寝て起きて寝て起きて死ぬ

夕凪

寝て起きて寝て起きて死ぬ

 爽やかな朝。昨晩の余韻を引き摺ったままの脳を頭を軽く振ることで起こし、今日という日の始まりをお気に入りの音楽で祝う。スキップしたくなるほど機嫌の良い私とは、何日ぶりに会うだろうか。自分の感情もコントロール出来ない私に、軽くガッカリする。操縦桿を手放しているわけではないのだが、どうも不具合があるらしく、私という機体は言うことを聞いてくれない。

 スピーカーから流れる流行歌を耳障りに感じてきた頃合いで、着替えを始める。流行歌しか聞かない癖に、流行に乗る同級生を心のどこかで馬鹿にしている私。人間なんてみんなそんなものだろうとは思うけれど、それでも恥じらいというものは必要だろう。反省。靴下を上手く履けないところも反省。ハイソックスって何でこんなに履きづらいんだろう。何度も練習しているはずなのに、未だに慣れない。


 今日の朝食は野菜ジュース1本。野菜ジュースは糖分が多くて健康に悪いと聞くけれど、私は全く気にしていない。何故なら、私はお菓子を食べないからだ。野菜ジュースに入っている糖分なんてたかが知れていると思うし、気にしている人は他の食事や間食で糖分を摂りすぎているんだと思う。たぶん。知らないけれど。

 

 最寄り駅のホームで電車を待ちながら、なんとなく向かいのホームを眺める。ほぼ全ての人がスマートフォンとにらめっこをしていて、その光景はマスゲームを連想させた。ワイドショーの評論家なら「この国の行く末を憂う」なんて言うんだろうが、私は一介の女子高生だ。そんなことは言わない。精々「目を悪くしないようにね」と注意喚起するくらいだろう。


 いつものように電車に乗り込む。最早ルーティンと化した一連の行動をとるたびに、自分がロボットになったような錯覚に陥る。無個性を極端に嫌う私にとって、死にたくなるほど屈辱的な感覚だ。陵辱的と言い換えてもいい。こんな気分になった時、私はいつも海へ向かう。要するに、毎日ということだ。


 海という言葉から連想するものは人それぞれだと思うが、私は海から死を連想する。船乗りだったらしい父が、海難事故で死んでいるからだ。らしい、と言ったのは、私の記憶の中に父は存在しないからだ。父は私が1歳の時に死んだ。あまりにも早すぎるだろうと怒りたくなる時もあるが、その度に、母に責めないでやってくれと懇願されたあの夜を思い出す。親の泣き顔ほど見たくないものは無い。

 海辺をローファーで歩く。潮風の香りと足元の心地良い感触に、私は恍惚とする。砂浜を歩くと、いつも胎内に戻ったような感覚を覚える。胎内にいた時のことなんて覚えていないのだが、きっとこんな感じだったんだろうなと思うような、安心感がここにはある。


 日が落ちてきたし、そろそろ帰ろうと思ったその時、私は足元にストラップが落ちていることに気が付いた。拾うべきかどうか暫し逡巡する。私は拾うことにした。星型のそれは、この地域のマスコットキャラクターのものだ。ということは、子供の落し物かもしれない。なにがということなのかはともかく、直感的に子供の物だと思ったのだ。私は直感を信じるタイプなので、今回も例に漏れず直感を信じることにした。


 交番を探して歩いているうちに、段々と面倒臭くなってきた。この街を歩くのは今日が初めてだった。いつもは真っ直ぐに海辺に向かうので、海辺以外の場所は全く知らないのだ。人生において、自分以外のことに割く時間は最小限に抑えるべきだ。こんなことはやめて、さっさと家に帰ろう。そう決めた私は、小走りで来た道を引き返して駅へと向かった。


 帰りの電車に揺られながら、私は死ぬまでのことを考える。きっと、こんな毎日を繰り返しながら、ゆっくりと死へ向かっていくのだろう。希死念慮と闘いながら生きている人もいれば、私のようにスローなライフを楽しんでいる人間もいる。人生は平等ではないな、なんて当たり前のことを考えながら、私は車窓から海を眺める。


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