第13話 豆助の計画実行

 僕は何が起こるのだろうかと気持ちが焦りながら急いで御飯を食べ終えた。


「ご馳走様でした。兄ちゃんはおじいちゃんの手伝いをして来るからね」


 美空や彩花が不安に思わないようにひとこと言って安心させて僕は立ち上がった。


 渡り廊下を通りおじいちゃんのお店おにぎり定食屋甚五郎の厨房ちゅうぼうに行く。おじいちゃんは明日の仕込みをしていた。


「なんか手伝おうか?」

「雪春か。そういや、さっきから雨が降り出したんだな。今日はお客の引けが早いからそろそろ店じまいをしようかと思っとんだ。雪春は暖簾を下げてくれるか?」


 店内にはお客さんは居なかった。

 お店は朝から営業しているので夜は早く閉店する。

 おじいちゃんは大根の皮むきをしていた。鮮やかな手さばきに僕は一瞬おじいちゃんの手の動きに見とれていた。


「うん、分かった。暖簾を片付けるよ。ねぇ、おじいちゃん」

「んっ?」

「実はさっき……」


 僕がおじいちゃんにはなれのキッチンに来ていた火の鳥と豆助の手紙の話をしようかと迷っていた時だった。

 ガラガラッと店の引き戸が開いて、「もうっ! 急に降るんだからっ」と大声で言いながら女の人が店に入って来た。

 ハンカチで頭や肩をいている。それほど雨にれているわけではなさそうだ。

 それにしても、きつい香水のにおいをさせ派手はでな印象のその人はインパクト大だ。僕は一度しか会っていないのにだれだか分かってしまう。

 そう、ナギ君とヤマト君のお母さんだ。

 朝からずっとこんな時間まで赤の他人の家に子供をき去りにしてこの人はどこに行っていたんだろう?


「おじいちゃん、お腹減ったわ。定食ちょうだい」


 どかっと我が物顔で座って、図々しいなと思った。


「おばさん、ナギ君とヤマト君に会わないんですか?」

 僕はたまらず聞いてしまった。何時間も離れていたら、子供達に会いたくなるもんじゃないのだろうか?

 僕だったらきっとそう思う。だって朝学校に行って、夕方に家に帰って家族の顔を見ると、とっても嬉しいんだって気持ちを知っている。

「なに? あんた、私にイチャモンつける気? どうせ連れて帰るんだから」

 ナギ君とヤマト君の母親はジロリッと僕ににらんできて、僕は一瞬たじろんだが、負けそうになるのをぐっとこらえ、足に力を入れ踏ん張った。

「うちは託児所じゃないんです。あと、きちんと定食の代金は払って下さい」

「払ってるわよっ」

「本当ですか?」

「雪春、もうめなさい」

 僕とおばさんが言い合いになっていると、おじいちゃんはお盆におにぎり定食を持って来て、仲裁ちゅうさいに入る。

 テーブルに置かれたおにぎり定食からは、豆味噌の味噌汁のほわっと良い香りや煮物の香り、おにぎりの海苔の香りがしている。

 僕は美味しい香りにあらだった気持ちがおさまって押しだまった。


 ――その時!


 ドォォォォンッッ!!

 ゴロゴロゴロ……ピシャーッ!

 お店の外で、お店の窓ガラスが震えるほどの地響きと雷の音が同時にした!

「ひゃあ、すごい音だ」

 雷が近くに落ちたのだろうか。

 すると――

 ガラガラッとお店の引き戸が開いて、でっかい顔が見えたっ……! 恐ろしい女の人の大きな顔が扉をのぞいたかと思うと、店の扉を器用に外して無理矢理体をのめりませ、店内に入って来る。

「お前かぁいっ!? 可愛い子供を放ったらかしにしている母親ってぇのはぁ〜?」

 まゆと目のり上がったおそろしい顔をした大きなおばあさんだ!

 おばあさんは巨大な手を広げながら、ぐわっと口を開けさけぶように話した。

 体が大きいから、頭は天井までついてしまっている。

 おばあさんがしゃべるたびに、牙がギラッギラッと光る。

「うわっ!」

「キャー!」

「雪春っ!」

 おじいちゃんは僕の前に出て背中にかくまり、僕を守ろうとしてくれる。

「あっ、あっ」

 ナギ君とヤマト君の母親は椅子から転げ落ちていた。この人にも見えるんだ。

「ギャー! そんな悪い母親はワシが食っちまおうか?」

 恐竜の叫び声かと思うほどの雄叫おたけびに、怒り狂った形相、耳まで裂けているかのような大きな口と逆立った白や茶色混じりのボサボサの髪の毛……!

山姥やまんば! うちに何しに来た?」

 おじいちゃんは見たこともないようなするどい目をしている。いつものおじいちゃんとは違う。殺気さっきだっている。

「やまんば……」

「ひぃっ……」

 ナギ君とヤマト君のお母さんは腰が抜けちゃったみたいだ。テーブルのあしつかみながらガタガタとふるえている。

「フフフ。けしからん親はワシがこらしめてやるよぉ」

「やめんかっ!」

「大丈夫だ、甚五郎! このお方は山姥やまんばでも鬼婆おにばばでもない」

 妖怪犬神の豆助の声がして、僕は目をこらしてみると、いつの間にか、人の姿のままの豆助、虎吉と蔵之進さんが山姥やまんばの横に立っている。

「豆助の計画って……」

「そうだ、雪春。これが俺の計画だ。元は鬼嫁様おによめさまのこのお方におきゅうをすえてもらおうっていうな」

「なっ、なんで私だけっ!? 世の中にはひどい親なんてたくさんいるでしょ? 私にだけお仕置しおきなんてひどい、ひどいよ〜、うわーん」

 ナギ君とヤマト君の母親は子供のように泣きじゃくっていた。

 すると――

「哀しい顔をしてる。あんたも親にあいされてこなかったんだねぇ。辛かったねぇ。このババがあんたをきしめてやろう」

 シュゥゥゥゥゥゥン……。

 巨体の山姥やまんばみたいなおばあさんは普通サイズに縮んでいく。おじいちゃんもおばさんもびっくりして目がまん丸くなってる。

 さっきまでの恐ろしい山姥やまんばみたいな姿は優しそうな人間のおばあさんと変わらなくて。

 おばあさんは、にっこり笑うとおばさんを抱きしめた。

 ナギ君とヤマト君の母親は、おばあさんの腕の中でうわんうわんと泣いている。おばあさんの体があわ黄金色こがねいろに光って見えた。

「まさか豆助、お前……」

 おじいちゃんがびっくりしたままの顔で豆助に聞くと、豆助はえっへんとふんぞり返った。

「どうだっ! 竹花寺に鬼子母神きしもじん様が遊びに来てたのを聞いたんだ。で、連れて来た」

 ナギ君とヤマト君の母親の顔が心なしか優しく明るくなっていく気がした。

 僕は小さい頃読んだ昔話の本を思い出していた。

鬼子母神きしもじん……。人の子をさらう鬼の嫁が、自分の子をかくされて改心かいしんして神様になったっていう……」

「さぁさ、しばらくワシはあんたといてやるから、子供達を連れて家に帰ろう?」

「うん……」

 おばあさん……鬼子母神きしもじんはおばさんに優しく諭すように言った。

「あんたが子供の時に、本当は両親にしてもらいたかった事をあの子達にしておやり」

 鬼子母神きしもじん様が店の扉の方を向いた時に、僕は見てしまった。


 ――うふふっ。鬼子母神きしもじん様、お尻にタヌキの尻尾が生えていますよ……。



         つづく



 

 

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