もう一度 後編

 その後、特に何も起こることもなく久我に戻ってきた。駐車場に着いた僕たちは、このまま解散ということになり、真嗣は先ほどから能面のような顔をしている邑兎とそれを心配する藍原さんの二人を送っていく為に、彼女達を乗せて駐車場を離れていった。


 残る野々村さんの紅いスポーツカーも続いて出て行ったのだが、帰っていく時に不穏な動きを何度かしていて道中で事故とか起こさないようについ祈ってしまう。


 時刻はまだ午後3時半だ。太陽の光は薄い雲に遮られているものの、その強い光はまだまだ世界を明るく照らしつけている。このまま帰るのはなんだかもったいない気がする。幸いここは陣内大学の敷地内だ。図書館でもPCルームでも、時間を潰せるところは幾らでもある。今日が日曜日でも、ここの敷地内ではほぼ全ての施設が開放されているのは非常にありがたいことだ。


 とんでもないことがあった旅行のおかげですっかり忘れていたのだが、卒論は相変わらず真っ白だし、何を書いていいかすら考えついていない。ゼミナールでは様々なテーマを雑多に取り扱っていた。ある日は文学史、ある日は環境問題などとその範囲はとても広い。


 そもそもこのキャンパスは経済学を中心とした学問を学ぶための場だというのに、僕が参加しているこのゼミナールは数字と歴史、それと概念に塗れた学問に嫌気が差した、もしくはついていけなかった者が集うところだった。人数オーバーで希望するゼミナールに入れなかった僕が何も調べずにギリギリ最後に滑り込んだこの場であったが、知らなかった様々な事象に触れることができて今は良かったとプラスに思っている。


 ただ、その分だけあって卒論のテーマは各自自由という無限にも取れる広さに、ずっと頭を抱えているのが現状であった。ヒントを求めて教授に話しかけても『その答えは君が決めろ』の一言で片付けられてしまった。一定のテーマが決まれば、それに関しては助言やアドバイスを徹底的にしてくれる面倒見の良い面もあるが、基本的には放任主義である彼に話をするには、まず何に関して書くかという根本的なものを見つけなければならない。


 考えれば考えるほど、頭の中がぐるぐる回っていく。足は自ずとパソコンルームがある建物へと進んでいく。とにかく何かやっていないと、昨日のことも相まって平静であることを保てなくなるような気がしたのだ。


 主に授業が行われている古い学習棟と、僕たちオカルト研究部の面々が普段集まっている部室棟の中間あたりにある、比較的新しく作られた10階建ての学習棟の自動ドアをくぐる。入り口を通ってすぐのエレベーターに入り8階のボタンを押すとエレベーターは高速で僕を地上から引っ張り上げ、あっという間に目的の階へと連れていく。いつもはパソコンを使いたい生徒達でごった返しているこの8階のパソコンルームも、今日が日曜日ということもあってか他の生徒は疎らに座っている程度だった。


 パーテーションで区切られた机に座り、パソコンを起動する。さすが私立大学。それなりの設備を揃えている為にスピーディにOSが立ち上がっていく。入学時に教えられたIDとパスワードを入力してログインした後に、インターネットのブラウザをダブルクリックする。大学特有のポータルサイトが出てくるが、すぐにブックマークしておいた検索サイトに切り替えた。


 さて、何を調べるべきか。


 いつもここで指が止まる。そうして何を調べるか考えているうちに思考が停止して、インターネットの波の中に攫われていくのだ。こうやって指が勝手に動いてニュースサイトを開いてしまうのも、いつものことなのだ。


 たまたま目に映る、ネットの掲示板のまとめサイト。最近はこの手のサイトが非常に多い。真偽もわからない口コミ以下のものしか存在しないことも多いが、読みやすいこともありなんとなく見てしまうスタイルのサイトだ。


 検索エンジンに出てきた『難解事件まとめ』と書かれた見出しをクリックし、ホームページへと飛ぶ。人の目につきやすくする、インパクト重視のタイトルをした様々な見出しが多数並んでいる。その中でやはり、気になってしまう一行を見つける。


 タイトルをクリックすると、起きた事象の詳細が簡潔にまとめられていた。


 技術の進歩により、解析技術は日進月歩の勢いで進んでいく。数年前にはわからなかったことも、見つからなかったものも見つけられるようになっている現在。脱法ドラッグやその使用者の血液内の成分を分析することにより、ドラッグを服用していないと思われていた容疑者も実際に様々な脱法ドラッグを使っていた事が判明したというケースがかなりの数存在するそうだ。


 そこまではよくある話である。技術の進歩により、新たな事実が見つかるということは素晴らしいことだ。例えば遥か昔に建造されたピラミッドの構造も、3D計測技術や画像工学技術等の適用によりピラミッドの形状データが飛躍的に増えてきている。更に物体を通り抜けやすい性質を持つ、宇宙線ミュー粒子を用いた最先端技術調査も開始され、内部構造すらも透視できるようにすらなっている現状だ。


 記事によると、数年前に首都圏と銀城を中心に流行した脱法ドラッグの成分などの情報がわかってきたという。意外なところで真嗣が昔話していたことへの更なる情報になるかもしれないとマウスのホイールを動かし、画面をスクロールさせていく。


 そもそも名前も知らなかった銀城の脱法ドラッグであるが、このサイトでは『鍵』と呼ばれていた。新しい世界の扉を開く鍵という意味らしいが、なんというか安直という印象を覚えた。


 僕の印象などどうでもいいが、この『鍵』と呼ばれる脱法ドラッグには夢の中で自分自身が創り出している精神世界や自分の深層心理と対面できるというものという効能があると、真嗣が先日言っていたこととほぼ同じ内容がこのサイトに記載されていた。あいつがこのサイトの情報を鵜呑みにしていなければ、2つの情報源から齎されることによりこの事象に対する信頼度がそれなりにあるという事だろう。


 そして、1番気になったのが最後の数行だ。これが難解な事件をまとめているこのサイトに掲載されるような、それこそ事実を疑うような眉唾ものの内容だった。


 ほぼ全てのこの脱法ドラッグというものは行政の規制とのいたちごっこを続けている中で、例えば麻薬の中の代表格、大麻に含まれている多幸感を覚えるなどするテトラヒドロカンナビノールと同じような化学構造や効果を模した化学物質を新しく精製することにより、法の隙間を潜り抜けるという形をとることが多い。つまりは、こちらも技術の進歩や発展によって作られているものなのだ。


 そして、結局のところは既存の物質に似せて作られている、もしくは既存の成分を掛け合わせたりして作られているものだ。


 だが、『鍵』の成分は分子構造や構成が今まで発見されていなかったもので構成されているもので、他の何かに近づけて造られたものではないという。更にこの錠剤に使用されている物質は、人類が今まで見つけてきたありとあらゆる全てのものと何か根本的に違うものなのだと記されていた。


 今までの脱法ドラッグによく使われている合成カンナビノイドの化学式などが補足としてひたすらに載っていたが、正直なところわけがわからない。化学に対して専門知識など持ち合わせていない為に鵜呑みにすることはできないのだが、とにかく『鍵』は人類が創り出すことなかった、全く新しい未知の物質で構成されているのではないかとこの記事で書かれていた。


 見出しに続く匿名の意見は正直アイドルのライブの合いの手のようなものなので、適当に目を滑らせながらこの記事に関して考えていく。もしこの精神世界や自身の内面と対面するような効果が何か自分自身の行動を強制させるような要素があるならば、それがお告げのようなものとなって凶行に走るのではないだろうか。


 更に、先日邑兎と話していた『お告げ事件』の加害者は未来の何かを見ていたかもしれないという仮説もある。何かわからないが、人類にとっては未知の物質を使っているのであればそれぐらいあっても、おかしくはない。現に昨夜の男は『カミサマが教えてくれている』としきりに叫んでいた。


 つい昨夜に起きた恐怖そのものと、今まで起きていただろう『お告げ事件』。そして未知の物質で作られた、新しい世界の扉を開く『鍵』。因果関係はないとはとても思えない。幾ら何でも眉唾物すぎる内容でも非日常を経験してしまった今では、何故かこの荒唐無稽な話が真実であるような気がしてならなかった。


 そして、なんだか引っかかっているのは―――


『これは、きっと外宇宙からの啓示に違いない!』


 頭の中で再び響き渡る、オカルト研究部部長の邑兎の声。まさかな、と思いながらウィンドウを閉じる。OSのデフォルトの草原の壁紙を見ながら、改めてもう一度、『お告げ事件』や藍原さんがみていた夢に関して調べてみることにする。


 締め切りが少しずつ迫っている卒業論文のことは、今はとりあえず考えないことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る