往来
アオシマノイズ
往来
過ぎ去ったものは元には戻せないように、まだ来ていないものを手中に収めることはできない。まだ来ぬ季節を手中に収めるべく無謀な旅に出た。芭蕉や、戦前戦後の文豪のようになにかを見出したいという俊英な志はない。ただ待っているだけではいられない心持であった。古いコートを手にする。昔行ったチベットの砂の香りがしたような気がした。生地が道端の農民と思しき女の乾いた肌のようであった。高い山が見えた。天を衝くようであったが風景としておさまっていたので不思議と身近であった。吹きすさぶ風。雨の降らぬ大地。鳳雛の羽ばたきで揺れる草。私のコートがはためく。日本にいる母親を思う。郷愁、いやそれとは微妙に異なる情。麻衣は何をしているだろうか。まだ家電量販店に勤めているのだろうか。ほしがっていたアクセサリーは買えただろうか。誰かと結婚しているだろうか。高校の同級生を思う。昔勤めた会社の同僚を思う。私は大地に立っている。この部屋にも雨は降らない。
往来 アオシマノイズ @noizeaoshima
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