第6章 戦う日常
第34話
「少年、こっちこっち!」
週末、柊さんに俺の通う大学近くのファミレスに呼び出された。俺が店に入った途端、柊さんが立ち上がって手招きした。
嗚呼、柊さん、恥ずかしいから止めて。
「少年、何にする?」
テーブルに着くと早速、メニューを俺に開いて見せた。
「休みなのに悪いわね。何でも好きな物を頼んでね」
遠慮していると、何を思ったのか激甘のチョコレートパフェを勝手に頼まれてしまった。
俺、そんなに甘い物得意じゃないのに……。罰ゲームか?
「ところで今日、君に来て貰ったのには訳があるの」
渋々、出て来たパフェにスプーンを付けていたいた俺に、手帳を取り出すと彼女は言った。
「君が言っていた嶋野さんね、確かに彼女、怪しいわ。……と言うより、彼女が私達の捜していた呪詛者ね」
俺が柊さんに嶋野さんの事を告げたその日の内に、キヨさんこと影見師でもある恩田氏が彼女の事を調べ始めたらしい。
彼によると彼女の保に対する執着心は凄い物があるらしい。
生身の恩田氏には叶わなかったらしいが、風である桂氏が彼女の部屋を調べた所、彼女の部屋の壁という壁には、無数の写真が貼られていたのだという。勿論、それは全て保の写真だった。
「桂が言うには、彼女の部屋には、生身の人間だと耐えられないくらい沢山の霊で溢れていたらしいわよ」
眉間に皺を寄せて、ボールペンの尻でテーブルをコツコツと叩く。
「何でそんなに霊がいたんでしょう?」
俺の質問に、ああ、それはね、と頷いた。
「彼女の部屋に新山君の写真が所狭しと貼られていたって言ったでしょ? 目という物には力があってね、目が向かい合う事によって、道が出来るの。霊道って言えばいいのかしら。所謂霊の通り道みたいな物ね。それは写真も同じ」
分かるでしょ?、と片眉を上げてみせた。
じゃあ、彼女の部屋に貼られていたという保の写真が道を作ったという事か。
「君の大学で呪詛が行われていた偽石もね、どうやら彼女が作っていたようよ」
既に、彼女の部屋から幾つかの偽石も見付かっているのだと言う。
「君が言っていた偽石の販売の為のサイトね、あれも彼女が開設していたみたいね」
手帳を見ながら、彼女は言った。
「アクセス履歴を見る限り、最初は彼女もネットのオークションサイトで偽石を購入したみたいね。えーっと、彼女が大学に入って直ぐの頃かしら。この偽石は、ネット上で多く出回っている物と同じ物のようね。こっちの販売経路に関しては、オークションだし個人取引だから、私達が探している販売経路ではないわね」
最後は独り言と化しながら、彼女は話した。
「アクセス履歴って……」
「もー、片瀬君、固い事言わないの。ちゃんとある筋に話を通して調べて貰ったんだから、法律には違反していないわよ」
やだわぁ、この子ったらぁ、等と手をヒラヒラさせた。
ある筋って、どの筋なんだろう? 答えは聞かない方がいい気がする。
嗚呼、大人って……。
「あ、そう言えば、あの偽石のアクセサリーは、彼女が自分で作ったんですよね?」
うっかり聞き流す所だった。
偽石とはいえ、素人目にも商品として完成されたと分かる物を素人の彼女に作れるものなのだろうか?
「まあ、表向きはそうなるわね」
表向き?
「でも実際の所、私達は彼女が作ったとは思っていないの」
そう言って、持っていたボールペンを置くと、テーブルの上で両手を握った。
「少年、憑依された状態って分かる?」
「え? 霊なんかが、乗り移っている状態……ですよね?」
「そう。前にも話したと思うけど霊になってこの世に残ってしまった者達の中で、人間に悪意を持ってしまい魔と化した者達がいるって話したわよね」
俺が頷くと、柊さんはコップの水を一口飲んだ。
「そういった魔が、人間に憑依して、その人間を操るの。詰まり、嶋野さんの場合も、彼女自身が作った訳ではなく、彼女に憑依した魔が彼女の身体を使って作ったと考えて間違い無いでしょうね」
「成る程。そこまで分かっているのなら、後は、彼女を除霊すれば全ては終わりですね」
ほっとして、思わず山盛りのパフェを口に運んでしまった。
……ううう、あばい。やっぱり罰ゲームだ。
「まあ、そうね」
しかし俺の安堵とは裏腹に、彼女返事は曖昧な物だった。
「でも、残念ながら、事はそう簡単じゃないのよね」
と、彼女はボソリと呟いた。
「え? どういう事ですか?」
「うーん、何処から話せばいいのかしら……。あのね、彼女の部屋には無数の霊道が出来てる、ってさっき話したでしょう? そのせいで、彼女の部屋は、霊体で溢れていたって」
俺は彼女の事に、無言で頷くと、先を促した。
「それは詰まり、それだけの霊体が常にある部屋で彼女――嶋野さんが寝起きしているって事にもなるわよね?」
「確かに」
「という事は、言い換えれば、彼女は常に沢山の霊とある意味触れ合っているとも言える訳。詰まり、彼女に憑依している霊は、一体じゃないって事」
でぇぇぇぇぇっ!? 何だってぇ!!
驚愕の余り、俺は半開きの口からパフェをダラリとリバースさせてしまった。
柊さんに指摘され慌ててナプキンで口を拭う。
「いやいや、でも一体一体、地道にやれば」
「ええ、それはもうやっているわ。でもあの部屋は霊道に溢れているわ。何体霊を彼女から取り除いてもキリが無いの。大元の魔である呪詛者を本来あるべき場所に送る事が出来れば、手の付けようもあるのだけれど」
肝心の魔は用心深く他の憑依した霊に守られ、常に彼女の意識の奥深くにあり出て来ようとはしないのだ、と柊さんは締め括った。
「でもそれじゃあ……」
どうにもならないんじゃないですか――その言葉は最後まで口にする事は出来なかった。彼女が片手を挙げ、俺の言おうとしていた言葉を遮ったのだ。
「でも、方法が全く無い訳じゃあないの」
「と言うと?」
俺は期待するかのように、スプーンをかなり溶けてグズグスになったパフェに突き刺すと、テーブル越しに身を乗り出した。
「暫く嶋野さんを監視してもらっていたキヨさんによると、彼女に憑いている魔は彼女の意識と深く結び付いているみたいなの。同調していると言ってもいい程にね。だから、魔を守っている他の霊体の下から、魔を引き摺り出せばいいのよ」
「出す? どうやって?」
柊さんも俺と同じように身を乗り出すと、ニンマリと笑った。
「魔を……嶋野さんを怒らせるのよ」
*
「で、何で私があんたの大学に呼び出されなくちゃならないのよ」
待ち合わせの場所に着くなり、内場さんは腕組みし、仁王立ちになった。
翌日、嶋野さんに取り付いている魔をおびき出すべく、早速罠をはる事になった。
柊さんと相談した結果、嶋野さんと魔が完全に同調している今、二人を怒らせるにはターゲットである保にちょっかいを出すのが一番の近道だろうという事になったのだ。保の身体に変調をきしたり、女子が事故に遭う前、必ず保が事故に遭った女子と何等かの接触があった為だった。
しかし、ここへきて問題が持ち上がった。保にちょっかいを出す……元い、保と仲良くしてくれる女子役を誰にしてもらうかという事だった。
「参ったわね。君の友達に演らせる訳にはいかないものね」
幾ら偽石で集まって来る力が減ったとは言え、大元である魔自体がかなりの力を持っていると容易に推測される。保のみならず、保に関わった女子を自分達でガードしきれるとは限らない。
しかし行き成りawfの人間を何の脈絡も無く保と関わらせるには、周りも保自身も含め、無理が有り過ぎる。
「あ! そう言えば一人だけ不自然じゃない人間がいますよ!」
と、昨晩俺が名指ししたのはまぎれもなく今、目の前に立っている内場さんその人だった。
「だから、昨晩柊さんも言ってただろ? 魔を……呪詛者を怒らせる役は、君が適任なんだって」
事実、保が一時期麒翔館大に日参していた事は、麒翔館大の人間は元より、うちの大学の多くの人間も知っている。その理由は“俺の”初恋の人捜しという、一部間違った情報が流れてはいるが、内場さんと保が仲良くしている姿を周囲に見せる事により、追い追い立ち消えになるだろう。
昨晩、話が決まると柊さんに早速ファミレスに呼び出し、内場さんにその役を頼んだのだった。
昨日の時点では、渋々ながらも引き受けてくれたと言うのに、何故今になってこうもごねるんだ?
「昨晩とは状況が変わったのよ」
内場さんは、そう言って目を逸らした。
「状況が変わったって? あ、ちょっとごめん」
携帯のバイブに慌てて電話に出ると、柊さんからだった。
彼女は、今日から俺達のサポートとしてこちらに来てくれる事になっていた。だが、急用が出来て今日は来られなくなったらしい。代わりに、急遽、榊田さんがサポートとして来る事になったのだと告げた。
『それから、悪いんだけど、瑠璃ちゃんには、理子ちゃんがawfの一員だって事は知られないようにしてあげてね』
「え? それってどういう……」
事ですか?、と俺が言い切る前に無情にも電話は切れた。
直ぐにかけ直したが、電源が切られてしまったらしく、通じない。
「柊さんが来られなくなったらしい」
そう告げると、彼女は知っていると言った。
「瑠璃が……榊田さんが来るんでしょ?」
険しい顔をして言った。
「うん。……あの、変な事を聞くようだけど、君達って、仲が悪いの?」
言った側から失敗だったと悟った。
内場さんはキッと俺を睨むと、違うわよ!、と怒鳴りつけた。
「瑠璃とは友達よ。でもそれとこれとは別! 私の個人的な理由で、彼女には私が影見師だと知られたくないのよ」
苛々とした様子で、彼女は言った。
「え? 君がawfの一員だって事も……」
「勿論、彼女は知らないわ!」
物凄い剣幕だった。
今、俺達が立っている校門側のベンチ脇を、道行く学生達が怪訝そうに遠くから見ている。中にはわざわざ立ち止まってまで見ている奴等までいる始末。
携帯電話のサブ画面の時計が、朝一の講義がそろそろ終わろうとしている時刻だと告げていた。
周囲の人間は、この状況を喧嘩しているように見えているんだろうか?
「と、言う訳で、私は降りるわ」
言いたい事だけ言うと、内場さんは立ち去ろうとした。
「ちょっと待って!」
踵を返そうとする彼女の腕を掴む。
「分かった。絶対に榊田さんには君の事は言わないから」
「そんな事、無理よ」
「大丈夫。俺を信じてくれ」
全く口から出任せ。ただ、皆を、保をこれ以上、謂れ無い呪詛から守る事しか考えられなかった。
「その根拠は?」
「俺が、良い言い訳を考える」
「例えばどんな?」
疑わしそうに――若しくは馬鹿にしたように、彼女は俺を睨め付けた。
昨晩、柊さん達には、保が一時的に幼馴染みだった内場さんを雑誌で見掛け、懐かしさと興味本位から捜していたのだと説明していた。当然の事ながら、二人は信じていないようだったが。
「本当の事をそのまま言うしかないだろう」
俺の言葉に、内場さんは冷たく一言、却下といった。
「しかしだなぁ……」
「まあ聞きなさいよ。あんたのその話がたとえ真実だったとしてもよ、説得力が無さ過ぎるのよ。よしんば、あんた達が、本当に私を捜していたとしてもよ、見付かったんだから、それでお終いになる話なんじゃないの?」
と、屁理屈を並べた。
ちっ。可愛くねぇでやんの。
「じゃあ、再会して、二人が盛り上がって、付き合い始めたんなら文句ねぇだろう」
存外、俺も短気だったようだ。
いい加減、言い訳のネタも尽きて来て、ぞんざいな口調になっているのを自覚する。
「でも……」
「あれ、カタやん? 何や、痴話喧嘩かいな」
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