第17話 満願寺の和尚の孫シグレ君

 僕と美空みそらが行く新しい中学校はおじいちゃんの家から歩いて15分ぐらいだ。

 ――すっごい緊張する!

 中学校は小さな山の上の方で坂の途中に彩花が行く小学校がある。

「じゃあ彩花、頑張ってな。あっ、そうだ。くれぐれも学校では妖怪のことは内緒だぞ?」

 僕は彩花に小学校の門前でかがんで彩花の耳元に小声で言う。

「分かってるよ、兄にぃ。あのね、姉たんもサクラちゃんも何回も彩花に同じこと言うんだよ。覚えちゃった」

 彩花も僕の真似して小声になって耳元で話してくる。くすぐったくて僕は笑ってしまった。

「そっか、彩花なら大丈夫だもんな。お兄ちゃん、彩花はしっかりしてるから安心だ。応援してるから自己紹介頑張るんだぞ」

「お姉ちゃんも彩花を応援してるからね」

 美空みそら彩花あやかを桃色のランドセルごと抱きしめる。

 僕と美空が中学校に向かい歩き出すと 「兄にぃと姉たんも頑張れ〜!」って背中の方から彩花の元気な声がした。

 振り返ると両手をメガホンの代わりみたいに口の横に添え「彩花、頑張るから〜!」と彩花は叫んだ。その後、小さな右手を一所懸命になって振る彩花が見えて僕と美空は手を振り返した。


「彩花、大丈夫かな?」

「彩花は明るくてしっかりしてる。大丈夫だよ、きっと」

「そうだね、お兄ちゃん」

「僕達も頑張ろうな」

「うん」

 中学校までの通学路は坂道でなかなかきつい。

「なんか重いな」

 背中に背負った学生鞄がやけに思い。鞄にはジャージや水筒やノート、筆記用具は入っていたが教科書類はまだもらっていないから入ってない。こんなに重いはずはない、おかしい。

「うふふっ。虎吉だわ」

「ふっふっふ。バレたかニャン」

「なんだって?」

 僕は首を伸ばして上体をそらしてなんとか背中の方を見る。僕の学生鞄にいつの間にか猫又の虎吉がくっついていた。

 幸い他に通学路を歩く生徒はいないので普通の大きさの声で虎吉に向けて話すことが出来る。

 くるりんっと僕の背中から降りた虎吉は「ニャハハ」と笑った。

 でもすぐ真剣な顔になった。

甚五郎じんごろうくらさんに頼まれたニャ。この虎吉様が二人の護衛ごえいだニャ。彩花には豆助が付いてるニャン。あとからポン太も来るって言ってたから安心するニャンよ」

「ありがとう」

「みんな心配してくれてるのね」

「当たり前ニャ。それに学校見るの楽しいからオイラのことは気にするなニャン」

 虎吉は猫の姿のまま二本足で立って変身ポーズを取るとぼふっと煙が上がって人の子供の姿に化けた。

 僕等の足元で虎吉は眉根まゆねを寄せ真剣な顔つきになりピストルを構える仕草をする。

「こちらは虎吉、任務遂行中ニャ。怪しい奴は今のところいないニャン」

「ププッ。何それ? もしかしてスパイ?」

 僕が笑ってしまうと美空が「お兄ちゃん、笑っちゃダメだよ」と僕の腕を掴んで揺すった。

「笑ったニャ? 笑ったニャンね、雪春」

 見上げてきた虎吉の顔は真っ赤になって怒ってふくれっ面だった。

「ごめんごめん、虎吉」

「雪春なんて、大っキライだニャ〜ン」

 虎吉はダッシュで中学校の方へと駆け出して行ってしまう。

「と、虎吉ー!」

「お兄ちゃん、虎吉は傷ついちゃったよ」

「だって可愛かったんだ」

 ほんとだよ。虎吉のスパイが可愛らしかったからだよ。

 ごめん、虎吉。

「あとで謝ろうね。お兄ちゃん」

「はい。分かりました」

 妖怪猫でも繊細なんだな。

 虎吉のナイーブな一面にいっそう親近感が湧くのを感じた。妖怪だって人間と変わりないじゃないか。感じる心は同じなんだ。

 後で虎吉にはお詫びにおやつをあげよう。


 僕らは学校を目指して歩く。


  ✿❀


「この春からこちらに引っ越してきました。相楽さがら 雪春ゆきはるです。よろしくお願いします」

 僕は緊張しながらも自己紹介を終えホッとした。

 新しい学年なので他のクラスメイト達も自己紹介をしたからそんなに目立つことも無かった。

 でもほんの少しの好奇心の目を感じながら教室の窓際まどぎわ一番後ろの自分の席に戻り座る。

 席順で廊下側から始まった自己紹介は僕が最後の順番だった。

 手の平にはじんわりと汗をかいていた。あまり注目を浴びるのは好きじゃないから。

 僕は視線に気づかないフリをして配られた新しい教科書にマジックで名前を書いていく。

 やがて休み時間になった。ざわざわと教室は騒がしくなる。誰もが新学期で落ち着かない気持ちなのを雰囲気で感じる。

 そんなに仲の良い者同士で固まるグループは出来ていない。親しげなのは前々から知り合いで友達とか同じ組になったことがあるとかそういう間柄なんだろう。

「な〜、雪春って甚五郎さんとこの孫なんだろ?」

 僕の前の席のツンツン頭の男子がいきなり呼び捨てで親しげに言ってきた。初対面で呼び捨てで呼ばれたなんて事は引っ越して来て出会った妖怪以外、人間ではほとんど初めてのことなので正直面くらった。

「は、はぁ。そうです」

「なんで敬語? あぁ、わりい。オレ、よく人に対して距離感が近いって言われんの。気にしないで。それに……」

「それに?」

 ツンツン頭男子は声を潜めてニンマリと笑って「ほら校庭の、あそこにいるじゃんか。オレにも視えてる」

 他の生徒に見られないように気を遣っているのか白い下敷きで顔と右手を隠しながら人差し指で窓の外を指した。

 その指さす方向、校庭の片隅に堂々と生えた銀杏いちょうの大樹の枝。……の上に二本尻尾の猫が丸まっていた。

 ――と、虎吉だ〜! まずい。見られちゃったぞ。

 僕は口をパクパクさせて声にならない声をあげるとツンツン頭男子がヒソヒソ声で話を続ける。

「猫又だろ? オレ昔から妖怪が見えんの。やっぱり君にも視えてると思ったぜ、雪春ぅ♪」

 僕より背の高いツンツン頭男子は椅子から立ち上がり嬉しそうに僕にぎゅっと抱きついてきた。

「ちょっ、ちょっと」

 僕はツンツン頭男子の体を押し戻して周りを見渡す。

 休み時間でも教室にいたクラスメイト達が何事かとこちらを見ている。

「仲間じゃ〜ん。オレ、栗山くりやま 時雨しぐれ。おぉっとさっき自己紹介したな。言い忘れてたが満願寺の和尚の孫だ。シグレって呼んでくれ。よろしくな、雪春」

 この子、満願寺の和尚の孫ってことはおじいちゃんとも知り合いってことか?

 何よりシグレくんには妖怪が視える。僕等と同じあやかしが見える力を持っているということ。

「なぁなぁ、今日オレん家の寺に遊びに来いよ、面白いもの見せてやるから。あと今度甚五郎さんとこ、じいちゃんと飯食いに行くわ。甚五郎さんのおにぎりはやたらめった美味いしサクラちゃんは美人だし」

 んっ、サクラちゃん?

 僕はシグレ君に圧倒されながらも彼の人懐っこさが居心地が良い感じがしてる。

 だってシグレ君のおかげだ。さっきまであった学校の不安や緊張が解けている。

「オレたち、今日から友達な」

「あ、うん。ありがとう。シグレ君よろしく」

 僕が右手を差し出すとシグレ君も右手を差し出し握る。握手を交わして今日から僕らは友達になった。

「シグレでいいよ! くんなんかつけんなよ」

 シグレ君、シグレの明るくて気さくでちょっと強引なところに僕は自然と心が解れて笑顔になっていた。

 転校初日で友達が出来るなんて思ってもみなかった。

 僕がそっと木の上の虎吉にピースをしたら視線が合って気づいた虎吉は慌てたようにそっぽを向いた。

 ぐっ――ちょっと傷つくな、その反応。まだ気にしてるんだね。

 虎吉の好きな魚肉ソーセージを買うしかないか〜。

 虎吉がつれない態度をとったのを見てシグレはおかしそうに笑った。

「なんだ、あいつと喧嘩してんの? オレん家には妹達とか妖怪あいつらも連れて来て良いぞ」

「良いの?」

「あぁ、もちろん。子供好きだからじいちゃんも喜ぶよ。……妖怪もな?」

 最後は周りに聞こえないように小声だったが悪戯っ子の顔をして笑った。

 シグレがニカッと歯を見せて笑うと僕はつられて笑っていた。

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