第二話 アステリオスⅠ(3)
強靭な肉体と不屈の精神を手に入れると、どんなことをされても動じず、むしろ容易くこなせるようになっていった。
どれだけ睡眠時間を削られようと、どれだけ走らされようとも、それを受け入れる下地が完璧なまでに作り上げられていたため、疑問も不満も持つことなく、ただ受け入れるということを教え込まれた。
それはある意味、この計画にとっては重要なことだった。
人を殺す術を覚えさせられた。
事故に見せかける地味な殺し方から、爆発物の扱い方まで。
支給された銃の構造を覚え、的に対する狙いは一発必中であり百発百中になるまで精度を求められた。
人体の構造を叩きこまれ、効率のいい倒し方を覚えた。
実践でそれを行うと、相手もそれを知っているため、結局は野蛮な殴り合いになった。
頭で考えるのではなく、体に臨機応変という四文字を叩きこませるのだ。
体が無意識に動き、気がつけば相手を倒しているか、倒されているか。
だから、とにかく殴り合わされた。
体に痣ができないようになってくると、それが相手の攻撃の受け流し方やダメージを極力抑えるための動きが自然とできたことの証となった。
そうして数ヶ月が過ぎ、訓練は本格化していった。
森林地帯に溶け込むような迷彩服を着た和弘は、各種装備品を詰め込んだバックパックを背に、深い森の中にいた。
今回の訓練は、山中における一週間のサバイバルだった。
だが、ただ生き残るだけではなく、殺し合いも兼ねている。
和弘の両手には、H&K社製のMP5
殺し合いとは言っても、弾は本物ではなく、ペイント弾だ。
それでも、その威力は凄まじく、当たり所が悪ければ気絶することだってある。
この訓練での目的は、生き残ること。
食料の供給はないため、山に自生しているもので凌ぐしかない。
それでも、ここに至るまでの訓練で、一週間にわたる食事制限も受けた。
固形物はなしで、口にしていいのは水のみ。
しかも、その間の訓練に手加減はない。
後半には力を出すことができず、まともに訓練もできるはずがなく、頭も回らなくなっていった。
それでも食事は与えられず、ただただ耐えるしかなかった。
食事が一切与えられなかったのは、その一度っきりだけだったが、それからも食事制限は何度となく行われた。
だが、同時に山中で口にしていい植物を教え込まれ、実食しては、体に染みこませていった。
量も質もまるで足りないが、そのわずかな食糧で空腹を忍ぶ術を教え込まれた。
それが今、こうしてサバイバル訓練で役立っているのだ。
警戒しながら進み、ベリーなどの実を目にしては、摘んで口に含む。
腹が少しでも満たされる以上に、心が満たされる感じがした。
訓練が始まって一週間が経ち、結局は誰ひとりとして遭遇することはなかった。
それもそのはずだ。
山に放り出されたのは、自分ひとりだけだったのだから。
いつ撃たれるか分からない状況のなかで、それでも生き延びようとする心構え。
一週間にわたる極度のストレスと緊張に打ち勝つ心。
他の者たちも、それぞれ別の山で同じことをさせられていたらしい。
和弘にとってはそれほど苦痛ではなかった訓練でも、やはり脱落者はいた。
相部屋に戻ると、そこには亮介が待っていたとばかりに表情をニヤつかせていた。
「生き残ったようだな」
部屋に入った和弘は、バックパックを床に放り、ベッドに腰を下ろした。
「学んだことをしていただけだ」
「確かに。わざわざ装備一式にサブマシンガンまで渡しておいて、撃つ機会がないんじゃ、退屈だったな」
「退屈? 撃ちたかったのか?」
「トリガーは引くためにあるものだ」
そう言って、亮介が右手を上げ、人差し指をくいくいと曲げて見せる。
「そういう状況下で、警戒を怠ることなく平静を保つことを目的とした訓練だったんだ。撃たなくていいなら撃つ必要はない」
「和弘――お前は、『撃つ』か『撃たない』の選択を迫られたとき、『撃つ』を選べるか?」
「言ったはずだ。必要なら、『撃つ』」
「いいや、お前は『撃たない』。正確に言うなら、『撃てない』だな」
亮介が笑む。
嘲るわけでもなく、それがお前なのだと突きつけるような、そんな笑み。
「俺はただ、理由もなく撃たないだけだ」
「その理由とやらがあって初めて、撃てるわけか」
「ああ」
「難儀な性格だな」
「自覚はしてる」
「そうか」
それだけ言って、亮介はベッドに寝転び、仰向けになった。
「いつか、それが原因で死ぬことになっても知らんぞ」
「そのときが来たら、後悔するさ」
「そうかよ」
亮介が背中を向けるようにして横向きになる。
そして、十秒もしないうちに、静かな寝息が聞こえてきた。
相変わらず、亮介に寝つきの良さには感心する。
それでいて、ちょっとした物音や状況の変化に機敏で、すぐに目を覚ます。
一度は、放送が鳴る前のノイズ音で目を覚ましたときもあった。
亮介の危機感知能力は、元来のものか、それともここで鍛え上げられたものか。
どちらにしろ、恐ろしい男だ。
話す相手がいなくなった和弘は、亮介に倣うようにしてベッドに寝転んだ。
「理由……か」
自分で言っておいて、それが言い訳なのではないか――そんな気がした。
だけど、それをなくしていいのだろうか。
そんな自問をするも、一週間の極限状態を維持した状態から解放された体はやはり疲れ切っており、和弘はすぐに眠りに落ちるのだった。
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