第22話 学校のトイレの花子さん

 放課後の部活は天気予報が雨予報だったので体育館で行うことなった。

 僕はシグレに誘われサッカー部に入った。

 転校してきた僕は以前の学校指定のジャージに着替える。

 さいわいにも転校前も転校先もジャージも色がスカイブルーでデザインも似ていて周囲から浮かない。

 ここのサッカー部は練習のハードさが桁違けたたがい。

 前の学校でもサッカー部に入っていたし気心の知れた仲間たちとやるサッカーは楽しくて大好きだったはずだけど、この中学校の生徒はスタミナが全然違う。

 ちゃんとした基礎きそがまるで全然出来ていなかったらしい僕にはキツイ。

 サッカー部の練習についていけなくて心がへこむ。

 僕はそれでもどうにか必死に頑張ったけど……。前の中学校でだって練習をサボってたわけじゃない。ちゃんと部活担当の先生が作る練習メニューもこなして自分が特別周りよりおとっているとは思わなかった。

 ここのサッカー部はレベルが高い。

 どうしよう。

 中学三年生は受験勉強のために一学期でクラブ活動を引退する。

 我慢してもう少し続けるか思い切って辞めるか。

 僕はサッカー部の皆より明らかに実力が無く鍛錬不足で動きがにぶく感じられた。惨めたらしかった。

 こんなにサッカーが楽しく思えないなんて。

 僕には向いてない。

 シグレ達、選抜メンバーは中学生最後の大会遠征たいかいえんせいに朝から出掛けて行った。僕は選ばれなかったので普段のサッカー部の活動時間が終われば下校出来る。

 選抜メンバーに選ばれないのは最初から分かっていたけど僕のどこかに悔しさのかたまりがあった。


 僕は体育館でのサッカー部の筋力トレーニングや練習を終え着替えを済ませてからも教室にポツンと一人でいた。

 もう、ほとんどの生徒が帰宅しちゃっている。

「帰らなくちゃな」

 そう一人言を吐き出すように呟いて。体も心もなまりみたいに重たかった。

 今日は彩花が九九を覚えるために一緒に九九の歌を歌うって約束していたのに。

 早く帰ろう、そう思うのに。

 悶々もんもんと考えてしまう。

 僕はいったい何が得意なんだろう?

 特技や自信を持ってるものがない。自分がどうにも薄っぺらい人間みたいで自己嫌悪じこけんおおちいってる。

 僕って何かこれだけは人に負けないって思える物がある?

 自分の席に座りひじを付きながらぼんやりと窓を見、小雨こさめが降ってきてれ始めた校庭をただ何分もながめていた。

「そんなに卑下ひげすることないわよ」

 女子生徒の声がして廊下の方を振り返るとおじいちゃんのお店にやって来るトイレの花子さんが立っていた。

「――ッ! 花子さん!」

「やだぁ、そんなに驚かないでよ。おにぎり屋さんで毎日会ってるじゃない?」

「そっ、それはそうだけれど」

 髪の毛をツインテールに縛ってる点は同じ。でも服はうちに来ていた時とは違う紺色のセーラー服に白いタイを着けた姿だった。

「花子さん、ずっとこの学校に住んでるの?」

「うん。昔からここにいるよ。色んな子を見てきたし。君もさ、元気出しなよ。部活だって自分に合うの探せは良いんだから」

「サッカーが好きなのにセンスが無いんだ」

「プロになりたい訳じゃないでしょう?」

「まぁそうなんだ。だけど前の学校では楽しかったから」

「そっか。きっとそれって君とレベルが同じくらいの生徒が集まってたんでしょう? だから楽しかったのよ」

 僕は花子さんの瞳に吸い込まれそうになる。見つめられる目から目が離せない。

「ウフフッ。無理なんてすることない。頑張ることなんてないわ。無駄な努力なんかさ、そんな物しなくたっていいの。苦しんで生きてる意味はなぁい。そんな辛い思いはしなくても私みたいに妖怪になってしまえば苦痛は無くなってどんな悩みからも開放されるわよォォ?」

 僕は豹変ひょうへんしていく花子さんから視線をずらせず体が金縛かなしばりにあっていた!

 ウウッ、体が動かせない。身体全部が固まってしまい指先一つ動かすことが出来ない。

「はな、こ……さん、何、これ?」

 口が動きづらくて話もしづらい。呂律が回らない。

 トイレの花子さんはどんどん顔の形相ぎょうそうが変わっていき般若はんにゃのお面みたいになった。

「学校が辛いのよね? だったらもっと楽しい所に行きましょ?」

 いつもの花子さんの面影おもかげ一欠片ひとかけらも無くなって七不思議の花子さんそのもの。

 トイレの花子さんはおどろおどろしい妖気ようきを放ち教室は照明が落ちて真っ暗になった。


「雪春! 大丈夫かニャ!?」


 虎吉の声がして僕と花子さんの間に人間の子供の姿で立っていた。


「と、…とら……きち」


 虎吉が僕を助けに来てくれたんだ。


「遅くなってごめんニャ? 雪春。おいっ、そこのお前! 誰だニャン!? オイラの知ってるトイレの花子さんはもっと良いヤツなはずニャ」

「フフッ。よく見破った。褒美に教えてやろうとしよう。ワタシは妖怪九尾総大将ハクセン様の部下だ」

 偽物のトイレの花子さんはボンッと灰褐色はいかっしょくの煙を上げて三メートルはありそうな巨大狐の姿に変わった。尻尾は七つに分かれている。

「九尾の仲間が何の用ニャ!」

「あやかしやそこの雪春の力もってやろうと思ってな」

 僕の、力?

 妖狐が僕の力を食べに来たの?

「そんなことはオイラがさせないニャン」

 虎吉からもぼふっと煙が上がる。虎吉は猫の姿に戻って妖狐に構えると両手の爪が長く伸びた。

「ハクセン様は雪春には手を出すなと言われたがそいつの放っている生気はなんともウマそうだねぇ」

「雪春はオイラが守るニャ。手出しはさせないからニャアァァッ!」

 虎吉が妖狐に向かっていく。

 ――僕を守るために。

 虎吉は自分より何倍も大きい相手に向かって飛びかかって行った。

 ――虎吉ぃ!

 僕は金縛りでかすかにしか出なくなってる声を必死にのどを振りしぼって叫んでいた。

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