第19話 名物妖怪登場

 僕等ぼくら満願寺まんがんじ和尚おしょうさんに本堂に案内された。だだっぴろい場所でたたみのいい香りとお線香のにおいがしている。

 本尊ほんぞんなのか座った形の大きな仏像が正面に鎮座ちんざして横には立って祈る優しげな顔の仏像や武器を持って餓鬼がきみつけている恐い顔をした仏像もあった。

 おごそかな雰囲気、空気がピリッとしていて気持ちが引きまる。

「今、シグレを呼んでくるから遊んでていいぞ」

「ありがとうございます」

 大男のおじいさん、満願寺の和尚さんはシグレを呼びに廊下の方へと消えていく。

 しかしな、遊んでてと言われても何をしてれば……。

「彩花、とりあえず座って待たせてもらおうか?」

「うんっ」

 彩花はちょこんとお行儀ぎょうぎよく畳に正座した。ルンルン気分って風でニコニコしっぱなしだ。友達の家にお呼ばれしたのがよっぽど嬉しいのだろう。

 シグレの妹ってどんな女の子なのかな? 彩花と気が合うんだからどこか似てるところがあるんだろうか。


 猫の姿のままの虎吉がさっきから何故か僕の足に抱きついて離れない。虎吉はキョロキョロと周りを見渡し警戒けいかいし落ち着きがないしおびえているようにも見える。

「どうしたの? なんだか落ち着かないね、虎吉?」

「雪春、雪春〜、抱っこしてくれニャ」

 僕は初めて虎吉に抱っこをせがまれた。猫なで声で甘えてくるのもめずらしい。

「だっ抱っこ?」

「早くしてニャン、あいつらが来るニャ!」

 虎吉は勝手に僕の体によじ登ってきた。抱っこしてやると虎吉の心臓しんぞう鼓動こどうが僕の手に伝わってきてドクドクドクととても速い。

 豆助はきっちり正座をしている。彼の顔は正面を向いてキリッと凛々りりしい。豆助はまるで仏像と心で会話をしているんじゃないかと思えるほどじっと見つめている。

「よぉっ、いらっしゃい! 雪春」

 元気な声がお寺の静かな空間にひびいてシグレがお堂に入って来た。

 その後から――

 ダダダダダダッとたくさんの足音をさせ小さな子供達が入って来た!

 和服を着た小さな子供達はお堂中を走り回る。

「うわっ。来たニャ……」

 虎吉は僕の胸に顔をうずめて隠れた。

にいにぃ、ちっちゃい女の子がたくさん来たよ。みんな赤いお着物を着てる」

「ほ、本当だね」

 本堂の畳を「キャーキャー」言いながらドタバタとけ回るのは花柄はながらの赤い着物を着たおかっぱ頭の女の子達だった。

 どの子も同じ和服で同じ髪型のおかっぱだから到底とうてい僕には見分けはつきそうにない。

「すげぇだろ? お転婆てんばで」

「あの子達がシグレの兄妹きょうだい?」

 僕は元気にあばれまわる女の子達に圧倒され呆然ぼうぜんとした。僕の横にあぐらをかいて座ったシグレが吹き出して笑って僕の肩をたたいてくる。

「プッハハハッ。違う違う。オレの妹じゃないよ。あれは――」

「彩花、分かった! 座敷わらしさん!」

「ピンポーン。あったり〜。うちの寺に古くからみこむ『妖怪座敷わらし七人衆しちにんしゅう』だよ」

 シグレは彩花に向けサムズアップの仕草をした。

 彼はくしゃっとした顔をさせて「ハハハッ」と声を出して笑う。ウインクを一つ彩花に向けて満面の笑みの表情を浮かべた。

「座敷わらし七人衆しちにんしゅう!?」

「あの子達はななちゃんなのさ。雪春に見せたかったのは満願寺名物の座敷わらし。日本全国に座敷わらしはいるけどなかなかこの人数がみついてる家はない。うちの寺ぐらいだと思うんだよね」

 シグレはニコッと自慢じまんげに笑ったのを僕はまぶしく思った。

「うん、たしかにすごいよ。座敷わらしがこんなにいるなんて」

「だろ? 雪春ならそう言ってくれると思ったよ」

 僕にはシグレが自分の家の寺を好きでほこりに思っているように感じてた。

 それってなんだかすごく素敵だ。

「ねぇ、彩花もあとで座敷わらしさんと遊びたいな。遊んでも良い?」

 彩花は目をきらきらとさせシグレを見て、ドカドカとかけっこや隠れんぼをし始めた座敷わらしを目で追いかけている。

「うんうん、良いよ。彩花ちゃんが仲間に入ってくれたら座敷わらしさん達も喜ぶから。あぁ、忘れてた。ヒナタを呼んで来るよ。あいつ、彩花ちゃんのことそわそわしながら待ってたんだぜ」

 シグレは「お茶持ってくる、待っててな」と立ち上がった。

 続けて豆助も立ち上がる。

「雪春、俺は少し満願寺の庭に出てくる」

「えっ? なんで?」

 シグレがお茶を持って来てくれるって言ってたのに豆助は外に行っちゃうの?

 虎吉が「ニャにっ!? オイラも外に出るニャ〜ン」と僕の腕の中からすり抜けるように飛び出して行った。

「あっ」

「俺は九尾たちが来ないか周りの様子を見るから」

「あ、ありがとう」

 そうか豆助は警戒してるんだ。僕は九尾のこといつもは頭の片隅かたすみにはあるのに、満願寺に来て楽しくて今はすっかり忘れてた。油断ゆだんしちゃいけないんだよね。

 豆助は「すぐ戻る」と行ってしまった。僕には豆助が格好良く映った。なんて責任感があるんだろう。豆助は大統領だいとうりょうを守るボディーガードさがらの雰囲気だ。

 僕は自分が恥ずかしかった。お兄ちゃんなんだし妹二人を守るべき。はしゃいでる場合じゃないよね。

「兄にぃ、どうしたの? しゅんってなってるよ。彩花、座敷わらしさん達に『仲間にーれーて』って言ってくるね?」

 彩花は座敷わらし達の何人かが固まってじゃんけんをしている方へ行ってしまった。


「ニャーン! よせニャッ! 雪春っ、助けてニャァン」

 虎吉の切羽詰せっぱつまった声にハッとなる。虎吉っ、どうしたんだ?

 慌てて僕が声をした方へ行くと縁側で二人の座敷わらしにわるわる抱きしめられる猫又の虎吉がいた。

 さらに虎吉は情けない姿に……。

「猫ちゃ〜ん、遊びましょ」

「虎吉ちゃ〜ん、お着替えしましょうね」

 リボンを頭につけられペット用のふわふわなシフォン生地のドレスに身を包んだ虎吉……。

 虎吉はどうやら座敷わらしたちにお人形ごっこ遊びをさせられているようだ。

「オイラを離せニャ! 座敷わらしにつかまるとはなんたる不覚ふかくニャ」

 どこで覚えたのか蔵之進さんかテレビの時代劇からか武士みたいな言葉遣ことばづかいで虎吉は座敷わらし達に必死で抵抗する。

 いや〜、ドレス姿も可愛いよ、虎吉。

 僕は一瞬そう思ったが絶対に口にしちゃいけないなと思った。

 助けてやるか。

「ごめんね、虎吉がイヤがっているから離してくれる?」

 僕は笑顔を心がけゆっくり座敷わらしに話しかける。

「アンタ誰っ!?」

「お兄ちゃん、誰っ!?」

 4つのくりくりとした目が僕の顔を穴が開くほど見つめてくる。

相楽さがら 雪春ゆきはると言います」

 虎吉が一瞬の隙をついて座敷わらし達の手から逃げ僕の胸に飛び込んできた。

「猫ちゃ〜ん。こっちおいで。戻っておいで」

「虎吉ちゃ〜ん」

 座敷わらしが僕の腕から虎吉を無理矢理にうばおうとした。虎吉は抵抗して嫌がり僕の服に爪を立て離れまいと必死につかまっている。僕の服がビヨ〜ンと伸びていく。

「イヤだニャン!」

「なんですって? だいたいお兄ちゃんは猫ちゃんのなに?」

 虎吉のなに?

 そうだ。

 そういや、僕と虎吉はなんていう関係だろう。

 ――友達? 家族?

 僕にとって一緒に住んでいる妖怪たちは虎吉や豆助やポン太は、それに蔵之進さんだって僕とは?

「僕と虎吉はね、大事な友達で家族だよ」

 はっきり自分の口から出た『家族』って言葉。温かさとずっしりと重みがあった。

 僕はあらためて『家族』は大切なものって自覚をした。

「雪春! 感動したニャ、ありがとうニャン。オイラにとっても雪春達は家族ニャンよ」

 虎吉は大粒おおつぶの涙をぽろぽろと流してグスングスンと鼻を鳴らし僕のTシャツの胸元むなもとで涙をいていた。

「だから虎吉とは優しく遊んでくれるかな?」

 二人の座敷わらしは顔を見合わせ笑った。

「「良いよ」」

「良かった」

「お兄ちゃんも一緒に遊ぼう」

 僕は座敷わらし達が分かってくれて嬉しかった。

 こうやって打ち解けて繋がり友達が増えていく。

 座敷わらしは友達というより新しい妹みたい。

「お兄ちゃん、何して遊ぶぅ」

「お兄ちゃん、抱っこしてぇ」

 甘えて抱きついてくる座敷わらしたちは可愛い。

「だめだニャッ! 座敷わらし、雪春はオイラのものニャンよ」

 虎吉と座敷わらしの間で今度は僕をめぐり新たないざこざが勃発ぼっぱつした。

「おいおい、仲良くして」

 それに僕は物じゃないから取り合いなんてしないで。

 いい流れの雰囲気もまた騒がしくなる。

 それから豆助――

 言いにくいんだけれど。

「虎吉、ウェディングドレスみたいな洋服はそろそろ脱いだらどうだ?」

「ニャッニャー!? 体に馴染なじんでたから忘れてたニャー!」

 虎吉の悲鳴がニャーニャーと僕の耳に木霊こだました。



          つづく



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