第8話 狸妖怪
おじいちゃんの店のお座敷で幼い兄弟がスースーと寝息を立てて眠っている。
名前を聞いたら兄はナギ君で弟はヤマト君といった。
僕は美空と彩花にこの子たちは任せておじいちゃんの手伝いをする事にした。美空も彩花もナギ君とヤマト君の面倒をみたいと張り切っている。
厨房に入るとおじいちゃんと僕は夕方の分の仕込みに取り掛かる。
定食の味噌汁が残り少ないから新たに豚汁を作ることになった。大根と人参を薄く銀杏切りにしていく。
地元の農家さんから買ったお米を研いで浸水させ炊く準備をする。
僕はナギ君とヤマト君の母親に苛立ちを覚えていた。
あの人がいつも来る時は朝御飯定食の分のお金しか払わず、昼御飯も夜御飯のもおじいちゃんは代金を貰ってない。
ふらりと桜のあやかしの蔵之進さんが戻って来た。
蔵之進さんもこの親子を何度か見たことがありその度に胸を痛めているみたいだった。
「雪春、少し
僕に蔵之進さんはついて来いとばかりに流し目をし、スゥーッと浮かびながら二階の居住スペースに向かう。
階段を上がると部屋が四つと掃除道具が入ってる押し入れが並ぶ。
蔵之進さんの幽体が扉を開けることなく僕の部屋へと壁をすり抜けて入っていく。
驚きなのはうちは先祖代々、蔵之進さんとは付き合いがあるってこと。猫又の虎吉も犬神の豆助もなんだって。
じゃあ、母さんもたぶん
僕は母さんや父さんの事を知っているようで知らなかったんだな。
蔵之進さんは小さな丸いテーブルの前に正座する。僕も同じように蔵之進さんの目の前にテーブルを挟んで正座した。
「雪春、あの子供たちの母親にお灸を据えまいか?」
「えっ?」
「甚五郎は止めろという。だが私はこのままにしておけん。私はあの子たちの家を見てきたのだが部屋はゴミで溢れかえり母親は子供たちの面倒を時々しか見ない。人が到底住むための環境ではない」
僕は蔵之進さんの言っていることは正しいと思った。だけどおじいちゃんはなんで反対したの?
いつか母親はあの子たちを置いて出て行ったりもっと酷い事をし始めるかもしれない。
「それでも母親だ――」
ちょっとしゃがれた声がして僕が振り返るとおじいちゃんがドアを開け仁王立ちしていた。
「おじいちゃん」
「酷くとも母親だ。最低限の世話、最低限の愛情はあるようにじいちゃんには見える。あんな母親でもいなくなったらあの子たちは二人きり。離れ離れになれば悲しい思いをする」
おじいちゃん……。僕はなにもいえなくなっていた。
「甚五郎、お主の言葉も一理あるが拙者はあの幼き兄弟を見捨てるわけにはいかんのだ」
蔵之進さんは怒っていた。体からメラメラゆらゆらとした炎が立ち
「サクラと重ねているのか?」
「そうだ。見守るだけでは何も変わらん」
「サクラ……さん?」
僕はサクラさんにはなにか事情がある気はしていたけれど気軽に訊いてはいけない気がしていたんだ。
部屋には重たい沈黙が流れた。
「暗いなー! 暗いぞ、お前ら!」
急に沈黙を破るかのような底抜けに明るい声がして、押し入れから狸がポンっと勢いよく飛び出してきた。
「久しぶり! 甚五郎〜」
あやかし狸はおじいちゃんの胸に飛び込んだ。
「ポン太かっ!」
僕の目はぱちくり、蔵之進さんは微笑している。
喋る狸なんて『妖怪』に違いない。
あ〜、やっぱりこのお店は変わってる。
つづく
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