第二話 アステリオスⅠ(13)
ガラス張りの窓から、演習場を見下ろす。
史人の他には田崎が隣に立ち、左と右を見れば、数人の男女を視界におさめるも、田崎以外には顔も名前も知らない。
だが、おそらくはIATとSIAの関係者たちだろう。
それもある程度の地位にいる者たちだ。
「ようやく最終試験か」
田崎が呟きながら、ガラス張りの窓に近づく。
釣られて史人も見ると、建物から十二人の被験体である少年少女たちが出てきた。
教官と思われる男に従い、パートナーとなっている者同士で向かい合う。
これから行われる最終試験がどんなものなのか、史人は知らない。
聞かされたとしても、それが最終試験に相応しいものなのかどうかの判断など、素人にはできるはずもなく、史人はただ見守ることしかできなかった。
史人の視線は、自然と相馬和弘に向けられていた。
昨日、話した彼だ。
彼の表情は、ここから見ても分からるほどに仏頂面で、まるで機械のようで、それがこの計画の趣旨に沿っているものであることを感じた史人は、自然と申し訳なく思ってしまった。
そんな彼に対するパートナーは、逆にどことなく笑んでいるように見えた。
見間違いかと思うほどの表情に、史人は思わず自分の目を疑ってしまった。
名前は確か、資料には加納亮介と書いてあったはずだ。
「最終試験は何をさせられるんです?」
隣に立つ田崎なら知っているだろうと思い、史人は訊いた。
「コンバットナイフによる一騎打ち、と言ったところか」
そう言って、田崎がどこか意味深な笑みを浮かべる。
何を楽しむ要素があるというのか。
「勝てば合格?」
「ああ」
「だが、それでは半分になるのでは?」
そう言うと、田崎はますます笑みを深くした。
「そうだな」
「ここまで残った子たちでしょ?」
「そんな生温い考えでは、お前が構想するシステムは完成しないぞ」
そう言われては、反論もできない。
「我々が求めるのは、言わば砂金のようなものだ。
少年少女たちの存在を価値があるかないかで決めるなど、史人にはできない。
それを平然と言ってのける田崎が同じ人間とは思えなく感じた。
だが、史人には何も言えない。
史人もまた、同じ場所に立っている時点で、同じ側の人間なのだから。
「始まるぞ」
田崎に言われ、史人はガラス張りの窓に正面を向けた。
始まると言われたが、どうにも様子がおかしかった。
あれだけ表情を変えることなく直立していた少年少女たちが、動揺していたのだ。
ここからでは声を聞くことはできない。
だが、ひとりの行動が、すべてを物語った。
動いたのは、相馬和弘のパートナーである加納亮介だった。
腰に手を回し、そこから取り出したのはナイフだ。
そのナイフを手に、ゆっくりと相馬和弘に近づいていく。
一方、相馬和弘の方は、ナイフを抜くこともなく、そのまま立ち尽くしていた。
「あれは……本物なのか?」
ガラスに貼りつくように見ながらも、史人は田崎に訊いた。
本物であるはずがない。
これは訓練なのだ。
だが、それならば、なぜ被験体となっている皆が動揺しているのか。
考えたくもない。
だが、それでも史人の頭には、最悪の可能性がすでに確立されていた。
それを、無情にも田崎が口にする。
「本物だ」
「なぜ、そんなことを!」
「言ったはずだ。欲しいのは金。紛い物はここで篩にかける。それだけのことだ」
「だからと言って――!」
そのあとの言葉は、目の前の出来事によって続くことはなかった。
相馬和弘と加納亮介の距離がゼロになり、お互いに体を合わせていた。
そして、加納亮介が一歩離れると、その手に握られていたナイフが赤く染まっていた。
「なっ!」
そして、相馬和弘が腹部に手を当てると、そこから力が抜けたように四つん這いになり、倒れた。
刺したのだ。
なんの躊躇いもなく、真っ先に……。
そこからは、地獄のように思えた。
加納亮介をきっかけに、それを見ていた他の組も動き出す。
つまり、殺し合いを始めたのだ。
それ以上はもう、見ていられなかった。
顔を背け、ガラス張りの窓から離れる。
「最後まで見届けないのか?」
嫌味を含んだ声すらも、今の史人には届かなかった。
そのまま展望室を出てトイレに向かう。
口を手で押さえ、個室に入るなりトイレで胃から込み上げていたものを吐き出した。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
なんてことをしてしまったんだ。
アステリオス計画を構想しておきながら、その中身に関しては委託するという形で任せてしまった――その末路が、これか。
とんでもないことを……。
内容を決めたのは自分じゃない。
そう思いながらも、彼が刺され、倒れた光景が目に焼き付いて離れない。
「くそっ!」
便座から離れるようにして壁に背中をぶつける。
そのまま、頭を抱えて背中を丸くすると、史人はしばらくの間、塞ぎ込んだ。
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