第16話 蔵之進さんの舞

 もぞもぞと僕は寝返りを何度も打つ。僕はいつまでも布団の中でなかなか寝つけずにいた。

 布団に横になりしばらくは兄妹で話をしていたけれど美空みそら彩花あやかも寝てしまった。規則正きそくただしい呼吸音こきゅうおんこえる。

 二人の寝息は穏やかだ。

 どうしても眠れない僕は妹達を起こさないように静かに起き上がった。

 窓に寄り外を眺めると満月が明るく地上を照らしている。

 星も今まで住んでいた関東の家より夜空いっぱいに見えている。前の家の窓からは数えるほどしか見られなかった。

 満月の光があってもここではこんなに見えるんだ。空に広がる満天の星、こんな星空は物語の世界だけかと思ってた。

 綺麗きれいだ。

 耳を澄ますと虫の鳴き声やゲコゲ〜コと蛙の鳴き声もしている。

 ――んっ?

 僕は満月のそばに浮かぶ人影を見た。虫や蛙の鳴き声に混じり美しい笛の音色がこえた。

 あれは誰だろう? と目をらすと蔵之進さんだった。

 窓を開けて僕が蔵之進さんに手を振り、美空と彩花を起こさないように小声で「蔵之進さ〜ん」と呼び掛ける。

 蔵之進さんは僕の傍まで降りて来て、横笛を着物の胸元にしまうとにっこり微笑んだ。

「雪春、眠れないのか? 先ほど虎吉には花を持たせたがまだ戻ってないようだな」

「えっ? 虎吉、大丈夫かな? 心配だな」

 何かあったのかも知れない。

「なぁに心配ない。あの者は猫だ。気まぐれであるからおおかた他の妖怪と遊んでいるのだろう」

 蔵之進さんは僕の頭をでる。僕は兄妹の一番上で明日から中学三年生だからこうして人に頭をでてもらうなんていつぶりだろう?

 大きくてゴツゴツした手、父さんを思い出す。

 父さん――

「勝太郎は無事だ。雪春」

 僕の心を察したように蔵之進さんが父さんの話をしてくれる。

「会って来てくれたの? 父さんが妖怪九尾ようかいきゅうびとどこにいるか蔵之進さんはもしかして知っているの?」

「迂闊に近づけないが桜の花びらにちょっと細工してな探りを入れてみた。ポン太が言ってたんだろう? 当たりだった。勝太郎は九尾ハクセンと城にいる。地下牢ちかろうではなくどうやら最上階でとらわれている様だ」

 父さんっ!

「蔵之進さん助けて。父さんを助けて」

 僕は蔵之進さんの腕に縋りつく。必死でお願いした。

「今は無理だ。拙者せっしゃ甚五郎じんごろうに頼まれて九尾城きゅうびじょうの様子を探りに行ったのだ。九尾ハクセンに対抗出来る力、拙者一人せっしゃひとりでは勝太郎をすぐに助けることは出来無い」

 蔵之進さんは目をせ申し訳なさそうな表情をする。

「どうして!」

妖怪九尾ようかいきゅうびハクセンは妖狐ようこ総大将そうだいしょうだ。妖力の強い手下が数百はいると言われている。一人でかなう相手ではない」

「そんな……」

 僕は絶望的ぜつぼうてきな気持ちになってくやしくてじわりと喉の奥が痛くなる。嗚咽おえつらしそうになって口元を右手で抑える。

「だが必ずや助け出してみせる。だから泣くでない」

 蔵之進さんは僕の頭をまたで優しい目で僕の顔を覗きこみさとすようにゆっくりと言葉を続けた。

「時は必ず満ちる。勝太郎を助ける機会はやって来る。それまでは絶対ぜったいに一人で動くなよ、雪春」

「うん……」

「九尾ハクセンがお主や美空や彩花を狙う可能性は高い。拙者せっしゃ達も目をくばるゆえ、雪春も妹二人をしっかり守るんだぞ」

「うん。美空や彩花には手出しさせない」

 僕が二人を守らなくちゃ。

「いいや戦っては駄目だ。もし九尾ハクセンが来たら戦わずに助けを呼ぶんだ。分かったな?」

「戦わずに……」

「妖怪九尾は強い。妖怪世界でもその力は群を抜いていると言われる。――さあ、もう夜が深い。夜更けまで起きていたら学校生活に差し支えるだろう」

「うん、もう寝るよ」

ちまたの桜は散ってしまったが花を咲かせてやろう。拙者せっしゃ夜桜よざくらまいを見せて進ぜよう」

 そういうや蔵之進さんはおうぎを着物のたもとから二つ出して踊り始める。

 とても優雅ゆうがあでやかで、蔵之進さんがうごとに桜の花びらがはらりはらりと散る。

 満月の光が蔵之進さんを照らしチラチラと裏表に翻る桜の花びらを照らす。

 ふんわりふわりと揺れる花びらと蔵之進さんの指先の扇子……。

 花の香りの……いい匂いがする。

 あ……れ……?

 僕はだんだんと眠くなって瞼が重たくなる。


 ふらふらと自分の布団にたどり着き目を閉じるとすぐに眠りに就いていた。

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