第4話
帰ってこない二人。今度は運転手が様子を見に行こうとした。
そのときだった。
「彩…? え…い、いやぁぁっ!!」
後ろに座っていた女性が、悲鳴を上げたのだ。
赤ん坊を抱いた、若い母親だった。
「な、なに?」
あのとき私が注目されたように、今度も全員が後ろを向いていた。
異様な空気。
「子供が…あ、彩が!!」
子供に何かあったのだろうか。
私達の近くに座っていた男性が、慌てて立ち上がった。
「私は医者です。どうされたんですか?!」
叫びながら彼女の元へ走っていく。
皆、心配そうにその様子を見ていた。
「彩が…」
声を無くしてしまう母親。
目がどこか遠くを見ていると思ったら、いきなり倒れこんだ。
「どうしたの」
「大丈夫かな」
ざわめく車内。
医者は彼女をゆっくりと席に寝かせて、皆に言った。
「この人は気絶してるだけです。赤ちゃんは――」
その後の言葉が無かった。
重い沈黙。
説明など無くても、皆は理解した。
こんな遠くから見ても分かるほど、その子は真っ青な顔で・・・
苦しげな表情で、死んでいた。
(突然死、ってこと?)
そんな、ありえないよね。こんなの嘘よね。
そんな私の想いを切り裂くように、医者は運転手に告げた。
「とにかく、早く街へ行って下さい」
「でもまだ二人が」
「バス停が近くにあるから大丈夫でしょう」
結局、帰って来なかった二人を置いて、バスは動き始めた。
運転手を含めて、バスに乗っていたのは十人のはずだった。
それが、二人消えて、一人が謎の突然死、一人は気を失って倒れた。今バスに生きている人間は、七人。
皆、重い沈黙の中で、恐怖を感じていた。
バスは速度を上げて、長い山道を走っていた。
しかし、一向に街は見えてこない。
「ねぇ、ここさっきも通らなかった?」
隣の少女が、小声で言った。
確かに、さっきから同じ道しか走ってない気がしていた。
「運転手さん、道間違ってんじゃないですか?」
「ここさっきも通りましたよ」
同じことを訴えたのは、後ろに座っていた女子高生二人。
『いや、ただの一本道のはずなのに、こんなことは・・・』
運転手も焦っていた。
若い医者が、立ち上がって言う。
「少し休みましょう。皆さんも、外の空気を吸ったほうがいいです」
どうやらあの母親が、意識を取り戻したようだ。
その彼女を想ってのことだろう。
『わかりました』
バスは徐々に速度を落とし、見晴らしの良いバス停で停まった。
全員が外に出ることになって、それぞれイスに座ったり、暗い空を眺めていたりした。
雨は降っていたが、前ほどではない。
皆暗い顔をして、落ち着かない様子だった。
まぁ当然だよね。こんな状況、普通じゃ考えられない話だ。
「彩…」
一番顔色が悪いのは、愛する子を突然失ってしまった母親だった。
心配して、彼女の肩を支えている若い医者。
「彩…」
ずっと我が子の名を呟いていた彼女は、いきなり予想もつかない行動に出た。
「えっ」
「な…っ」
ドサッ
支えていた医者を、突然突き飛ばしたのだ。
一体何が起きたのか分からない。
「彩…一緒に行こうね、今行くからね」
え…?!
いつの間にか、母親は崖の前に立っている。
「待って!!」
「早まらないで!!」
「やめて―――!!」
全員が叫んでいた――が、遅かった。
「彩…」
最後にポタリと零れ落ちた涙。
「キャァァ―――!!」
女子高生の悲鳴に、私は一瞬目を閉じた。
そして次に目を開けたときには、彼女の姿はもうなかった。
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