第6話 ここは託児所ではありません。

 美空と彩花は新しい通学帽などを買いに学校指定の文房具店に出掛けて行った。


 僕と美空の中学生の制服はとりあえず元の学校のまま。

 おじいちゃんは買ってくれるといったけれど新しい制服を二人分買い揃えるのはかなりの出費。

 中学校に問い合わせたら転校前の学校の制服でも問題ないと言われた。

 そのうち美空だけはおじいちゃんさえ本当に良いなら買ってもらえばいい。僕はあと卒業まで一年だし。

 持っている制服は紺のブレザーなんだけど新しい中学校もあまりデザインにも差があるようには思えなかった。

 おじいちゃんはお金のことは気にすんなって言ってくれたけどそればかりじゃなくて僕には行ってた学校の制服が体に馴染んでしっくりとくるし愛着がある。


     ❀


 僕が店のテーブルを丁寧に台布巾で拭いていると今日初めてのお客さんがやって来た。

 店の引き戸がカラカラと開かれ入って来たのは――武士だった。

「おはよう、甚五郎、雪春。魚のおにぎり定食をもらおうか」

 慣れた調子で店に入って来たのは立ち居振る舞いが凛とした男前の武士の姿の蔵之進くらのしんさんだ。人間ではなく桜の木のあやかしだ。

「おはようさん。蔵之進、そこに座ってちょっと待ちな」

 おじいちゃんは厨房の奥に行って僕は蔵之進さんの時代劇で出てくるような和紙で出来た番傘を受け取った。

「おはようございます」

 蔵之進さんは雨の日はもちろん晴れてる日でも番傘を持ってくる。


 蔵之進さんはいつものお気に入りの窓際の席に座り外を眺めていた。扇子を出し軽くうち仰ぐ姿、仰ぐ度に桜の花びらが散る。花びらは不思議なことに床に落ちる前に妖術なのか幻のようにフッと消えた。


 僕は緑茶とおしぼりを蔵之進さんの前に静かに置くと少し緊張しながら訊ねてみた。

「ねぇ、蔵之進さん。その扇子」

「んっ? このおうぎか?」

「おじいちゃんも持ってるのと同じ?」

如何いかにも。甚五郎の持つ扇子は拙者からの贈り物。拙者の力を込めてある。甚五郎の使う札は満願寺まんがんじの和尚の物だがな」


 おじいちゃんはあやかし相手にしているので時には困った妖怪や人間じゃない者たちに対抗するために扇子やお札を忍ばせている。

 この前、妖怪猫又の虎吉が僕と美空に悪戯いたずらを仕掛けた時にはおじいちゃんはその二つを使って霧を晴らしていた。


「サクラは?」

 蔵之進さんはちょっぴり眉根を寄せ心配そうな表情で店内を見渡してから聞いてきた。

「サクラさんは部活に出掛けました」

「そうか。吹奏楽部という寄り合いだったかな? そとの国の楽器を吹いてるのだったか」

「えぇ、サックスという楽器です」

「一度、見学に参るかな」

 蔵之進さんはサクラさんとどんな関係なんだろうか。サクラさんをとても気遣っているようだ。


「しかしながら雪春といいサクラといい、子供たちはみな、甚五郎の手伝いをして良きことだな」

 朝、サクラさんは定食の仕込みを手伝ってから自転車で高校の部活に向かった。虎吉と豆助もサクラさんに駄々をこねついて行ってしまった。

 自転車の前カゴには二本尻尾の妖怪猫の姿で虎吉がすっぽり収まり犬神の妖怪豆助は柴犬の仔犬の姿でサクラさんの運転する自転車の後を転がるように走って行った。



「むむっ。人が来る」

 蔵之進さんはそう鋭く呟くと少し体が薄くなった。気配を消して。僕とおじいちゃんにははっきりと見えたまま。

 稀にあやかしの姿が見れる人がいるから警戒しているみたい。


 ガラガラっと勢いよく店の扉が開くとちっちゃな男の子が二人いて後ろの女の人に背中を押されながら入って来た。

「おじいさん、今日も朝ごはんよろしくね」

 誰だ? この人。

「じゃーねー」

 派手な化粧に派手な服装の女の人は香水の匂いをばら撒きながら子供たちを店内の奥の小上りになって六枚ぐらい敷かれた畳の席に追いやって出て行こうとする。

「あんた新入り? じゃ代金」

 女の人は釣り目をぎろっと僕に向け千円札を一枚テーブルに叩きつけて出て行った。


「はぁぁっ?」

 僕はなにがなんだか分からなかった。女の人が小さな子供二人を置き去りにしていったことと雰囲気から僕を馬鹿にしていたことは分かった。


 ――ここは託児所じゃないんだぞ。

 憤る僕とは正反対に厨房からチラチラ見えるおじいちゃんは定食のおにぎりをぎゅっと握りながら穏やかな顔をしていた。


「あの女子おなご……」

 蔵之進さんも目をギロッとさせ怒っているので僕は自分と同じだとホッとしていた。

「おじいちゃんっ! なんなんだよ、あの人は!」

「いいんだ雪春。さっ、蔵之進、魚おにぎり定食だ」

 おじいちゃんは至って平常心って感じの普通の顔で蔵之進さんの前に木のお盆にのせた定食を置きミニ座敷の子供たちの方に向かう。


 定食はほかほかのおにぎりが二つ、上品に海苔にくるまれおじいちゃん手作りの皿に鎮座している。今日のおにぎりの中身は梅干しと昆布の佃煮だ。僕らも食べたから。

 それから鯖の味噌煮と大根の豆味噌の味噌汁が湯気を上げ庭の菜園の採れたて小松菜のおひたしつき。

 すごく美味しそう。


 うちの店に置き去りにされたのは男の子が二人だったが、とっても静かだ。しゅんと萎縮したように下を向き何も話さずじっと動かない。

 良い言い方をすれば行儀よくて大人しい。

 悪い言い方をすれば子供らしくない。


 僕は『おにぎり定食屋甚五郎』の不思議な引力を感じた。

 このお店はあやかしや困った人間が引き寄せてた。

 僕は思い知ることになる。

 こんなのまだまだ軽い序盤戦だったんだ。



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