第33話
一応遠慮しつつも、有り難く受け取ると、俺ははたと気が付いた。女の子からプレゼントなんて貰ったの、初めてだ。
気を抜くと顔が半笑いになりそうな所を必死に真面目な顔を作り、大丈夫だったかと尋ねた。
「片瀬さんのお蔭で、大丈夫でした。あの後、ずっとお礼を言おうと思っていたんですけど……」
「あ、実沙、捜したよー!」
吉元さんの言葉は、彼女を捜していたらしい女子の声でかき消された。見ると俺の後方から、角田というあの彼女が走って来る所だった。
「片瀬さん、逃げて!」
小声で、だがはっきりと聞こえる声で彼女は言った。
「あ、片瀬さんと一緒だったんだ?」
声が一オクターブ上のトーンに上がっていた。
な、何、この展開!?
「実沙、何時から片瀬さんと知り合いなの?」
ねぇねぇ、等と吉元さんの服の袖を引っ張っている。
「いや、そう言うんじゃ」
言葉を濁す吉元さんは、目で助け下さいと訴えている。
いやいや、俺、状況がさっぱり分かんねぇから無理っすよ。
「実沙、片瀬さんにお願いしなよ」
「え? いや、私は別に」
「もー、何言ってるのよぉ! 仕方無いなぁ」
そう言うと、彼女の前に一歩出て、「片瀬さん、新山さんとお友達ですよね」と言った。
「そうだけど?」
訝しげに答えると、「そうですよねー!」と、嬉しそうな声が返って来た。
「あのですねぇ、ここにいる実沙がですねぇ、新山さんとお友達になりたいらしいんですよぉ。片瀬さん、紹介してくれませんか?」
……って、おい、どうなってるんだ?
彼女の背後にいる吉元さんを見ると、手と首を激しく振り、違う違うとアピールしている。
というか、もし仮に吉元さんが保とお近付きに成りたかったのだとしても、もう既に現時点で保的に知り合いとして分類されているであろう彼女の事、今更俺に頼るまでも無い筈だ。
いや、それ以前に彼女のこの変わりようは何だ?
以前、角田さんが言った、吉元さんは友達ではないといった言葉は、今の彼女からは微塵も感じられない。派手な形はそのままに、刺々しさは消え、調子の良い女子といった体になっている。
何気無く掻き上げたその耳からは、前に見たのと同じ偽石の付いたピアスが今も着いているのが分かった。
……これが、本来の彼女?
ふと保にアドレス交換を迫っていた彼女の姿が脳裏を過ぎる。
今の彼女は、確かにあの時の彼女と変わらない。
彼女も偽石の被害者だったのか……。
一人納得すると同時に、何故角田さんを見付けた吉元さんが、俺に逃げるように言ったのかを理解した。
成る程、彼女も保が好きだったか。
ごめん、また今度、と俺は無理矢理彼女等から逃げ出したのだった。
『成る程ねぇ。嶋野って娘かぁ。それはノーマークだったわね』
その夜、電話の向こうで柊さんが言った。
風達も、彼女が偽石を持っているとは、誰一人として確認出来ていなかったらしい。
「もしかして、彼女自身は偽石を持っていないのかも」
俺の言葉に、柊さんは電話の向こうで考え込んだ。
「もしかして彼女が偽石の販売をしていた、とか?」
『……あっ!』
「……あ!」
冗談で言った言葉に、互いに固まる。
『調べてみる価値は充分にありそうね。彼女も君と同じ法学部の二年で良かったかしら?』
「ええ」
『分かったわ。一度調べてみましょう』
そう彼女は言ったのだった。
*
「おい、カタやん、昨日見たぜぇ。何、貰ったんだよ、おめえはよぅ」
翌日、大学に着くなり近藤達に冷やかされた。
……って言うか、君達いったい何処で見てたんですか?
「なあなあ、何もろたん? なぁ」
皆を無視して講義を受ける教室の最後尾の席に座り鞄を開けていると、追いかけて来た保に背後から軽く裸絞めを掛けられた。
成る程、俺より遥かに背の低い保でも、座っている俺ならば、簡単に技を掛けられるという訳か。
「けど、最近、ほんまカタやんモテモテやもんなぁ」
ポーズだけの技なので、痛くも痒くも無い。寧ろ、お前の言動の方が鬱陶しいぞ。
そう思いながら、保の腕を掴み、あらぬ方向へ力を入れて引っくり返した。
「いってー!! カタやん、何時からそんなに冗談の分からない子になったのよっ!」
「最初から」
泣き真似をする保に無情にも告げる。
「のあ!?」
顔を上げるとそこには及川のドアップがあった。正確に言うならば、前の席に膝立ちした及川が、唇が触れそうなくらい近くまで身を乗り出して見ていた。
や、止めろ! 俺にその気はねぇ!
等と、一瞬錯乱してしまう。
いやいや、健全男子を自認するオッパイ星人及川に限ってそれはないか。
「だから、何を貰ったんだ?」
「顔を退けてから聞いてくれ」
手で及川を払い除け、腕時計だったと告げた。
「腕時計って?」
何時の間に座ったのか、隣りの席に着いていた近藤が聞いた。
……嗚呼、鬱陶しい!
俺はこいつ等を少しでも早く追い払えるならと、時計のブランド名を告げた。
「マジでかっ!?」
「有り得ねぇ!」
「カタやん、付き合ってたのか!?」
三人が口々に驚きのコメントを口にした。
いくらブランド物に疎い俺でも流石にその名は知っていた。買えばン十万円はするそれを見た瞬間、俺自身、驚きの余りのけ反ったさ。
「付き合ってたら、もうとっくにお前達に自慢しているさ。それにしてもこれ、お礼だって言われたけど、流石にまずいだろ? 返すつもりだから」
会ったら直ぐにでも返そうと、今も鞄に入っているそれを思い起こし、知らず溜め息が出た。
「ああ、そう言えば彼女だったか。カタやんが線路に飛び込んで助けたのって」
納得したかのように、及川が叫んだ。
「だったらいいじゃん。遠慮無く貰っておけよ」
「そう言えばカタやんって、何時も腕時計してねぇよなぁ。嫌いなのかぁ?」
近藤が俺の服の袖口を捲って呟いた。
「いや。前のが壊れて、そのまま」
「だったら尚更貰っておけって」
「んな無責任な! カタやんにはちゃんと彼女がいてるのに、んな女絡みの高いもん持っとったら、彼女も嫌がりはるやんけ」
うりゃ、と保は俺の頭越しに及川の頭にチョップを入れた。
「彼女って?」
及川の言葉に思わず頷いた。
そうだよ、たもっちゃん、何あんたどさくさに紛れてんないい加減な事、言ってんのよ!
「カタやん、お前抜け駆けしやがったのかぁ!?」
「ギブギブ!」
近藤が背後から裸絞めをかましてきやがった。
……や、止めれ!
「何や、単なる友達なんか」
近藤の本気――本人は軽い冗談だったと、最後まで言い張っていたが――の技を何とか外すと、俺は榊田さんの事は単なる友達なのだと説明した。俺のいる筈の無い彼女が榊田さんだと保が思い込んでいた為の、苦しい説明ではあったが。
「けど何で麒翔館大の娘が、こうもちょくちょくうちの大学で講義を受けてるんだ?」
及川はそう言って首を捻った。
背の高い及川の事。背の高い人間の例に漏れず、奴も日頃から最後尾で受講しているらしい。
そんな及川だからこそ、しばしばこっそり講義を受講していた榊田さんに気付いていたらしい。実際は、風を操っていた為、起きて講義を受講しているフリをしていたに過ぎなかったのだが。
「彼女、法律に興味があるらしいから」
等と、苦しい言い訳をする。彼女の通う麒翔館大にも法学部がある為、皆が気付かない事を祈る。
恨むぜ、榊田さん。
「せやけど、なかなか可愛い娘ぉやなぁ。俺、狙ってもおたろかなぁ」
カタやん、ええ?、等と可愛らしく小首を傾げて保が言った。
「それは別に構わんが、お前、内場さんはどうしたよ」
「はっ!!」
がーん!、と自分で擬音を発する保を呆れた目で見ていると、その先に見た事のある女子のリアルに驚愕している姿があった。
嶋野さんっ!?
慌てて立ち上がるも近藤達に榊田さんを紹介するように迫られ、再び振り返った時にはもう既に彼女の姿はそこには無かったのだった。
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