いぢめないでほしい

 大正 四年

 この話は一年前には、かの有名な第一次世界大戦が勃発して以来、日本は経済の急成長に喜んでいる頃の話だ。ちなみに、コレを書いている僕は既に死んでいる。だから、物語を楽しむだけに留めてくれ。――無為な詮索は身を亡ぼすと言う事だ。



 *


 薄暗い路地裏、雨に濡れながら冷える手元。その手には、一匹の猫の亡骸を抱えて、僕は喜んでいた。これでもう捕まる事は無い。僕は逃げ延びたんだ。

 この猫が居なければ、僕は生涯苦しむ事無く生きていられたのに、そう思うと、余計に猫に対しての憎悪が強くなっていく。


「クソ……」


 猫の死体を放り投げ、僕は身体を横に倒す。身体に受けた傷がまだ、治りきってないのだ。だが、動かなくてはいけない。警察の奴らは、まだ僕を探し続けているのだから。勿論、見つかれば問答無用で撃ち殺されるだろう。

 なんたって、俺はもう既に五人も殺した類を見ない危険人物であり、市民から見れば殺人鬼のレッテルを張られるだろう。


「クソ、クソ」


 あの猫さえ居なければ、クソ。クソ、クソ。引きずる身体は、雨に濡れて重く感じる。人を殺す事なら、いざ知らず、ただの猫に僕が殺した証拠を握られるなんて、あり得ない。そんな失敗合ってはならないのだ。


「おい、そこのお前」


 ちらりと電灯が僕を照らした。不味い。


「そこで何をしている」

「お巡りさん、僕がここで何をしてたかどうかはどうでも良いのでは無いのですか?」

「はぁ?何を言って――」


 言うか早いか、僕は脇の下に入れていたハジキ拳銃を抜き取って、眉間目掛けて撃ち込んだ。撃ち込まれた弾丸は、狙い通り彼の眉間にぶち当たり一帯には血が飛び散る。即死だ。


「はぁ、ぁ……」


 だが、僕もそこまでだった。横になったまま、無理な体制で、撃ったが為に反動を抑えきれなかった。動く事は叶わず、ただただそのまま意識が消えて――いや、これは僕にも分かった。傷から漏れだす血が抜けて行って、死への直行便と言う奴だろう。意識が消えるのではない。魂が消えるのだ。



 *


 目を覚ますと、そこは見た事の無い空間だった。雨に濡れた身体ではなく、まるで眼だけが意識としてあるような感覚である。


「いぢめないでほしいのに」


 声が聞こえた。振り向くと、目の前には、あの時の猫が居た。


「なんだ。いぢめないでって」


 僕は、怖がることを知らずに声を掛けた。この行き先が死への直行便と言うのなら、僕はそれに従おう。何だったら、切符も持っている。


「ぼくはただ、餌を取ったのに、なんでいぢめたの?」

「あぁ?んなもん、決まってんだろ」


――お前を殺さないと、僕が生き残れないからだろ。

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【過去作品置き場】 ステラ @sazann403

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