第2話 落下
ふとっちょの嫁は、表情を変えずにこちらを見ている。
ゲームキャラクターなのだから当たり前なのだが、自分がゲームのキャラクターになってみると、いくぶん不気味だ。
「崖から落ちるのかぬ?」
まあ、信じられないことも分からなくはない。
普通にゲームをしていると、逆に落ちないように気を付けるものだ。
気を付けていても落ちるのだから、崖から落ちるのは悔しいものだ。
『そうなのだよ』
「何のために、そんなことをするのかぬ?」
まあ、当然の疑問だろう。
しかし、やらねばならぬ。
『ソウルインプットを使った時のゲームオーバーが、どうなるのか確認するのだよ』
「……ふうん、そうなんだ」
ふとっちょは、微妙な反応であるが関係ない。
私たちは、そのままジャンピングポイントに向かい、村周辺にある崖に向かった。
ジャンピングポイントから飛んだ先は、村の近くにある崖の端っこだ。
着いて直ぐに崖がある。
「ロボ氏、崖だな」
目の前に崖がある。
「早く行くんだな」
少し走れば、すぐ崖だ。
『ふとっちょよ、とりあえずきさまが崖から飛べ』
まずは、ソウルインプットしていないキャラクターで試すのが良かろう。
「へ? 何で僕が飛ばないといけないんだぬ?」
『ソウルインプットは、まだ出来たばかりのシステムなのだよ。ここは慎重に行きたいのだ』
もし、何か問題があれば、私は消えて無くなるかもしれない。
「ふ~ん。ロボ氏ビビってんのかな?」
『きさま! 誰に向かって言うておる! さっさと行くのだよ!』
「……分かったんだな」
ふとっちょはしぶしぶ崖に向かっていく。
「じゃあ行くんだな」
そう言うと、直ぐに崖から落ちた。
ふとっちょが落ちていった崖をのぞき込むが、既にふとっちょの姿は見えない。
このゲームでは崖から落ちると、他のプレイヤーからはすぐに姿が見えなくなるシステムだ。
実際に確認して思うことは、それでは面白くないということである。
できれば他プレイヤーが落ちていく姿は、しばらく確認できる方が楽しいではないかと思ってしまう。
実際にプレイしているから気づく改良点。
やはり、開発者自らプレイするというのは大切であると、改めて思わされる。
「どうだったかぬ?」
不意に後ろから声を掛けられる。
崖をのぞき込んでいる最中に、急に声を掛けられたのだ。
『なっおっあっはっ』
あまりにも驚き過ぎて、頭から崖下に落ちそうになってしまう。
バランスを保つために前に後ろに、右に左にと体をくねらせて、両手をバタバタとしている。
すると、か細い手が私の手首をつかみ止めた。
「もう、危ないな~」
『きっ、きさまが急に声を掛けるからであろう!』
ふとっちょの嫁に引き上げられて、なんとか落下せずに済んだ。
心の準備が出来ていない状態では、いくらリアルがロボットであったとしても、やはり焦る。
まだ胸がドキドキしている……ロボットだから心臓は無いのだが……
目をつぶり、しばらく呼吸を整える。
もちろん息などしていない。
落ち着いたところで、ふとっちょの嫁へと目を向ける。
「ロボ氏、どうだったかぬ?」
全くの無表情だ。
仕様でいささか笑っているように見えるが、それ以上の表情が無い。
不気味である。
『どうもこうもないであろう。危うくゲームオーバーになるところだぞ』
「ええ~! でもそれが目的だよね?」
なのだが……
『心の準備というものがあろう』
「ロボなのに?」
『き、きさま……』
イラッとするが、まさにその通りである。
何も言い返せない。
言った相手がふとっちょであること、そのことがさらに苛立たせる。
『ふっ、私が高性能であることを分かっておらぬようだな。所詮ふとっちょだな。では行くとするか』
私はふとっちょなど眼中にない。
これからまさに、この世界で初めての実験を行うのだ。
崖の淵に立ち、崖下をのぞき込む。
仕様の通り、底が見えない。
これはそういう仕様なのだ。
途中に濃い霧がかかるようになっており、覗いた程度では底が確認出来ないようになっている。
とはいうものの、底が無いかと言えばそういう訳ではない。
全ての崖下に、その全てに谷底は存在している。
特定の方法を使えば、底に行くこともできる。
ただ通常であれば、崖から落ちたらゲームオーバーになるものであるから、そうしているだけなのだ。
「ロボ氏、跳ばないのかぬ?」
私には何も聞こえていない。
目を閉じ、顔を空に向け自らを落ち着かせる。
大きく息を吐き出す。
「ロボ氏、押してやるんだな」
私は振り返り、ふとっちょを殴った。
幸い岸壁があり、それほど飛ばされることはなかったようだ。
ふとっちょは何事も無かったように立ち上がり、こちらに走ってきた。
「なーにするんだなー!」
そう言いつつ、ジャンプキックをしてくる。
しかし、私はひらりとかわし、ふとっちょはそのまま崖下へ落ちていった。
しばらくすると、ふとっちょの嫁が、崖と反対側に現れた。
「いやいやロボ氏、酷いんだな! 何してるんだな!」
ふとっちょはカンカンである。
バカめが、私を急かすからそうなるのである。
ふとっちょなど無視である。
私は心を整えて、崖に背を向ける。
空に顔を向け、そのまま後ろに身体を倒した。
私の身体は、何の支えも無く落下を始める。
空はどんどん遠のいてゆく。
やがて視界は急速に暗くなり……真っ暗になる。
すると、ゆっくりと白色で文字が浮かび上がる。
”GAME OVER”
その後、視界は真っ白になり、四角い真っ白な部屋に移動していた。
なるほど、このようになるのだな。
正直、胸がドキドキしている。もちろんロボであるから心臓などないのだが。
思っていたより怖いものだ。
崖から落ちるというのが、これほど怖いものだとは思わなんだ。
ソウルインプットを使うと、リアルであるがゆえに、リアルな恐怖に襲われるようだ。
いや、そうでなくてはならない。
ゲーム世界に意識を送るというのは、異世界へ転生することと同義なのだからな。
私は今、ゲームのスタート画面に居る。
――続けよう、検証を。
白く四角い部屋の壁は、四方に倒れていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます