第7話 おじいちゃんの愛情

 お昼を過ぎたあたりから雲行きは怪しくなってきて、どんよりと垂れ込めた灰色や黒い雲が辺りの空を覆っていた。

 木々が強風であおられ、ザワザワと騒がしく葉や枝を揺らし鳴らしている。

 今にも勢いの強い雨が降ってきそう。

 春の嵐を予感させている。

 美空と彩花がまだ帰って来ないから心配だ。雨が降る前に帰ってくるといいけれど。あまり遅いようなら、迎えに出てみようかな。


 おじいちゃんのお店にはまだ、母親が無責任に置いていった幼い兄弟がいる。朝ご飯をお行儀よく食べ終えて、兄弟は静かにクレヨンで絵を描いたり、絵本を読んでいた。

 お昼ご飯の時間になっても、あの母親がこの子達を迎えに来る気配は無い。


『おにぎり定食屋甚五郎』は、昼時はそこそこ忙しかった。

 駅から離れた立地条件にも関わらず、おじいちゃんのお店は常連さんに愛されているようで次から次へと客足は途絶えなかった。

 お客さん達は、おじいちゃんと親しげにおしゃべりしてはにっこりと嬉しそうに帰っていく。

 どのお客も、お腹も心も満たされて、喜んでいるようだった。

 お店を訪れた人が、にこにこと笑う顔は満足そうで、見ているとこっちまで嬉しい気分になっていた。


「「ただいま〜」」

 勢いよく店の扉の戸が横に開かれ、美空と彩花がやっと帰って来た。

「あぁ、お帰り。手を洗ったらお昼御飯を食べな」

 そういうとおじいちゃんは目を細め微笑んでから厨房に行き、おにぎりを握り始めた。

「お帰り〜。二人とも遅かったな。どこか寄り道してたの?」

「町内をあちこち散歩して、彩花の通学路を確認してたの」

 美空は、彩花の顔にじわりと浮いた汗をハンカチで拭き拭きしてやる。自分の額も拭いてから「荷物置いてくるね」と、買った通学帽が入っているらしい紙袋を持って美空は二階にトントントンとリズムよく軽やかに上がっていく。

 外は汗をかくぐらい暖かくなってきてるようだ。日差しは雲に隠れたけれど。

「兄にぃ、お散歩楽しかったよ」

「そうか、楽しかったか〜」

 僕が美空の頭を撫でてやると、美空の笑顔が寂しげに一瞬だけ暗く曇った気がした。目が潤んでいる。

 彩花の表情のかげりの原因は間違いなく父さんだ。

 急に大好きな父さんが居なくなったことに違いない。

 美空と散歩をしながら、彩花は父さんのことを思い出していたのだろう。

 父さんが帰って来なくなって寂しくても、彩花は彩花なりに周りを気遣っていたんだ。泣き言を言わなかった。

 美空にしたって不安をあまり出さずに歯をくいしばって我慢している。

 僕は二人の気持ちにぎゅっと胸が痛んだ。

 ――父さんを捜し出したい。

 僕はこれまでも父さんを捜したいと思っていたけれど、この時、強く願っていた。美空と彩花とのためにも必ず父さんを捜し出すんだ。

 それには僕の力だけじゃだめだ。

 僕一人じゃどうすればいいのか分からない、どこをどう探せばいいのかも分からない。

 そうだ、もしかしたら、妖怪猫又の虎吉や妖怪犬神の豆助の二人やあやかしたちの力を助けを借りたら、父さんの行方が分かるかもしれないぞ。

 あの二人が帰って来たらさっそくお願いしてみよう。


 最後のお客さんを送り出し、朝から昼までのおにぎり定食屋の営業時間は終わりだ。おじいちゃんは暖簾のれんを一旦下げて、夕方まで僕らは昼休憩に入る。

「あなた達、誰ですか〜?」

 彩花がミニ座敷の幼い兄弟に声をかけると、兄弟は肩をびくっと震わせた。

 兄弟は話しかけられると思っていなかったのか、兄の方が持っていた絵本を滑らせて絵本は広がって畳に落ちた。

 すると堰をきったように急に弟の方が泣き出していた。

 彩花はその姿に目をぱちくりさせて、予想もしなかった反応に驚いていた様子だったが、すぐに手を伸ばして弟の頭を撫でて慰めだした。

「大丈夫、大丈夫よ。彩花がついているからね」

 僕はミニ座敷に向かって行き、彩花と弟を抱き上げて畳に座った。

 兄弟の不安を感じた。

 漠然としてある危機感が、言葉にしなくとも伝わってくる。

 おじいちゃんも泣き声を聞いて厨房から出てくると、こちらに向かって来て兄弟の兄の方を抱っこしていた。

「この子達はなあ、時折こうしてうちに来ては、夜まで母親が迎えに来るまでじっとうちにいるんだ。いいか? 雪春、この子達を守ってやろう」

「夜まで……。そう、かわいそうに。うん。僕に出来ることはしてあげたい」

 僕がおじいちゃんの目を見ると優しさが溢れていた。そんな甚五郎おじいちゃんが僕には立派に見えて誇らしく感じた。

 ふふふっ。似てる。おじいちゃんはなんだかお地蔵さんみたいだな。

 慈愛に満ちている……、国語で習ったお地蔵さんが出てくる昔話の言葉を思い出していた。

 外では、ぽつぽつと雨が降り始め、風がビュービューと音を立てていた。



         つづく




 

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