから、僕は平気だったんだけどね。あっ、今日はお店、休みにしたんだ。とりあえずそこらへん座っててよ。お
僕は厨房に立ち、やかんでお湯を沸かす。
「雪春、昨日は大変だったな。友達なのにそばにいなくてごめんな」
「良いんだよ。シグレは大会行ってたんだしさ、気にしないで。友達だからって四六時中一緒に居るわけないんだしさ」
お湯が沸いて、急須にお茶の葉をパラパラ入れ、湯呑みにまずお茶を注ぎ淹れる。
湯呑みで少し冷ましたお湯を急須に注いで、蒸らしてから、湯呑みにそっと注ぐと、綺麗な緑色のお茶を淹れる事が出来た。
「すげぇ、雪春。お茶の淹れ方、うちの母さんみたいだな」
僕が緑茶を淹れるのを、シグレが横から覗き見る。そんなに観察するように見られると、少し、緊張する。
「おじいちゃんに教えてもらったんだ。さっ、座って」
休みで誰もいない、おじいちゃんのお店。シグレとど真ん中の席に座る。
「へぇ。うちのじいちゃん、お茶は飲むだけだよ。雪春のじいちゃんはすげぇな。……では、いただきます」
シグレはお茶をすすると「美味い」と言って僕の顔を見た。
それから悔しそうに話し出す。
「しかし、オレだったら妖狐を許せなねぇな。で、猫又たちは?」
「だいぶケガの具合いは良くなったよ。シグレ、わざわざ様子を見に来てくれてありがとう」
「そりゃあ、心配したからな。そうだこれ、母さんが作ったぼた餅。見舞いに持ってっけって」
シグレが横の椅子に置いていた風呂敷包みをトンッとテーブルに置いた。
風呂敷の包みを解いて、出て来た漆塗りの大きな三段重ねのお重箱のフタを開ける。
お重箱の中には、形の良いぼた餅がぎっしりと敷き詰められ入っていた。
これはみんな喜ぶぞ〜。
美空も彩花も、そんなに買う事は出来ないけれど
特に妖怪組、虎吉、豆助、ポン太は、子どもの日の柏餅の取り合いをしてケンカをしちゃうぐらい、甘い物が大好きだからきっと大喜びだ。
それに。
こんな美味しそうなぼた餅、食べたら早く元気になるかもしれないよね。
つづく
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