第23話 満願寺の和尚とトイレの花子さん

 巨大な妖狐ようこに飛びかかった虎吉とらきちは、グローブより大きな妖狐の手で強くはたかれ、教室の床にたたきつけられた。

「……ニャァ――」

 虎吉の小さな体が、床をバウンドしてすべっていく。

 痛かっただろうに、虎吉はすぐに立ち上がって、また妖狐に向かって飛びかかっていった。

 次は虎吉の鋭く長い爪が、妖狐の顔をかすり一筋ひとすじの傷をつけた。ツツッと妖狐の白銀色はくぎんしょくの毛に血がにじむ。

 傷をつけられた妖狐は怒ってさけんだ。

「ワタシの美しい顔によくも傷をつけてくれたねっ!」

「オイラの大事な雪春をねらうなんて許さないニャッ。虎吉様が、お前をやっつけてくれるニャッ!」

「なにをしゃくなぁっ!」

 虎吉が果敢かかんに妖狐にいどんでまた飛びかかると、今度はおこった妖狐が尻尾しっぽをブンッとムチみたいに振り回し、いとも簡単に飛びかかる虎吉の体をからめ取った。

 太い尻尾は太いなわの様になって、ギリギリと音をさせ、虎吉の体をめ上げていく。

「ニャァッ……ニャフッ……。ま、負けないニャ」

 すごく苦しそうだ。

 虎吉が死んじゃう。

 だめだっ!

 やめて――

 あぁ、もうやめて――!


「やめいっ、妖狐! そこまでじゃ」

 妖狐を一喝いっかつする、かみなりのような大きな声がした。

 この声は、誰?

 フッと、僕の体の金縛かなしばりがけて、声がした方向を見ると。

満願寺まんがんじ和尚おしょうさんっ!」

 友達のシグレのおじいちゃん、満願寺の和尚さんが真っ赤になって怒りながら、教室の扉を開け仁王立におうだちしていた。

 和尚さんは数珠じゅず御札おふだ扇子せんすを握りしめている。

「はぁ、はぁ。急いで階段をのぼってきたから、息が上がったわい」

「ちょっと〜、大丈夫? 和尚おしょうちゃん」

 肩で息をしている和尚さんの腕をつかみ、ツインテールに制服姿の女の子が、心配そうな声をかける。

「花子さん!」

「おーい、雪春。みんなで助けに来たわよ、大丈夫? 和尚ちゃんを呼んできたけど間に合ったかしら?」

 和尚さんの後ろからは、本物のトイレの花子さんと――

豆助まめすけ! ポン太! 蔵之進くらのしんさん!」

 ――良かった。みんなが助けに来てくれた!

 僕は見慣みなれた仲間の顔を見て、ホッとした。

「大丈夫かっ、雪春?」

「……虎吉はやばそうだべな」

「豆助、ポン太! 虎吉が」

「雪春、こちらへ。拙者せっしゃの後ろへ」

 みんなの方へと駆け寄ると、蔵之進さんは僕をかばうようにして、背中にかくまう。

 妖狐は、僕達を釣り上がった目でにらみをきかせて身動みじろぎせずにいて、いまだに虎吉をぎゅっと掴んだまま、はなそうとはしない。

「妖狐、オイラの仲間が来たニャ。観念かんねんするニャンよ。早く離せニャン!」

 妖狐の尻尾に巻かれたまま、虎吉はバタバタとあばれる。

「ここでワタシがしくじっては、ハクセン様がお怒りになるだろう……。お前らがたばになってもワタシに勝てるものかっ!」

 巨大な妖狐の体中の毛がさかだっている。

 豆助とポン太が、妖狐の腕に足に同時にみついて、次々と傷をつけた。妖狐は憤慨ふんがいして豆助を蹴飛けとばし、ポン太を踏みつける。追討おいうちをかけるように、妖狐は執拗しつようこぶしを豆助やポン太に、打ちつけようとしたが二匹は教室の机の間を上手くすり抜け逃げ回る。

 だが妖狐はつくえ椅子いすを持ち上げ、豆助とポン太に次々と投げつける。

 始めは妖狐の攻撃こうげきをかわしていた二人だったが、豆助の背中に椅子があたってしまい、ポン太の足にも椅子が直撃ちょくげきしてしまった。

 二匹はぐったりと床にたおれた。

「豆助っ! ポン太っ!」

「行っちゃダメっ」

 傷ついて横たわった二匹は気絶きぜつしてしまったのか動かない。僕が駆け寄ろうとすると腕をつかまれ、花子さんに止められた。

「――……っ、――……っ」

 和尚さんはなにかおきょうのような物をとなえ、パンッと音をさせて扇子を振った。すると扇子は大きな棒になって、和尚さんは豪快ごうかいに棒を空中で回した。

 棒は和尚さんが手を離しても僕達の前で回り続けている。

結界けっかいを張ったから、雪春はここを出てはいかんぞっ? 分かったな」

「は、はいっ」

 僕の顔を見て和尚さんは念を押すように「なにがあってもだぞ?」と言った。

 僕は戦うことが出来ない力の弱い自分に、もどかしい気持ちを抱いていた。

「和尚殿、ここは拙者に任せてくれまいか」

「いやいや蔵之進、久しぶりにワシにも、ひと暴れさせてくれ。一緒にどうじゃ?」

「承知したでござるっ」

 ダッッと、教室の床を蹴り飛び上がった和尚さんと蔵之進さんは一斉に妖狐に向かって攻撃を仕掛けた。

 和尚さんは御札を妖狐の胸と尻尾に張りつけ、蔵之進さんは刀を抜いた。

 妖狐の尻尾が力を失くしたように、だらーんとれ下がると、締め付けられていた虎吉がドサッと床に落ちた。

「虎吉!」

「雪春、オイラは大丈夫ニャン……」

 虎吉はふらふらになりながらも、立ち上がる。

 妖狐は、和尚さんの御札の効果なのか苦渋の表情を浮かべながら、動けないでいる。

「とどめは拙者がお主をってしんぜよう」

 蔵之進さんは静かに怒っていた。虎吉、豆助、ポン太を傷つけ、僕をおそった妖狐が許せないんだ。

 覚悟を決めたように妖狐が目をつむる。

「やれ、ひと思いに――」

「敵ながら、そのいさぎよさは感心にあたるでござるな。……では、御免ごめんっ!」

 蔵之進さんが構えて刀を振り上げた。刀から桜の無数の花びらたちが舞い散る。蔵之進さんの足元から風が起こった。花びらは散りながら風に乗りクルクルひらひらと舞い上がる。

「蔵之進さん、ダメだっ!」

 僕は駆け出していた。

 和尚さんに結界から出ては行けないって言われたのに、体が勝手に動いていた。

「死なせてはいけない!」

 僕は巨大な妖狐の前に飛び出して、両手を広げて蔵之進さんに懇願した。

「斬っちゃだめだよ、みんな仲良くしよう……」

 僕の後ろの妖狐はうなった。

「グゥッ……あまちゃんめ。雪春、貴様そんな甘い考えでは我があるじハクセン様に取り込まれてしまうぞ」

「雪春、何故なにゆえにそこの妖狐をかばう? お主の父をさらった妖怪九尾の仲間だぞ?」

 蔵之進さんは、責めるような厳しい目つきで僕を見ている。

「だって、だってさ。なにも死ぬ必要はないでしょ? 蔵之進さんだって妖怪を殺したりしちゃダメだよ。出来る限り戦いなんてしたらいけないんだ。せっかく生きる命、奪ったり粗末にしたら、絶対にダメなんだぁっ!」

 僕は叫びながら泣いていた。

 そうしたら妖狐の笑い声がした。

「フフフッ、貴様は本当に甘い奴だな。ワタシを助けようとした人間は生まれて初めてだ……。ワタシだって本当は無益むえきな戦いなどしたくはないし、妖力をらうなど、まがまがしく思っておる」

「じゃあ、なんで妖力を食べたり、生気を吸おうなんて……」

「九尾城には、美味い食い物がない。妖狐の里には畑や水田を作る者はいない。狩りや漁をするだけだ。今年は獲物が少ない」

「えっ?」

 僕もみんなも、その事実に茫然ぼうぜんとした。

「熊などの獣が人の里に下りるのは何故なぜかわかるか? 単純だ。山の食糧しょくりょうは不作、ならば人の里の美味い飯をらうだろ? 獣と同等どうとうになど高貴こうきな妖狐族としては考えたくもないが、理屈は一緒」

「食べ物が無いの? じゃ、じゃあ一緒に畑を作って、ご飯を作ろう? そうだ、一度おじいちゃんのお店においでよ」

 その僕の提案ていあん突拍子とっぴょうしもないと思ったのだろか?

 妖狐は可笑おかしそうに笑った。

「フハハハッ。一緒に畑を作る――か。……お前にこれで借りをつくってしまったな、雪春。ワタシが微力ながら、お前の父の解放を九尾総大将きゅうびそうだいしょうハクセン様に説得せっとくしてみよう」

 和尚さんは、またお経かなにか唱えてから軽くジャンプして、妖狐につけた胸と尻尾の御札をピリッピリッとはがしていく。

「まさか妖狐を逃がすのか? 和尚殿」

「蔵之進、雪春君にめんじてこの妖狐に一度チャンスをやろう。これ、妖狐。二度目はないからな?」

 和尚さんが難しそうな顔をして、妖狐に言うと、妖狐はニヤリと牙を見せながら笑った。

「必ずおにぎり、おじいちゃんのおにぎりを食べに来て!」

「フッ……。もし、それまでワタシの命があったならな――。その時は楽しみにしている」

 フゥーッと巨大な妖狐は空気に溶けるように、消えていってしまった。


 僕は、かろうじて意識のある虎吉と気絶した豆助にポン太を抱きしめて、大声で泣いた。

「僕なんかのためにごめんよ。ごめんね、ごめんね……」

「泣くニャン、雪春。オイラ達は大丈夫だからニャ……。雪春さえ無事なら、オイラは良いのニャ」

 虎吉は僕の涙をペロペロなめながら、くたっと意識いしきを失っていた。



          つづく







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