第18話 いざ、満願寺に遊びに行こう

「虎吉、ごめんっ」

 僕は虎吉におびの品として彼の好物の魚肉ソーセージ5本束の特級品をお小遣こづかいを奮発ふんぱつして買って差し出した。

 鯛入りのちょっぴりグレードの高いモノだぞ。

 虎吉をからかったようになってしまったことをあやまった。

 おじいちゃんのお店の勝手口の前に置かれた休憩用きゅうけいようのベンチで日向ぼっこをしていた虎吉は僕の顔を見てクスッと笑った。

「もういいニャンよ。オイラは心が広いニャン」

 目尻を下げ虎吉は鯛入りソーセージを受け取り「嬉しいニャ」とほほずりした。

 その様子を見て僕は学校から帰って来て急いで買いに行った甲斐かいがあったと思えた。

「可愛かったからつい笑っちゃったんだ」

「ふっふっふ。プリティなのは自分でもよく分かってるニャ。雪春に笑われないようにこれからはカッコいい妖怪猫又を目指すからニャ!」

 ぼふっと煙が上がり人の姿に化けた虎吉はがぶりっとソーセージにかぶりついて「美味いニャ〜ァ♪ ありがとう、雪春。しかしニャ、……う〜ん、オイラにはワイルドさも必要ニャンか?」と胸を張った。

 その後、ボディビルダーやマッチョの人がやるようなポーズをいくつかする。

「強そうなプロレスラーになるのもいいニャンねぇ」

 虎吉は力こぶを作るつもりかひじを曲げ腕に力をこめてる。虎吉の二の腕には力こぶはちっとも出ない。

 ぷぷっ。だ、だめだ、虎吉の可愛さとボディビルダーのポーズが微笑ましすぎてまた笑ってしまいそう。

 反則だろう。可愛いから! 虎吉、君は可愛いから無理をしてカッコいい路線にならんでも。

 これが世間でいう『萌え』ってことか……ぷぷっ。

 僕は笑わないように自分の口を抑える。

 必死で僕が笑いをこらえていると豆助が後ろから話しかけてきてくれたからどうにか平静を保ち笑わないですんだ。

「雪春はなんで虎吉のご機嫌とりをしてるんだ?」

 ぼふっと白煙が上がり豆助も人の子の姿に化ける。

「いや、ちょっと……」

「彩花が学校で友達になった子と遊びに出掛けるようだから俺は警護けいごしてくる」

「友達? もう彩花にも友達が出来たの?」

「雪春も出来たか?」

「うん。僕の席の前の子なんだけどね、仲のいい友達になれそうだ。これから遊ぶ約束してるんだ」

「良かったな、雪春」

「うん」

「そうかニャ? 雪春はシグレとは会ったばかりニャ。そんなにすぐに友達って言えるのかニャン?」

 二本めのソーセージをムシャムシャと食べながら片眉を上げて虎吉は怪訝けげんそうな顔を僕に向けた。

「虎吉は案外警戒心が強いんだね」

「猫だからニャ。オイラは繊細なハートの持ち主ニャ。気を許すまでは時間がかかるニャンよね。それまでは相手を観察するニャ」

「雪春たちにはすぐ心を許したくせに」

 虎吉がちょっぴり口角を上げていたずらっ子みたいに笑った。

「ニャニャッ!? それはだニャ、雪春たちがオイラを見ることが出来なかった時にしっかり見てたから良いのニャン。どんな兄妹かはよく分かったニャ。それに甚五郎の孫たちだから、信用出来るニャ」

「そっか、前からそばにいてくれたんだね、ありがとう。あれ? そういや友達になったのがシグレって子だって虎吉に言ったっけ?」

 虎吉とポン太が学校の校庭やベランダから僕と美空を見守ってくれてるのは知ってた。

 でも他の生徒がいるから、会話をするすきは無かったはず。

「満願寺の和尚の孫ならオイラたちはよく知ってるからニャ。ただオイラはあいつらは苦手ニャン」

「なんで?」

「満願寺に行けば分かる。偶然にも彩花の友達も和尚の孫だ」

「えっ。彩花の友達も? シグレって兄弟がいたんだ?」

「いるニャ」

「そういや、美空みそらは? ポン太の姿も見当たらないけど」

 キョロキョロと見渡すといつも置いてある場所に美空の自転車が無いし、二人の姿を下校してから見ていないな。

「美空とポン太は、さっき甚五郎に頼まれてお使いに出掛けたニャ。雪春も満願寺に行くなら行ってこいニャン。彩花と豆助連れてけニャ」

 虎吉がその場から逃げ出そうとするのを、豆助が虎吉の着物の襟首をぐっと掴み、捕まえた。

「こら、虎吉。逃げるな。妖怪猫又の虎吉は雪春たちの立派なヒーローになるんだろう? 責任をもって九尾達から守らなくっちゃな、ハハハ」

 犬神の豆助は虎吉に顔を近づける。虎吉は笑顔でいながら目は笑っておらず、するどく虎吉をにらんでひるませた。

「ニャハハハ。逃げるわけないニャン。ただ虎吉様は忙しいニャ」

 虎吉の額から汗がひと筋たらりと流れた。そんなに満願寺に行くのがイヤなのかな?

「いいから行くぞ。雪春、彩花を呼んできて。満願寺へ出掛けよう」

「分かった。呼んでくる」

「豆助! 離せニャ。オイラは行かなくても良いんだもんニャ〜!」

 ジタバタ暴れる虎吉を豆助は「覚悟しろ」とか「大人しくしろ」とか言って羽交い締めにした。


 ◇◆◇


 僕は彩花あやかの小さな手を握る。彩花はにこにことした笑顔で僕を見てくる。

「兄にぃ、楽しみだね」

 僕を見上げてる彩花の嬉しそうな顔をみると、僕の心にあたたかな風が流れる。

「そうだね。でも彩花のお友達とお兄ちゃんの友達が兄弟だなんて、面白いよな」

 僕等の後ろには、子供の姿の豆助がキックボードを漕ぎながらついてくる。キックボードの小さな前カゴに猫の姿の虎吉を載せて。

「兄弟同士、妖怪が見える同士だから、気が合うんだろう」 

「そんなの、ただの偶然ニャ」

 渋々ついてきた虎吉はご機嫌がナナメだ。

 ――気が合う、か。

 僕はちゃんとお別れの挨拶をしなかった前の学校の友人達の顔を思い浮かべた。

 夏休みに入ったら友達に、電話するか手紙を書こう。

 僕は急に寂しくなってきた。

 何も言わずに引っ越してしまったこと、もしかしたら怒っているかも知れない。

 友達の怒った顔、そっぽを向いた顔を想像した。

「どうした? 雪春。顔色が悪いようだが」

 僕の横に並んだ豆助が心配してくれてる。僕は暗い顔になってしまっていたみたい。

「なんでもないよ。ちょっと考え事をしてただけ」

 そうか? と豆助はに落ちない表情でいたら、彩花が助け舟を出した。

「兄にぃ、思春期で受験生だもんね。悩みごとは彩花が相談にのる〜」

「彩花が相談にのってくれるの?」

「うん!」

 ふふっ。僕は嬉しかった。

 気持ち良さげに、2匹の黄色いちょうちょが僕等の周りに飛んでいる。穏やかな晴れた空を仰ぎ見ると、飛行機雲が空に浮かんでいた。


 豆助の案内で満願寺に到着した。おじいちゃんのお店からは、彩花に合わせてゆっくり歩いて来たけど15分ぐらいかな。

 歴史は古そうで、趣のある立派なお寺だと肌で感じる。

「大きい門だねぇ、兄にぃ」

「ほんと」

 阿吽あうん仁王像におうぞうが左右にいる門をくぐリ抜けると、砂利を敷き詰めた広い庭と石畳の通路が現れる。

 幹が横に成長している大きな松の木や、手入れされた木々が見事だ。サツキやハナミズキが咲いている。

「すごいな〜」

「でっかいお寺だね」

 僕と彩花がぼーっと庭を見ていた。

 豆助と虎吉は辺りに目を配ってる。

 そこに。

 ――ドゥル、ドゥル、ドゥル、ドドドドドド……と爆音がした!

「なんだっ?」

「兄にぃ、あれ!」

 大きなごついバイク、たしかハーレーダビッドソンとかいうバイクが現れ、袈裟をつけた体格の良いお坊さんが乗ってる。颯爽と庭に入って来た!

 わぁっ、すごい迫力だ。

 ドドドドド……

 僕達の前まで来て、図体のでかいお坊さんはヘルメットを外して陽気にバイクの音に負けない声で笑った。

「わっはっは」

 守ろうとしてくれてるのか、豆助と虎吉は僕と彩花の前に出て両手を横に広げている。

 ブルンブルンブルンとエンジン音がけたたましかったが、お坊さんがエンジンを止める。

「満願寺によく来たな。甚五郎の孫に妖怪ども!」

 ツルツルの頭が光って、満願寺の和尚だろう元気なおじいさんの笑い声がガハハと庭に響いていた。



         つづく




 

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