冴えない幼馴染の育てかた

園田智

冴えない幼馴染の育てかた

 東京、某ビルの数十階に存在している仕事場へと俺は足を運ぶ。

 それは、今日までに終わるはずの仕事をしっかりと終えるためだ。いや、厳密な話をすれば昨日までに終えるはずだった仕事を絶対に。 

 必ず終えるために……。


 現在、一会社の社長にして、小さい頃からまるっきり変わっていないオタクにして、黒髪、黒眼鏡のパッとしない今年二十といくつの成人。


 安芸倫也。


 ここ最近、やっと俺たちの会社も経済の流れというものにも乗れ、業績、人気ともども好調を維持している。

 そして、そんな成果もあり、今まさにちょっとした。いや、かなり大きな。いやいや、とても大きなプロジェクトの製作を任されていたりする。

 だから、力が入るのも当然だし、そのプロジェクトの大きさに比例するようにプレッシャーも大きくなるのも必然的であった。


 しかし、そんな会社の好調とは裏腹に、現在の製作状況は不調となっていた。

 現在問題にされていることは三つ。

 一つ目にシナリオの遅れ。物語の根幹となるシナリオが遅れていることで、そのほかの作業も例外なく遅れてしまっているのだ。

 しかしながら、これについてはつい先日解決し、今は順調に事が運ばれているため、まだかすり傷で済んでいる。

 二つ目に人員不足。俺の経営する会社は好調に乗れているとはいえ業界からすればまだまだ新参者。つまるところ経済的にも人員的にも余裕どころか、最低限の力しか持てていないのだ。だから、業界で普通とされている製作スピートについて行くのも一苦労なわけで……。

 とはいえ、こちらも我が社の先鋭の社員たち能力によって補われている。

 常人が必要とされている時間の半分。いや、三分の一の時間でことを済ませ、常人がこなせる量の二倍。いや、三倍、五倍……。

 どこかの拳法界○拳のようにその上限は限界を知ることはなく、社員たちの神以上ともいえる能力の高さによって、人員不足についてもこれまたかすり傷で済んでいる。


 だがしかし……。


 三つ目の問題がそんなかすり傷程度では済んでいなかった。それは重症。一歩間違えば致命傷ほどの大怪我……。

 イラストの遅れ。

 一つ目にあげたシナリオの遅れによって、イラストに取り掛かる時期がずれ、その分作業時間が減ったことにより、ただでさえ人員の少ない我が社において、最初から危うい状態が展開されていた。

 しかしながら、うちの総力をもってすればその遅れを巻き返せることは可能であった。

 可能なはずだったんだ……。

 突如、深夜に停電が起きたり、急にイラストレーターの一人が風邪で倒れてしまわなかったり、残されたイラストレーターが不調にならなければ……。

 その結果、昨日までだったイラストの納期に間に合わないという事態になり、その収拾のため、俺は今しがたまで相手の会社に頭を下げに行っていたということだった。


 そして、なんとか、一日だけ猶予をもらう事ができ、そのことをすぐに社員に伝え、俺が会社に戻る今までずっとイラスト作業に取り組んでもらっていた。


「今、どんな感じだ?」


 部屋の一室のドアを開けて、黙々と画面とにらめっこしている一人の社員に話しかける。

 その社員は金髪の綺麗な髪質なのに対して、今だけはボサボサというなんとも宝の持ち腐れの状態であり、着ている服装は上下スウェットという、見るからに残念な姿をしていた。

 だが、そんな彼女の眼前に映し出される一枚のイラストは煌びやかに輝きを放ち、見るものを圧倒させるものであった。


「もうすぐで終わるってところかしら」


 数十時間にも及ぶ戦いをただ一人で戦い抜き、そして、ついにその終わりを前にしても決して力を緩めることのない、今まさに大人気イラストレーターにして、俺の幼馴染にして、今は一社員。


 澤村・スペンサー・英梨々。


「そうか! なんとか間に合いそうだな」

「そうね。いきなり停電なんてしなかったら、このまま終わりそうかな」

「お前、フラグみたいなことを言うなよ!」

「それはあんたもでしょうが!」


 俺に対して、反論をしながらもやはり英梨々の手が止まることはなく、常に動かされていた。


「いい絵だな」


 英梨々の描く美麗なイラストを後ろから盗み見るように眺めながら、俺は率直な感想を告げる。


「当たり前でしょ。期限は守れなかったとはいえ、全力を尽くさないといけないことには変わらないもの」

「そうだな」


 彼女から返って来た言葉は彼女がまだ同人活動で才能を開花させていた時から言っていた口癖のようなポリシーであった。


「それはそうと、ほかのメンバーはどうしたんだ?」

「さすがにご飯を食べに行ったわよ」


 英梨々にそう言われて改めて時計を見ると、時刻は夜の九時を間も無く迎えるところだった。


「お前はいいのか?」

「いいわけないでしょ。こっちは朝食べてから何も食べていないのよ?」


 朝食をとってから何も食べていないというのは十中八九イラストの製作をしていてそれどころではなかったことを指すのだろう。

 ここまで、様々なトラブルがあったとはいえ彼女の今日の頑張りがあったからこそ、今日中にイラストを納品できることは明白であった。


「だったら、何か食べたいものあるか? 俺もまだだから買ってくるぞ」

「そうね〜。改めて聞かれると悩むわね」


 右手でペンをくるくるさせながら、左手ではキー操作でイラストの全体像を見ながら、俺の質問に対して、思いを巡らせる。


「カップ焼きそばでいいかな」

「焼きそばって、お前なぁ……」

「いいでしょ。あんたの家にも焼きそばくらいならあるでしょ?」

「あると思うけど、本当にそんなのでいいのか?」

「えぇ。もう終わるからあんたは焼きそば作っておいて」

「わかったよ」


 英梨々の申し出を受けて、俺は仕事場である部屋から抜け出し、直ぐ隣にある自宅へと向かう。

 家の鍵でドアを開けて、中に入る。

 暗くなった部屋に電気で光を灯して、キッチンに立つ。


「えっと、なにがあったけな……」


 俺は体を屈めながら、家に置かれていたカップ焼きそばに目を通していく。とはいえ、俺の家にはそんなカップ焼きそばに頼らずとも、台所を担ってくれる人物がいるので、種類は少なかった。

 おいてあった二つのカップ焼きそばを手に取り、慣れた手つきで封を開け、容器の中からかやくや調味料を取り出す。

 そして、給湯器に水を入れ、沸騰するのにしばしの時間待つ。

 SNSでアニメやイベントの情報を見ていると、給湯器はすぐに音を立てて、沸騰する。

 お湯を焼きそばへと注ぎ入れて、焼きそばの上には中に入れる調味料を乗せておく。


(そういえば、この焼きそばって……)


 不意に自分が食べようとしている焼きそばを見て、哀愁に駆られる。

 それは、俺たちが高校生の時から、そしてもっと昔から様々な人々に愛され、生産されている一つであった。

 そんな様々な人に愛されている焼きそばは俺たちにも長年愛されていた。


(あの時も一緒に食べたっけな……)


 それは、今のように期限に追われ、英梨々が一人で雪山の別荘に泊まり込み、そして、高熱を出して倒れてしまった、淡く、苦い思い出。

 あの時は結局期限には間に合わず、少しばかり二人だけで現実逃避していたそんな苦いはずだけど、どこか心地がいい思い出。

 そんな時に食べていた焼きそば。

 でも、その焼きそばはそんな二人がお互いの傷をかばい合うような時からずっと前。二人がまだそれぞれの夢を語り合っていた幼少期から食べていた懐かしい味。

 ご飯を食べる時間すら惜しくて、よく焼きそばを作って、すぐにお昼ご飯を済ませて、二人でギャルゲーだの、乙女ゲーに時間を投げうっていた思い出。

 今思うと、小さい頃の俺たち二人はかなり世間の子供とは捻くれた生活をしていたのかもしれない。

 とはいえ、かたや俺の両親たちは俺のすることに口は出さなかったし、英梨々の両親についてはあの時の俺たち以上の二次元廃人であったことにはまちがいない。

 そんな幼少期もあり、この焼きそばは俺たちと一緒に成長した。そんな風に感じてしまうのだ。

 そして、俺と英梨々がそれぞれの成長を遂げたように、この焼きそばも味や値段を時代とともに変化させていった。

 カップ焼きそばに哀愁を感じるなんて、いささかおかしな話だが、俺たち二人にとっては思い出の味だと言うことには違いない。


 そんな一人思い出に浸っている間に三分という時間は過ぎており、俺は慌てて容器の中に入っていたお湯を取り出す。

 そして、慣れた手つきでカップ焼きそばに調味料を加え、割り箸でかき混ぜていく。

 その工程を二回繰り返して、湯気が立ち上る焼きそばを手に持って、自宅を後にすると、さきほどまでいた仕事場へと入る。


「ほら、できたぞ」

「う〜ん。そこに置いておいて。もう終わるから」


 机の上に英梨々の分の焼きそばを置いて、冷蔵庫からお茶を取り出してそれぞれのコップにお茶をそそぎ入れる。

 そして、俺は先に食べてるぞと言う言葉を残して、焼きそばを口の中へと入れる。

 昔から変わらない濃厚な味に、麺の食感。この焼きそばを好んで食べている人たちよりも絶対に多くの量を食べているであろう俺ではあったものの、この味に飽きることなどなかった。


「おわった〜!」


 俺が箸を進めて、しばらく経ってすぐに英梨々が座っていた椅子からこちらへと来て、俺と同じように座って、焼きそばに箸を入れ、口元へと焼きそばを運ぶ。


「お疲れ様」


 英梨々は一度、箸を置いて近くにあったお茶を飲む。


「本当に。今回もきつかったわ」

「その言葉がなんか英梨々らしいな」

「なによ。いかにも私が期限を守れない絵師みたいな言い方」

「まぁ、それについては遠からずとも近からずって感じだよな……」


 実際、期限を超えてしまったことは数少ないが、かといって期限に余裕をもって制作しているところを見たことがない。

 しかし、そんなところが英梨々なのだと思う。

 決して妥協することを許さず、ギリギリまで良いものを作り上げる。それゆえの時間配分なのだと。


「それにしても、これだけの死線をくぐってきて最初に食べるものがこれなんてね」

「お前が食べたいって言ったんだろ?」

「そうだけどね〜」


 屁理屈を言いながら、俺の作った焼きそばを口に運んで行く英梨々。

 その口ぶりとは裏腹にその手が止まることはなく、淡々と焼きそばを食べていた。


「ご馳走様」


 お腹をすかせていた俺たち二人はすぐに作ってきた焼きそばの容器を空にさせ、晩御飯を終えてしまう。


「それじゃあ、後は任せたわよ」

「あぁ、任しておけ」


 俺は英梨々からもらったイラストたちを整理して、すぐに相手の会社へとパソコンで送る。


「よし。これで、大丈夫だ」


 やっとの事で仕事を終え、俺はすぐにそのことを社員に伝えるためメッセージアプリを開くと、そこには数件のメッセージが届いていた。

 それは時間が早いものから、外に食べに行くことや、食べ終わったら現地解散するということだった。

 俺は了解の言葉と無事納品できたことを伝え、携帯を机におく。


「みんな現地解散してるみたいだけど、英梨々はどうする」

「そう。私は少しここに残っていくかな」

「なにかやり残したことでもあるのか?」


 そんな俺の質問に対して立ち上がり、先ほどまで作業を行なっていたパソコンの前まで向かい、席に着く。

 そして、おもむろに一つのゲームを立ちあげる。


「おい! なんで、ここでギャルゲーをしようとしてるんだ!?」


 英梨々が立ち上げたゲーム。それは間違いなくギャルゲーであり、その可愛らしいイラストとBGMからして、つい先日に発売された最新作のゲームであった。

 さらに言うならば、俺も買っていたギャルゲーであった。


「だって、やりたくてやりたくて、そのために仕事だって頑張ってきたんだから! それに、ここのパソコンスペックいいし」


 英梨々は理由を並べながら、今も止まることなく画面を操作していく。


「わ、わかった。それじゃあ、俺は家に帰るから……」


 その場から一刻も早く立ち去ろうと、目の前にあった焼きそばの残骸を手に持ち、立ち上がる。


「お、幼馴染の限定シナリオもあるんだけど……?」

「うっ!?」


 しかし、英梨々の魔の一言でその行動が停止する。

 今回の俺たちが買ったギャルゲー。『今日、君の何かになる』は大人気シナリオライターに大人気イラストレーター。その他諸々の大人気な人たちによって作られた超大作。

 オタクである俺はもちろん、その情報を誰よりも早く入手し、先日の発売日のために準備してきた。

 しかし、そんなある時、俺の会社のアクシデントと、このギャルゲーの告知情報が重なったことによって、俺は一つの告知を見逃すこととなった。それが、英梨々の言うそれぞれのキャラに別れた限定シナリオがついた限定版の発売だった。

 主要ヒロイン四人のそれぞれエンディングを迎えた後に発生する限定シナリオ。それらが一つずつ別で発売されるというものだった。

 その価格は通常価格とは変わらないものであったが、全てのヒロインを愛でる人種からしたら大炎上待ったなしだった。なぜなら、それぞれの限定シナリオを見たいのであれば、同じものを四つ買うのと同義であったからである。

 とはいえ、その衝撃情報によってSNSではバズり、商品が発売された現在、またその話題で持ちきりになっている。

 自分はこのヒロインの限定シナリオを買ったとか、全ての限定シナリオを買ったなどという猛者もやはりいた。

 そして、俺みたいに様々な要因によってどの限定シナリオも買えなかったという人もいたのだった。  


「べ、べつに。どうせいつかは全てを合わせた特別版が出るから、それまで待てばいいだけの話だろ……」

「そう。ならいいわ。それまであんたが待てるっていうのなら私は一人でやるだけよ」


 英梨々の操作する画面をちらりと見ると、すでに画面にはゲームの映像が流れており、後一つ操作すれば、ゲームが始まってしまうところだった。

 普通なら、大人しく一緒にゲームをすればいいだけの話であった。今まで二人で同じようにギャルゲーだってやってきたし、そこに対する抵抗なんてものはお互いになかった。

 それに俺としても、別に自分が買ったものでやりたいというような独占欲的なものもなかったのだ。

 しかし、たった一点だけが。

 一つの条件が俺の決断を迷わせていた。


“R18”


 つまり、エロゲーだったのだ……。

 今までなら、すぐにでも一緒になってやっていただろうが、俺たちも大きくなり気づけば十八歳どころか、二十歳を超えていた。心も体も大人になっていたのだった。

 だから、今まで買えなかったようなゲームも買えるようになっているわけで、こうして今までは手を出せなかったエロゲーにも手を出していた。

 そして、そんなエロゲーを英梨々と一緒にやろうというのだ。

 さらに、今からやろうとしているのは幼馴染ルートの限定シナリオ版。先にも述べたように、幼馴染ルートのエンディングを見ることで解放される限定シナリオ。

 つまり、エロゲーでエンディングを迎えるということは、そういう行いを通過することを意味しているのだ。

 そう考えるだけで、俺がこの場ですぐにイエスと答えられない理由がわかったと思う。


「もう始めるわよ?」


 英梨々のマウスカーソルはすでに、“はじめから”に合わされており、クリックひとつで物語が始まってしまう寸前であった。

 俺は頭の中で様々な考えや、葛藤を巡らせながら決断する。


「はじめてくれ」


 俺の言葉とともに、パソコンからは軽快なスタート音が鳴る。

 そして、俺たち二人は画面前で、物語の始まりに胸を高鳴らせていた。




 ゲームを始めてから早一時間弱の時間が経っていた。物語は起承転結の起を終え、承の段階へと入っていた。

 ギャルゲーにおいて承というのは重要な場面でもある。なぜなら、ギャルゲーにおいてその段階でルートが確定することがあるからである。

 英梨々もそのことは百も承知で選択肢が出るとすぐにセーブを行う。

 しかし、英梨々の選ぶ選択肢に毎度のごとく迷いはなく、すぐに相手の言葉に対して返事をする。


「お、おい、英梨々?」

「なによ?」

「お前、そんなに考えもなく返しても大丈夫なのか?」

「失礼ね。これでも考えてるわよ」

「いや、それにしても選択が早過ぎるだろ……」


 英梨々が選択を終えるまでに、まず、選択肢が出たと同時にセーブを行い、そして、二、三秒画面を見ると迷うことなく選択する。

 この間。十秒足らずの出来事。

 流石の俺でも素直に楽しむ分にはそれでもいいが、今回は幼馴染ルートに行きたいのだ。つまり、一つの選択肢ミスで別ルートに入ってしまうことも十分にあり得る。だから、慎重に選ぶためにも俺でも一分は選択に迷う。


「もしかして、幼馴染ルートとか関係なしにプレイしてるのか? 別に悪いことじゃないが、俺、幼馴染ルートの──」

「何言ってるのよ。幼馴染ルートに決まってるでしょ」

「じゃあ、もう少し慎重にだな……」

「あんたは少し黙ってなさい」

「はい……」


 英梨々の視線は一度として画面から離れることはなかった。ゲーム画面とそんな淡々とシナリオを進める英梨々の姿を見て、黙ってなさいと言われたにも関わらず、俺は英梨々に言葉を投げかけてしまう。


「なんか、久しぶりだな」


 英梨々はやはり画面から視線をずらすことなく、淡々に。いや、少しクリックするタイミングが遅れたようにも感じたが、俺の気のせいだろう。


「なによ、突然」

「いや、こうやって二人で並んでゲームするの、すっげー久しぶりだなって」

「そうね。那須高原のあれ以来かしら」

「もうあれから何年も経つんだな……」

「そうね……」


 あの時から数年、数がヶ月の月日が経ち、俺たちはそれぞれで各々の変化をしていた。

 でも、こうやって二人ともオタクであることは変わらずにいたのだった。


「あれから全然変わってないわね、私たち」

「そんなことないだろ。英梨々はあれからさらにイラストレーターとして有名になったし、俺だって、こうやって会社の社長だぞ?」

「私はともかく、あんたのそれは肩書きだけだけどね」

「確かに俺とお前を比べたら俺は全然だけど、それでもあの時のことを語り合えるだけの成長はした」


 俺たちがまだ二次元という世界にハマったばかりの頃に、語り合った小学生の突飛ない絵空事。

 いつしかその絵空事は、それぞれの差を歴然とさせており、叶うことがないと思われた。

 だが、いつしかその二人の足取りは収束しており、力の差はあれど、二人の思い描いた絵空事の世界へと導かれていた。


「そうね……」


 英梨々の返事はどこか元気がなく、今にも消え入りそうな声だった。

 それは、これまでの作業の疲れからくるものだったのか、俺との差が埋まってしまったことによるちょっとした苛立ちのようなものなのか。

 はたまた、全く別の要因なのか。

 その時の俺には全く。これぽっちもわからなかった。


「にしても、倫也が社長ね〜。何が起こるかわからないわね」


 英梨々の言うように、俺自身かなりの紆余曲折の末、今の地位に立っている。

 いや、立てているといってもいいだろう。

 何しろ、俺だけの力では決してここまでくることはできなかったのだから。

 これまでに会ってきた人たち。そして、今日まで俺のことを支えてくれた誰かによって今の俺がいるのだから。


「そうだな。俺も改めて考えると、なんでだろうなって思うよ」

「そこは、胸張って、全部俺の力だ! とか言って見なさいよ」

「おい、俺はそこまで傲慢ではないぞ」

「あんたじゃなくて、社長だの、プロデューサーだの、上の人間っていうのはそういうもんでしょ?」

「いい加減、お前のその捻くれ過ぎた価値観直そうな……」


 気づけば、定番となっている英梨々やもう一人の誰かの価値観だが、いつからこんな考え方になったのか。


「でもさ、だったらなんで私は今日まで普通は複数人でやる作業を一人でやらされていたのかしら?」

「それについては、誠にすみませんでした」

「そうやって、すぐに頭さえ下げれば、許されるって思ってるところも上の人間ぽいよね」


 俺の渾身の土下座であったが、英梨々のその言葉で一蹴されてしまう。

 あれ、俺ってもしかして逃げ場ない……?


「冗談よ、冗談。たしかに一人の作業はきつかったけど、それ以上にバックアップがしっかりしてたから、そこまで思ってないわ」

「英梨々……」

「ほんと、逆に良かったかも。どこかのひよっこ絵師がいると作業増えるから。修正とか、訂正とか、悪口とかしないといけないから」

「おい、最後のはどうなんだ……?」


 ここにはいない、現在風邪が治り、大事をとるためにもうしばしの休養をとっている絵師に向かって俺たちは思いを馳せる。


「あぁ。そういえば、他にも変わってるところあるわ」

「なんだよ」

「これよ、これ」


 そう言って、英梨々は指差しているのは目の前の画面だった。


「なんだ? ゲームハードがコンシューマからパソコンに変わったとかか?」

「違うわよ。ゲームよゲーム」

「ゲームってお前。別に今も昔も……」


 そう考えを巡らせた瞬間、英梨々の言いたいことを理解する。

 今までの俺たちとは確実に違うもの。

 年齢によって変わったゲーム内容のことを。


「な、なんでそんなこと言うんだよ!!」

「なに、倫也。まだそんな反応するの? さすがにきついよ。二十いくつにもなって。しかも、倫也に限ってはもう──」

「やめろ! 俺たち以外にも聞いてる人がいるかもしれないだろ! それ以上はダメ!」


 これ以上は俺たち以外の誰かに影響を及ぼすので、伏せておくとして……。


「何言ってるのか、わからないけど、ちょっと黙って」

「あっ、はい」


 英梨々の言葉に促され、だんまりをきめて画面を見ると、すでに物語では主人公が幼馴染に告白するところであった。


(一発で幼馴染ルートに入ってる……)


 英梨々の選択はどうやら見事幼馴染ルートに分岐していた。俺もそれなりにギャルゲーをやっているが、英梨々のあの選択の早さには流石に脱帽した。


『ねぇ、あの時のこと覚えてる?』


 画面の中の幼馴染ヒロインが主人公に問いかける。

 その声は可愛らしく、その幼さが若干残る見た目にマッチしており、とても心地よいものとなっていた。

 そんな可愛らしさに反して、髪の色は金髪と派手な印象があるかもしれないが、逆にその金髪がその女の子の神々しさともいうのか、凄みを増していた。


『あぁ、もちろん』


 主人公の言葉で画面では二人の幼少期の回想シーンへと入る。

 そこでは、主人公と幼馴染のヒロインが家の中でおままごとをしている風景が映されていた。


『ねぇ!』

『なんだよ?』

『大きくなっても、またこうして二人で一緒にいようね!』

『当たり前だろ。幼馴染なんだから』

『そうだね。えへへ……』


 そして、画面は今へと戻る。


『もう一度言うよ?』


 ヒロインと主人公の距離が一気に縮まる。

 その距離はすでに男女の距離よりも近く、そして幼馴染としての距離感。

 まさに、今の俺と英梨々の距離よりも近い距離感であった。


『これからも、私と一緒にいてください』


 彼女の告白に対し、主人公の思いが語られる。

 そして、間も無くして主人公の答えが返ってくる。


『もちろん。俺の彼女としてこれからも一緒にいてほしい』


 主人公が返答した瞬間。画面は変わり、二人が抱き合うシーンへとなる。

 主人公はその大きな体で小さなヒロインを優しく抱きしめ、ヒロインは目元に涙を浮かべながら、その小さな体で主人公のことを強く抱きしめる。


「うっ、うっ、うぅぅぅぅ……」


 そんなシーンを見ていたら、俺は必然的に涙が溢れてきてしまう。

 二人のこれまで、そして、そんな主人公の元に現れた幾人もの魅力的なヒロインたち。そんなヒロイン達に最初はたじろぐ幼馴染ヒロインであったが、徐々に主人公へのアプローチを強め、最後は二人の長年の見えない力の大勝利という幼馴染の真骨頂がそこにはあった。


「ちょ、ちょっと倫也。な、泣くなら静かに泣きなさいよね……」

「そんなこと言ったって、お前だってボロ泣きじゃないか……」

「う、うるさいわね……」


「『うわぁぁぁぁぁぁぁぁん──』」


 その後、二人はしばらくの間泣き崩れ、さらには感動のシーンということで俺たちの気持ちを増長させるように安らかで清らかなBGMが俺たちの涙に拍車をかけた。

 結局、俺たちがそのシーンから前に進むのに約三十分の時を要した。

 そして、それからは主人公と幼馴染が付き合い始めたことを周りのヒロイン達に告白するシーンの連続。

 あるヒロインは、二人のことをだまって賞賛する。

 また、あるヒロインは笑顔で二人のことを賞賛する。しかしながら、そんな二人が去った後、一人でに天を仰ぐ。

 そんな、二人の知らない世界を俺たちはこうして知ることで、先ほどまでで止まっていた涙が再度噴き出してくる。


「うっ、うぅぅぅ……」

「ちょっと、いつまで泣いてるの?」

「だって、主人公と結ばれることを願っていたヒロイン達のはずなのに、こうやって主人公のために笑顔でその自分にとっては悲劇とも言える事実を受け入れている健気さが……。うっうう……。泣けるだろ……」


 先ほどのシーンから涙を拭うために持ってきていたティッシュを手に取り、俺は自分の目元の涙をぬぐい、再び画面に集中する。


「泣けないわよ。幼馴染の大勝利じゃない。他のヒロインがどうあれ、最終的には幼馴染の努力が実ったのよ。それ以外のヒロインなんて負け犬でしかないわ」

「お前、それ本気で言ってるのか!?」

「えぇ、本気も本気よ! 恋は戦なの倫也。戦にずるいも卑怯もないのよ」

「どこかのアニメの受けおりみたいなセリフはやめろ!」

「あんたも、恋に理想論を持ち込むのやめなさい!」

「二次元に理想を持ち込まなくてどうする!?」

「理想だけの世界に本当の愛はない!!!」


 そんな、もう夜も更けてしまったのに大声で言い合いをする二人。

 二人の後ろにある時計が指す時刻はすでに日付が変わる頃合いまで来ていた。




 夜も更け、そして俺たちが見ているギャルゲーの物語も折り返し地点を越え、クライマックスへと向かおうとしていた。


 そして、ギャルゲー。すなわち俺たちのこのエロゲーに関してはそのクライマックスまでに必ず通過しなければいけないシーンへと来ていた。

 画面の中では、幼馴染の自室に主人公が訪れ、淡い二人の幼少期を思い出しながら、おうちデートを勤しんでいた。

 ゲーム内も俺たちの世界ほどではないが夜になり、画面も少しばかり暗くなる。BGMもこれまで和やかなものから、静かでロマンチックなメロディへと変わる。


『ずっと、こうしたかった……』

『わ、わたしも……。ずっと、この瞬間を待ってたよ?』


 ここにくるまでに俺は覚悟を決めていたいつもりだが、いざこうしてそのシーンが来てしまい、先ほどまでの熱は何処かに消え、とんでもなく冷静になってしまっていた。


「なぁ、英梨々。ここは飛ばした方がいいんじゃないか……?」


 俺の言葉に対して、英梨々は聞く耳を持たなかった。ただただ画面を見ながら、マウスをクリックしていた。


『こっちきて……』


 ヒロインのその言葉の次の瞬間。シーンは変わり、幼馴染ヒロインの優麗なイラストシーンへと移り変わる。


「え、英梨々──」

「うるさい」

「はいっ!」


 英梨々は俺の言葉を強い怒気混じりの声で制すると先ほど同様にシーンを淡々と進めていった。

 それからは、深夜の仕事部屋に響く幼馴染ヒロインの可愛らしい声を俺と英梨々はただただ聞いて、見ていた。

 画面の中ではすっかり朝になり、俺も少しばかりの心の休憩をしてから、その後、画面の中では第二回戦が始まっていた。

 そして、二回などだけでは済むはずもなく、その後三、四といくつものそういうシーンを迎えた。

 そのたびに、俺は目を背けたくなりながら、チラチラと画面を見ながらなんとか話についていっていた。

 そんな中、英梨々はというと、長年そういうシーンがある漫画を描いている影響か何事もないかのように見ていたのであった。


『ここだったね』

『うん。私たちがあの日約束した……』

『きっと幸せにしてみせるよ』

『大丈夫だよ?』

『えっ?』


 主人公の申し出に対して、拒絶反応のような言葉を投げ返す幼馴染ヒロイン。

 しかし、もちろんそれは拒絶反応などではなかった。


『だって、もう幸せだから!』


 画面では二人は抱き合い、そして、ゆっくりとEDの曲が流れ始め、同時にこれまでのシーンをまとめた映像が流れ始める。


「お、終わったなぁ……」


 気まずい雰囲気に入ってからはや三時間もの時間が過ぎており、その間ずっと変に力が入っていたため俺はやっとの事で肩から力を抜いた。

 とはいえ、これから幼馴染限定シナリオがある。

 もちろん、本編のシナリオも十分楽しみであったが、むしろそちらが本命といっても過言ではない。

 本編では最終的に二人は同級生ということもあり、高校を卒業し、そして別々の大学へと進学した。

 それは、お互いに目指している夢があったため、そのことを考えると一緒の大学に進むよりも、別々の大学に進んだ方がいいという二人の判断であった。

 二人はしばしの別れとなるが、それでも互いにそれが相手のためだという判断であった。

 その後、二人がどのくらい会っていたのか。それとも、全く会っていなかったのか。そして、あの後の二人の運命はどうなったのか。

 考えれば、考えるほど二人のこれからが気になっていた。

 おそらく限定シナリオではそのあたりのことを語られるであろうと容易に予測できるためおのずと期待も膨らむ。

 画面ではEDも終わり、タイトル画面へと戻される。

 そして、画面にはAfterと書かれた文字が浮かび上がってくる。

 もちろん、英梨々はその文字の元へとマウスカーソルを持っていく。

 しかし、Afterの上に乗ったままマウスカーソルは動作を停止していた。


「ねぇ、倫也……」

「なんだよ?」


 マウスに手を置いたまま、動こうとしない英梨々。

 表情に至っては、俯いているため伺えない。


「この後どうなると思う?」

「このあとどうなるって、もしかして考察が聞きたいのか?」


 英梨々は何も言わずに、ゆっくりと首を縦に振った。

 突然のこと。そして、急に塩らしくなってしまったことに違和感を感じつつも俺は思考を巡らせる。

 英梨々の突然の申し出だったとはいえ、別に今までにこういったことがなかったというわけでない。子供の頃から、展開を予想したりして、楽しんでいた。

 それこそ、一緒になって遊んでいた頃はどの選択肢で、どのキャラと結ばれるかなどを二人で考察して、当てあいっこなんかもしていた。

 もちろん、当たったり、外れたりしてお互いにそのことで笑ったり、悔しがったりもした。

 俺が勝つと、英梨々が今度こそ当てると意気込み。英梨々が勝つ、俺が今度こそ当てると意気込んだ。

 そんな思い出に浸りながら、俺は考えを巡らせる。

 画面の中の二人のこれからについて。


「そうだな。まず主人公と二人は結婚してるかな。そんでもって、子供ができているみたいなシナリオかな〜。あと、これはまだ考え中なんだが、大学時代二人は一度も会っていないって方に俺はかける。会っていてもおかしくないだろうけど、やっぱり、二人のあの時の決意は固いはずだから、そう考えると二人は四年間一度も会うことなく、愛を深め合い、そして再び会った時にその愛が最強のものとなる。うん。これだ!」


 英梨々に俺の考察を語りながら、自分の考察に自信をもち、高らかに宣言する。

 そして、今までずっと俯いていた英梨々は顔を上げて、どんな考察を聞かせてくれるかと思ったら、いきなり笑い始めた。


「お、おい! なんだよいきなり」

「あはははっ! いや、倫也ってそういうの好きだなぁって思って」

「な、何だよ……。いいだろ、別に。それよりも英梨々はどうなんだよ?」

「どうって、この後の展開?」

「そうだよ。お前が言い出したんだろ?」

「あぁ、そうね……」


 マウスカーソルを画面上でくるくるしながら、いかにも考え中の様子を見せながら、英梨々は語り始める。


「まず、二人は結ばれないわ」

「なにいってんだよ、最後結ばれてたぞ?」

「えぇ、気持ちではね」


 英梨々が何を言っているのか、いまいちわからなかったため、とりあえず英梨々の考察を黙って聞くことにした。


「物語の最後で二人は結ばれた。でもそれは気持ちという意味で。再会した時に結婚しようってね」


 英梨々の口調は考察にしてはどこか自信のあるもので、それ以上に何かの確信を得ているかのような口ぶりだった。


「結論を言うと、二人は結婚なんてしないわ。あと、主人公はともかく幼馴染ヒロインは別の人とできているってところかな」

「ちょ、ちょっと待てよ。いくらなんでもそれはないだろ……?」

「少なくとも結婚だけは絶対にない。そして、幼馴染ヒロインが寝取られてることも揺るがないかな?」

「まて、まてって! 確かに十八禁のゲームとはいえ、いくらなんでもそれはないだろ! お前の同人じゃあるまいし」

「私の同人は関係ないでしょ!」


 これまでのシナリオを考えれば、英梨々のような考察が出てくることはどう考えてもおかしかったのだ。本編中にそういったえぐみのようなものもなかったし、純情待った無しだった。

 他のヒロインではもしかしたらそういうシーンが見え隠れするのかもしれないが、この幼馴染ヒロインに限ってはそれだけは絶対なかった。だから、英梨々のこと、そして彼女の同人のことを言わずにはいられなかった。


「じゃあ、見るけど後悔しないでね?」

「当たり前だろ! 早く見せてくれ」


 そして、俺たちは幼馴染の限定シナリオを見ることとなった。

 その結果……




『おらっ! おらっ!』



「え…………?」


 英梨々の考察通りの世界がそこには広がっていた。

 主人公はその後自分の夢にまっしぐらになり、幼馴染ヒロインはそんな主人公についていこうと必死に努力する中、ガラの悪い男に捕まり、目の前で悲惨な事にあっていた。


「う、うそだ…………」


 俺は先ほどまでとは全く異なる涙を流しながら、目の前の惨劇を見つめていた。


「見事なまでのNティーRね」


 淡々とセリフを進めていく英梨々。


「な、なんで、わかったんだよ! 何でこうなるってわかったんだよ!?」

「あんた、今作のスタッフ見てなかったの?」

「はぁ!? 見てるに決まってるだろ。大人気シナリオライターに大人気イラストレーター。さらには超有名声優陣。そんなのは、情報が発表されてから──」

「じゃあ、幼馴染ルートを書いていた人は?」

「幼馴染ルートを書いていた人だと……?」


 英梨々は目の前の悲惨なシーンをセーブして、タイトル画面に戻り、ギャラリーのところから先ほどの幼馴染ルートのEDを選択し、流し始める。

 そして、まもなくしてスタッフロールが流れ、そこにスタッフの名前が表示される。


「この名前に見覚えあるでしょ?」

「見覚えって…………。あっ」


 その名前が下から上に流れ、名前が上に行ききる既のところで俺の記憶に一つの情景が浮かび上がってくる。

 それは、幼少期の英梨々といつものようにゲームをしていた時のこと。

 今みたいにゲームを楽しんでいた俺たち。どちらの考察が正しいかという。

 その次の瞬間、俺たちは今のような惨劇を目の当たりにした。

 そして、二人して大ブーイング。あの時はまだ、ただのギャルゲーであったため今みたいにひどくはなかったが、しかしながら、非情な結果は変わらなかった。

 当時の俺たちはスタッフロールを見て、その名を心に刻み込んだのだった。


「あの人か……」

「やっと思い出した?」

「あぁ。だから、あんな考察をしたのか……」

「まぁそういうこと。あのあと私は個人的に調べたりもしたから、だからこの人の傾向を知っていたの。まぁ、あんたのことだから、あれ以降この人のことについては触れなかったのでしょう?」


 英梨々の言う通りだった。俺は知らず知らずのうちにこのかたのことを避けていた。それが意図したことではなかったとはいえ、こうして英梨々にスタッフロールを見せられるまで気づかなかったのだから。


「ちなみに、この人の作品。紅坂朱音は大好きらしいわよ」

「あの人らしいな……」


 ここにはいない、この作品に登場するスタッフ達と肩を並べるほどのすごいクリエイターのことを俺たちは想像する。


「それにしても、ここまで予想通りだと、私もやばいわね……」


 ことごとく、英梨々の予想通りになってしまったあの限定シナリオのシーンを頭の片隅で思い出しながら、あることを思い出す。

 それは、英梨々が先ほどスタッフロールであの人の名前を見せた時に一緒に思い出したこと。


「そういえば、小さい頃から幼馴染ルートの考察だけは英梨々、外したことなかったよな」


 幾度として、二人で競い合っていたが、今思い出すと幼馴染の話だけは英梨々は滅法強かった。まるで、この後の展開を事前に分かっているかのように当てていた。


「まぁ、あの作品で初めて外したけどね」

「しょうがないだろ、これは……」


 先ほど見たばかりのEDを流しながら、俺たちはそれぞれの過去に想いを馳せる。


「ほんとに、幼馴染ってへんな肩書きよね」

「そうか?」

「主人公と長いこと一緒にいるくせに、最後の一歩が踏みこめないし。心が通っているはずなのに、本当の意味では通ってないし。あと、どれだけ培ったものがあっても、ある時の出逢い一つで、運命一つでゼロになっちゃうんだから」


 俺は頭の中で様々なヒロインを思い浮かべながら、一人の女の子のことを最終的には思い浮かべる。

 幼少期ずっといっしょにいて、その後しばらくの期間は空いたけど、それでも昔のようにお互いの想っていることが通じ合っているように話題が絶えなかった。でも、どこかお互いの思いが重なっておらず、仲違いもした。

 そして、たった一度の出逢いで、その運命とやらである種の関係に終止符が打たれた。

 思い当たるからこそ、英梨々の言っていることが痛いほど分かってしまう。

 そんな気持ちに駆られてしまったから、俺は言わずにはいられなかった。


「だから、幼馴染なんじゃないかな」

「……なに? それって皮肉?」


 英梨々からしたら皮肉に聞こえたのかもしれない。

 いくら頑張っても幼馴染というものはその程度の肩書きなのだと。


「そうじゃなくてさ……」


 しかし、俺が言いたかったことは皮肉でも、哀れみでもない。

 それは、幼馴染という唯一無二の存在にしかないもの。


「一番近いようで、一番遠いからこそ魅力的なんだよ。幼馴染って……」


 当たり前のように近くにいることで、相手がたとえハーフの美少女だろうが、お金持ちの家の愛娘だろうが、二次元が大好きな女の子だろうが、はたまた、エロ同人誌を描いていようが、その業界でどれだけ地位の高い位置にいようが、変わらないでいられるポジション。

 それが、幼馴染という世界で唯一許されたポジションなんだと。


「なによそれ……。倫也のくせに、生意気……」

「まぁ、一応俺もシナリオライターしてるから……」


 そして、こうやって近いようで遠いからこそ、距離を埋めて話せるのだから。

 相手がどうだからとか、なんだからではない。


 “幼馴染”だからの関係なのだ。


「もう寝る」

「おい、英梨々……」


 いつしか俺たちの座っていた椅子はひっついており、それに乗じて英梨々は俺の肩に頭を預けてくる。


「たく、しょうがない幼馴染だな……」


 すでに夢の中にいる英梨々は背中に携えて、仕事部屋に置いてある敷布団を引いてそこへ寝かせる。


「さて、俺も……」


 俺ももう一つの敷布団を引いて、横になる。


「おやすみ、英梨々」


 世界はすでに光を照らし始めていたが、俺たちはまぶたの黒い世界へと誘われていた。


 そして、俺たちはひっつくこともなく、しかし、決して離れることのない。

 人一人が入らないような距離感で肩を並べて眠った。

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冴えない幼馴染の育てかた 園田智 @MegUmi0309

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