第二話 アステリオスⅠ(11)
「ここは?」
住宅街のとある一軒家の駐車場に車を停めた日下部は、エンジンを切ると、行き先を指示していた和弘に訊ねた。
「私、知ってます」
答えは、後部座席に座っていた春花からもらった。
「お母さんの実家です」
車を降り、後部座席のドアを開ける。
「ありがとうございます」
車を降りた春花が、和弘のモッズコートを胸元を引き寄せるようにして寒さをしのぐ。
吐く息が白い。
「とにかく、中に入ろう」
春花の背中を促し、玄関へ向かう。
先にドアの前に辿り着いた和弘が、鍵を取り出すと、開錠してドアを開けた。
入るように促された春花に続いて日下部がドアをくぐり、最後に和弘が入る。
リビングに入ると、和弘が電灯を点け、壁に掛けられたリモコンを手に取り、暖房をつけた。
「とりあえず、朝まで休もう。春花ちゃんはそこのソファーで横になってるといい」
「はい」
春花はソファーに腰を下ろすと、羽織っていたモッズコートを脱ぎ、それを体にかけるようにして横になった。
「眠れそうか?」
「すぐには、無理かもしれません」
「それでも、体を横にして目を瞑っているだけでも楽になる。楽になれば、眠れるようにもなる」
和弘に言われ、春花は瞼を閉じ、はみ出した足を隠すように身を丸めた。
そんな春花を見ながら、和弘と日下部はリビングの食卓用のテーブルを挟むようにして椅子に座った。
「秋乃さんの実家に匿われていたのか……」
「ああ。小畑史人が俺を匿うために貸してくれた家だ。彼はすべて任せろと言ってくれた。その間、療養するようにと」
「そう言えば、どうやってお前は生き延びたんだ?」
あまりに不躾な質問だが、大事なことだと思い、日下部は訊いた。
「俺はあそこで、死んだと思っていた。事実、そのままでいれば俺は死んでいた」
「それを救ったのが――」
「ああ、小畑史人だ」
視線を伏せ、思いを馳せる。
あの時のことを……。
※
「……」
朦朧とする意識の中、和弘は目を覚ました。
だが、目を覚ましただけで思考が働かず、ただ目の前の光景を見ているだけだった。
和室を思わせる天井と電灯。
しばらくそのままでいると、襖の開く音がした。
「目を覚ましたか」
その声に続いて、男性が隣に座り、顔を覗かせてきた。
「水だ。飲めるか?」
片方の手で和弘の頭を起こし、もう片方の手で水の入ったペットボトルを口へ近づけてくる。
和弘は、くっついた唇を引き剥がすように口を開くと、ペットボトルの注ぎ口を咥えた。
そこから男がペットボトルを傾け、水を注ぎこんでくる。
何口か飲んだところで気管に入ってしまい、和弘はむせ、水を吐き出してしまった。
「すまん」
謝る男に、和弘はかすかに首を振り、もういいと視線で告げ、頭を枕へと戻した。
「あんたは……あのときの……」
男の顔をじっくり見ていると、彼が誰なのか思い出した。
訓練時に迷子だといって接触してきた、あのときの男――小畑史人だ。
「ああ……」
「もしかして、あのときの接触も……」
偶然ではなく、故意だったのではないか。
「あのときはただ、知りたかったんだ」
「何を……?」
「あの計画の被験体となったキミたちが、どんな風になっていたのか」
「……? どういう意味だ?」
眉を寄せる和弘に、史人は申し訳なさそうに顔を伏せた。
計画? 被験体?
頭が働かないせいか、和弘には史人が何を言っているのか分からなかった。
「キミたちが受けていた訓練は、高度な戦闘訓練を受けることによって暗殺者にする計画――そう訊いていただろ?」
「ああ」
「それは確かに目的だが、それだけじゃない。もうひとつの目的には、人の意思を操作することができるのかという面もあったんだ」
「人の……意思……洗脳か?」
「いや、洗脳とは違う。あれは思想の入れ替えだからね。私が言う意思の操作というのは、そうだな……感情や行動、思考のコントロールと言ったところだろうか」
顎に手を当てながら、言葉を選ぶように史人が言う。
「SIAは、非公開組織だ。そのために、殺しも容認されている。だが、それであっても汚れ仕事というものは存在する。一般市民を殺す――それを心を壊すことなく平静とやってのける存在が必要になる。そのために考案されたのが、『アステリオス計画』だ」
「アステリオス……計画……」
あれは『訓練』ではなく『計画』だったのか。
「与えられた任務を疑うことなく達成し、人を殺すことに疑問を持たず、殺した後も後悔の念を抱かない――そんな機械のような暗殺者を人為的に創り出す計画。Lシステムの一端を担う存在。それを君たちは受けさせられていたんだ」
「だが……俺は……」
最終試験で亮介に刺され、死んだ――はずだったのに、
「キミを助けたのは、私だ」
「あんたが……? どうして……」
「これは言い訳にしか聞こえないと思うが、聞いてほしい」
和弘は返事をすることなく、ただ待った。
「アステリオス計画を提案したのは、私なんだ」
「……」
「だが、その内容までは関与していなかった。私が開発していたのは、あくまで大元であるLシステムだった。その一端であるアステリオス計画に関しては、IATに任せていた。だが、それが間違っていた。まさか……あんなことをさせるなんて……」
史人が両手で顔を覆い隠す。
顔向けできないのか、それとも己を恥じているのか。
史人の言う『あんなこと』というのは、つまり『
「だから、キミを助けた」
そして、和弘が意識を失っている間のことを史人が語り始めたのだった。
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