第三章 冒険

第1話 鬼ごっこ

 白い壁、白い床、白い天井。

 見渡す限り、白一色の真四角の空間に私はいる。


 改良を加え、スタート画面はキャラクターが白い部屋に居るというところから始まるようになった。


 もちろん、私のキャラクターがこの部屋に居るのである。

 ブラックゴブリン。私のキャラクターである。


 目の前にスタート画面を開く。

 これも改良の結果だ。


 これまではいちいち ”〇〇オープン” と言葉に出さないといけなかったりもしたが、少し意識するだけでオープンできるようにした。


 スタート画面に、ロードゲームのボタンが現れた。

 このボタンを押せば、ゲームがスタートする。


 が、ここでも改良の結果、少し意識するだけで勝手に作動するようにしている。


 先ほどまでの村人たちの要望に対応していたら、この改良は間に合っていなかった。


 ロードゲームボタンが押されると、白い部屋は天井と床を残し、壁が四面とも外側に倒れ、透明になりつつ消えた。


 部屋が消えると、私は青と緑に囲まれた大草原に立っていた。

 電子空間に帰ってきた。

 ゲーム世界へのソウルインプットに再度成功したのだ。


 さてまずは、ふとっちょと合流せねばなるまい。

 私は視界右上にあるマップに、ふとっちょの位置を表示した。

 意外と近くにいるようだ。


 私はマップが示す方向に走り出した。

 走り出すと直ぐにラップウルフが現われたが、無視をして走り去る。


 しばらくすると、ラビが襲ってきたが、ヒラリとかわし走り去る。

 げんこつ岩が転がって来ても、大きめのバッタが跳んできても、無視をして走り去った。


 今回は、きさまらの相手をする予定はないのだよ。

 しばらく走ると、見えてきたふとっちょ……いや、ふとっちょの嫁。


 まだ私に気づいていないようである。

 走りながら、近づきつつ私は声をかける。


『ふっちょよ、こっちだ』


 ふっちょの嫁は振り返り、私を確認すると――しかし反対側に向き直り、走り出した。


 なんなのだ? あやつ見えておらぬのか?


『ふとっちょよ! 何をしておる!』


 今度はかなり声を張り上げたのだから、気づくであろう。

 しかし、ふとっちょは振り向きもせず、そのまま走り続ける。


 おそらく全力疾走であろう。


『……ほう、そういうことか』


 まさか、このタイミングでそれをやるとはな。

 ふとっちょめ、いつの間にそのような遊び心を手に入れておったのだ。


 既に分かっておるぞ。

 電子空間で、この大草原で、鬼ごっこを仕掛けてきたのだな。


『ふとっちょ~、鬼ごっことは考えたな!』


 私は今、ブラックゴブリンである。

 ゴブリンとは小鬼と言えるであろう。


 つまり、ゴブリンを鬼に見立てた鬼ごっこなのだ。

 なかなかシャレが効いておるではないか。


『しかし残念だったなふとっちょよ、きさまの嫁と我がブラックゴブリンが、同程度のステータスと思うなよ!』


 私は足に力を込め、一気に地面を踏み込んだ。

 瞬時にトップスピードに達した私は、直ぐにふとっちょの嫁に追いつき、さらに追い越し、奴の前方に回り込んだ。


『ふとっちょよ~、きさまが私を突き放そうなど……なっ――』


 私は驚愕した。

 ふとっちょの嫁にではない。


 その後ろに見える光景に驚愕したのだ。

 モンスターが大群で押し寄せてきておるのだ。


 この大草原に現れるモンスターが、ほぼ全てではないだろうか。

 群れとなって迫ってきている。

 ラップウルフ、ラビ、げんこつ岩、大きめのバッタなどなど。


 驚愕しながらも私は、ふとっちょの嫁と同じスピードで後ろ向きに走り続ける。


「ロボ氏! 一体あれはなんなんだな!」


 ふとっちょの怒りが私に飛んでくる。


『なぜそれを私に聞くのだ!?』


 ふとっちょめ、何をイライラしておるのだ。


「何言ってるんだな! ロボ氏が連れてきたんじゃないか!」


 なんと、あの大群を私が連れてきたというのか?

 ……そうか、道中無視をしたモンスターがそのまま付いて来ておったのだな。


『う~む、戦闘が面倒でモンスターを無視しておったら、全て付いてきたようだ』


「付いて来てるのは見れば分かるんだな! 何とかして欲しいんだな!」


 ふとっちょの嫁は全力疾走しながら、しかし表情は何一つ変えずふとっちょの声を漏らしている。


 仕方あるまい。


『ふとっちょよ、私が光ったら横に全力で跳ぶのだ』


「ええ? なんて言――」


 私は直ぐに大きくバックステップし、着地と同時に踏ん張った。

 身体がオレンジ色の光に包まれる。


 ふとっちょの嫁は、それを確認したのであろう、直ぐに横に跳んだ。

 それを確認し、私は腰を落とす。


『鬼の拳』


 ”パチーン” と鞭がしなったような音がする頃には、大きな衝撃波がモンスターの群れに襲い掛かっていた。


 衝撃波は地面をエグりながら進み、モンスターの群れ、そのほぼ全てを消し去った。


 前回のソウルインプットでの経験を活かすことができたようだ。


 鬼の拳はいつの間にか、発生させる衝撃波の大きさを調整できるようになっていた。


 衝撃波を小さくすれば小さくするほど、その威力は大きくなり、大きくすれば大きくするほど、その威力は小さくなる。


 しかし、この大草原に居るモンスターなど、どれだけ衝撃波を大きくしたところで問題にならない。


 今回のように、ほぼ全てを消し去るくらいの威力を持っているのだ。


 最小の大きさは、まさに拳大であるはずだ……


「ロボ氏~、いきなりヒドイんだな~」


 ふとっちょの嫁はへたり込んでいる。


 これまでモンスターの大群に襲われた時は、全体魔法で何とかするしかないと思っておったが、このブラックゴブリンの能力である鬼の拳でも何とかなると分かった。


 今後、キャラクターの能力を考える際の参考としよう。


『ふとっちょよ、立つのだ』


 ふとっちょの嫁の手を取り、引き立たせる。


「ロボ氏、あんな設定あったのかぬ?」


『あのような設定はしておらぬが、どうでも良い』


 前回すでに経験済みである私は、つゆほども気にならない。


『村田さんが言っておったであろう。黒い石がシステムをイジっておるのだよ』


「そうだったぬ。この世界はロボ氏の設定どおりではなかったんだな」


『うむ、そうだな。では行くぞふとっちょよ』


「んん? ロボ氏どこに行くんだな?」


 そうであった。まだ今回の目的を伝えてはいなかった。


『これより山岳地帯へ行く』


 山岳地帯は、ここからそれほど遠くはない。


「山岳地帯? そうかここのモンスターと戦うのは飽きたんだな!?」


 的外れなことを言うておる。ふとっちょめ。

 なぜ山岳地帯かというと、崖があるからだ。


『これだからふとっちょは。崖なのだよ崖』


 そう、目的は崖なのだ。


「ぬ? 崖? 崖で何をするんだな?」


『きさま正気か!?』


 信じられぬ。

 こやつ、いったいどれほどの時間を我々と過ごしてきたというのだ。


 それほど短い時間ではないぞ。

 いや、確かにロボとなった私との時間は短いが、それ以前からの人の私と過ごしてきた時間は短くは無いぞ。


『きさま、まさか、分からぬのか?』


 すると、ふとっちょの嫁は表情一つ変えずに言う。


「分からないんだな」


 ふう……まさか、ここまで訳の分からぬ奴とは思っておらなんだ。

 仕方がない、教えてやろう。


『崖から落ちるのだよ』

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