第20話 おやつのドーナツ

 そのうち七人の座敷わらし達は遊びにきたみたい。

 お寺の広い畳の上でゴロゴロ転がり始める座敷わらしも出て来た。

「お腹減った!」

「疲れた。おやつを食べようっと」

「あー、楽しかった」

「帰ろ、帰ろ」とか言い出した。

 七人の座敷わらし達は横に整列して笑って手を振った。

「じゃあ、またね」

「あやか、ゆきはる、またね」

「バイバイ」

 そしたら座敷わらし達はぽんっぽんっぽんっと次から次へと姿が消えていった。

「座敷わらしさん達、帰っちゃった」

 彩花はさびしそうにしてるけど僕はもうクタクタだった。ちっちゃい子が七人もいてプラス彩花と虎吉。パワフルに遊ぶ子供たちの相手にぐったりだ。

 ふー。

 虎吉も「やっとあいつら帰ったニャンね。疲れたニャ。あっちで寝てるから起こすニャよ?」とお堂の隅で疲れ切った様子で丸くなる。


 急にシーンとした。

 座敷わらし達がいなくなると、みんなで遊んで散らかった物、紙ふうせんや積み木に囲碁いご将棋しょうぎにオセロ、人生ゲームなんかがすべて綺麗に片付いていた。

 遊ぶ前の状態に元通りになっているのがすごく不思議。

「雪春、彩花ちゃん。遅くなってごめん。母さんとドーナツをげてた。おっ、座敷わらし達は寝床ねどこに帰ったか?」

 甘くて香ばしい匂いをさせ、シグレが大きなお皿を2つ右手左手それぞれにせて現れた。

「座敷わらしの寝床は寺の屋根裏部屋なんだぜ」

「へぇ、ここの座敷わらしって屋根裏部屋に住んでるんだね」

「そうなんですよ。上に住んでる座敷わらし達、恥ずかしがって部屋の中には入れてくれないんですけどね」

 シグレの後ろから声がした。

 あれ? お堂に入って来たシグレの後から彩花と同じぐらいの男の子がおぼんにお茶をせ持ってついてくる。

「いらっしゃい、彩花ちゃん。お兄さん、初めまして。――ボクは栗山くりやま 時雨しぐれ陽詩ひなたです。ヒナタって呼んで下さいね」

 ポカーン。僕は放心した。

 弟? 弟君おとうとくんか。

 てっきり彩花の友達っていうから妹さんかと思っていたよ。

「あっ、彩花の兄の雪春です」

 ヒナタ君につられてかしこまってしまう。

 ずいぶんこの子、しっかりしてんな〜。彩花と同じ小学2年生だろ?

 シグレに顔は似てはいるけどヒナタ君の見かけはほわわっとした雰囲気で髪の毛はふわふわでカールしている。

 シグレはロックスターみたいなツンツン頭で気さくな感じだけど、ヒナタ君は王子様な感じがする。

「はい、お茶〜」

 シグレが壁に立て掛けてあった折りたたみ式の小さなテーブルを広げて持って来たお茶を配ってくれる。

「彩花ちゃん、お兄さん。どうぞ」

 ヒナタ君は取り皿に大皿からそれぞれ二種類のドーナツを入れてくれた。

 粉砂糖のかかったドーナツとホワイトチョコレートとスプレーチョコをかけたドーナツ、とってもいい匂いで美味しそう。

 母さんが生きていた頃はうちでもよくおやつに皆でドーナツやホットケーキを作って食べたっけ。

 ホットケーキに母さんがチョコペンで名前を書いてくれたのが嬉しくて僕等は食べずにしばらく眺めていたなぁ。

「いただきます」

「いただきます」

 うーん、美味しい。揚げたてのドーナツはまだ温かくてチョコもトロッとしている。

「このドーナツすごく美味しいよ、シグレ」

「美味い? 良かった。オレ、母さんの作るドーナツはピカイチだと思ってるけど家族以外に食べてもらう時は感想が気になるんだよな」

「美味しいよ、とても。なつかしい味がする」

「おいし〜い」

「彩花ちゃん。口にチョコがついてるよ」

 ヒナタ君が彩花の口のはじに派手についたチョコレートをティッシュで優しく拭いてくれた。

「ありがと〜、ヒナタ君」

「いいえ、どういたしまして」

 チクン……。

 んんっ? なんだろう、この胸になにか刺さった感じ。

 その様子を見てた僕は胸にちくっと痛みが走った。これってもしかして嫉妬しっと

 これが大事な妹や娘を彼氏に取られそうになって兄やパパの心の中で起こると言われる『身内の焼きもち』ってやつかっ!

 自分の気持ちにちょっとショックを受ける。

 えー、もっと自分は堂々とそんな場面もクールに過ごせる『お兄ちゃん』であると思っていました。

 こ、こんなチクチクとした感情が僕に湧くだなんて。心の奥を針で刺されてるみたいだ。

「どした? 雪春。顔が固まってるぞ」

「いや、なんでもないよ。そういや今さらだけど座敷わらしとお寺で遊んじゃって大騒ぎして良かったの?」

「そんなん平気だよ。ずっと座敷わらし達と栗山家の子供は代々遊んで来たし。うちの寺がつぶれずにいるのは座敷わらしのおかげだから」

「それに座敷わらし達はちゃんと散らかした後を片付けていきますからね。子供の無邪気むじゃきな遊び、御仏様みほとけさまもきっと寛大かんだいな心で許してくれますよ」

 このヒナタ君って子はホントに小学二年生か?

 ヒナタ君の大人びた口調と落ち着いた仕草に僕はおどろきが隠せない。

「雪春、変な顔になってるぞ」

「ははは……」

 シグレに肩を軽く叩かれて僕は我にかえった。動揺を誤魔化ごまかすように気の抜けた笑いでその場を取りつくろう。

「そういや、サクラさんはうちに一緒に来なかったんだな」

 シグレは三つ目のドーナツに手を伸ばしながら話し出す。

「サクラさん? ああ、吹奏楽部の練習で遅くなるみたい」

「始業式早々部活じゃあ、高校生って忙しいんだ」

「そうだね。あのさ、気になってたんだけど」

「なに?」

「シグレってサクラさんの事、好きなの?」

 僕がそう問いかけるとシグレは真っ赤な顔になった。でも、はっきりと――

「好きだ。たいして会話はしたことなんてないけど、オレはサクラさんが好きだ」

 シグレの真っ直ぐな瞳、迷いのない言葉。

 こんなに熱く気持ちを隠しもせずに告げるシグレの目は真剣だった。

「もし、雪春がサクラさんを好きでも、オレはあきらめないから」

「えっ? 僕がサクラさんを? 今のところそれはないかな」

「えー、なんだ彩花、サクラちゃんなら二人目のお姉ちゃんでも良いって思ってたのになぁ」

 僕のその返答に反応したのは彩花だった。残念そうな声をしてる。

「な、なに言ってんの、彩花はまったく……」

 しどろもどろになる僕に違う攻撃が入ってくる。

「ボクが彩花ちゃんと結婚したら、もれなくお兄ちゃんが増えるよ?」

「やった。お兄ちゃんが増えるのも良いな。じゃあ彩花、ヒナタ君と結婚しようかな〜」

 おいおい、彩花、なに言ってるんだよ。勘弁してくれ。

「『じゃあ』ってそんなに簡単に結婚とか決めちゃいけません」

 にこにこ顔のヒナタ君と見つめ合い、にこにこを返している彩花に注意する。

「雪春って妹一番なんだな。それじゃあ恋愛なんてまだまだか」

 シグレがくすくす笑うのがしゃくに触ったけど、僕にとって妹や家族が一番なのは確かにその通りなんだ。

 初恋――だって、まだだった。

 苦しくて胸が焦げちゃうぐらいの気持ちなんでしょう?

 ちょっと気になる女の子はいたことはあるけど。そんな苦しくて会いたくて、ずっと一緒にいたいなんて思う相手はいない。

 それに万が一思いが通じ合ったら、その後どうすんだろ?

 まだ興味もないし、今は父さんのことや妖怪九尾ハクセンのことで手いっぱい頭がいっぱいだ。

 しかも僕は受験生、恋にうつつなんて抜かしてらんない。

「あっ、来てたんだ。お兄ちゃん」

 その時、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「美空――!」

 僕はびっくりした。

 寝ているらしい妖怪たぬきのポン太を抱きかかえた美空が、お堂に入って来た。

 美空が満願寺にいたことも驚きだったが、もっと驚きなのが横にすらっとした長身で、アイドルみたいに格好いい男子が立っていたことだ!

 むむっ。誰だよ、そいつ。

「美空は、おじいちゃんのお使いに行ったって……」

「満願寺に竹の子御飯のおにぎりを届けに来たんだ。そしたら同じクラスのフミヤ君がいたの」

「初めまして。俺、栗山くりやま 風弥也ふみやです。美空ちゃんと同じ中学二年生です。よろしく」

 さわやか〜。って、シグレの弟は何人いるんだよ!

「悪い、悪い。雪春と彩花ちゃんに言い忘れてたわ」

 しれっとした顔でケラケラ笑うシグレに悪気は無さそうで。

「本当に悪いよ、お兄ちゃん。ちゃんと紹介しといてもらわないと。ねっ? 美空ちゃん」

 そう言って話すフミヤ君の距離が、なんか美空と近いぞ。離れろっ。寄り添い仲良さげに見える。

 だいたい、今日会ったばかりだろうが。僕はムカムカとしてきていた。

「雪春、オレんとこ、もう一人兄貴がいるから。うち、男ばっかりの四兄弟なんだ、兄弟ともどもよろしくな」

「――よ、よろしく」

 僕は一日で色んなことがありすぎて、目が回りそうだった。

 いっぺんに友達が出来た。

 僕にも、美空と彩花にも。

 その友達はかなり奇遇きぐうだったが、お互いに兄弟で。

 みんな、妖怪が見える。

 僕等兄妹には、とても心強い仲間が出来た。



        つづく





 

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