第6話 ソウルアウト

 地平線の空に、白い光がにじみ出した。

 その光は力強さを増し、漏れ出し、私の目を強く打つ。

 光はやがてあふれ、大地を飲み込むように流れ出した。


 この電子空間には夜がある。

 夜があるのだから朝もある。

 まるで現実の世界のように。


 朝日が私を照らす。


 昨夜、地面にぶつかる間際、私は鬼の拳を発動した。

 鬼の拳は落下の衝撃を完全に殺し、私は地面に落ちた。


 鬼の拳の衝撃は、大地に浅く大きなくぼみを作り出していた。

 私は無事である。


 ソウルインプットでプレイを始めて、いくつも発生した設定どおりではない現象は、ソウルインプットを使ったからだろうか?


 何やらに落ちないが、おそらく今考えても答えは出ないであろう。


 朝日は既に地平線のかなり上にあり、大草原はいつもの様子を取り戻している。


 まるで魂が洗われたような気持である。


「もう、ロボ氏~、いつまでボーっとしてるんだな~」


 不意に背後から、間の抜けた声がする。


 私は直ぐにブラックダガーを構え振り返ると、そこにはソーサリーメイドの松蔭寺美濃香しょういんじ みのかが立っていた。


『何ということだ……このようなモンスターは作っていないというのに……』


 松蔭寺美濃香はふとっちょのアバターとして作成はしたが、モンスターとして作成したものは無いはずだ。


 しかし、私の目の前にその松蔭寺美濃香がモンスターとして立って……モンスターじゃない?


「もう、ロボ氏は何言ってんだな~。ふとしなんだな。モンスターにみのちゃんのような可愛い子は設定してないんだな~」


 私は前転し、松蔭寺美濃香との間合いを一気に詰めると、腹に拳をみまう。


 松蔭寺美濃香は拳が刺さった腹を抑え、ひざを着き前にす。


「ロボ氏! 何してるんだな!」


 私の拳が腹に刺さったというのに、松蔭寺美濃香の頭に数字が飛び出ない。


 どうやらモンスターではないようだ。


 この電子空間、いやゲームではプレイヤーからプレイヤーが受けた攻撃はダメージにカウントされない設定となっている。


 私の拳がダメージカウントされないということは、目の前の松蔭寺美濃香はモンスターではないということだ。


 つまり、ふとっちょということである。


『何のつもりだ? ふとっちょよ』


 私は沸々ふつふつと出てくる怒りを抑え、静かにたずねた。


「何のつもりだはこっちのセリフなんだな!」


 ふとっちょの嫁はゆっくりと立ち上がりながら言う。


「いつまでゲームしているのかな? もう朝なんだな。みんな集まってるんだな」


「ロボの私よ、聞こえておるか? 今日は私たちだけではないぞ。村田さんも来ておるのだぞ?」


 ふとっちょの嫁から、人の私の声が出る。


 まさか村田さんが来ているとは……


 こうしてはおられぬ。


『うむ、直ぐに戻る。ステータスオープン』


 私はステータス画面を開き ”ソウルアウト” を押した。


 ◇


 とある雑居ビルの一角にこの部屋はある。

 ここは研究施設であり、皆ラボと呼んでいる。


 ここで研究を行っている仲川氏、本名 仲川一人なかがわ かずひとは自称マッドサイエンティストであり、今日もよれよれのYシャツにスラックスの上から白衣を羽織っている。


 仲川氏の横には、普通の顔をした女性が同じく白衣を羽織って立っている。

 彼女は仲川氏の助手である水木氏、本名 水木草木みずき くさきだ。


 今日はさらに、僕の横に黒いハットを被った黒スーツの男性がいる。


 彼は、中に来ているシャツ以外はすべて黒色で統一しており、最近では珍しく手に黒いステッキを持っている。


 村田氏だ。


 村田氏、本名 村田巌むらた いわおは僕たち貧乏研究者に、何故か厚い支援を行ってくれている。


 今回ロボ氏が、ソウルインプットで入っていた電子空間も、村田氏が提供してくれたものだ。


 そんな村田氏であるが、凄みを効かせることはまずない。

 いつもニコニコしており、話し方もとても柔らかい。


 間違いなく組織の人なのだが、気の優しい相談役といった感じで僕たちは接しており、またそのことをとがめることも無い。


 そして僕は秋葉太あきは ふとし

 ぽっちゃり系で、チェックの赤いシャツ、ズボンはいつものダメージジーンズで靴はサンダル。


 頭には今日もキャップを被ったイケてるエンジニア。

 仲川氏には何故か ”ふとっちょ” と呼ばれる。


 今僕たち四人は、ラボの奥に座るロボットを見ている。


 このロボット自体は、村田氏から提供してもらった、最新技術が使われている高性能な品だ。


 僕たちはこのロボットに、仲川氏の意識のコピーを移植した。

 移植は成功し、もう一人の仲川氏であるロボ氏が誕生した。


 僕たちは先程まで電子空間に入っていたロボ氏が、現実世界に帰ってくるのを待っている。


 先ほど電子空間でロボ氏がソウルアウトを選択したのは確認したから、もうすぐ帰ってくるはずなんだけど……


 するとロボ氏の目から、うっすらと光が漏れてきた。

 やがて目の光は強さを増し、ロボ氏は顔を上げた。


『うむ、帰ってきたぞ』


 ロボ氏はゆっくりと立ち上がった。


「成功したのだな」


 仲川氏が微妙に震えているようだ。


 電子空間のアバターに入り込むソウルインプットは、ロボ氏の帰還をもって成功した。


「ほう、本当に動いているね」


 村田氏から感心の声が漏れる。


『村田さん、お待たせしました』


「いやいや、いいんだよ。本当に中身は仲川君のようだ。正直驚いているよ」


 村田氏がロボ氏を見るのは今日が初めてだから、驚くのも無理はない。


「ロボットを仲川君にして、シュミレーションシステムをゲームに作り替えて、アバターに意識を転送し、無事に帰還する。こんな短い間に、本当によくこれだけのことが出来るものだと関心するよ」


「まあ、私……いや私達であれば出来なくはない」


『そうだな人の私よ。しかし村田さん、どうにも腑に落ちない点がある。私の設定と実際の設定に食い違いがあって、これから調べる必要がありそうだ』


 さすが仲川氏、村田氏に対しても言葉使いがなっていない。


「う~ん……もしかしたら、黒い石が仲川君達のプログラムをイジッちゃったかもしれないね」


 簡単に「黒い石がイジッた」なんて言葉が出てくるあたり、やはり村田氏は組織の人だ。


「黒い石が介入したと?」


 水木氏は目を輝かせている。


「うん、可能性は高いかな。黒い石は結構いろんなことに興味を持つからね。あと、何か意図があるのかもしれない」


「ふむ、では変更されていた点は触らない方が良いか……」


『いや、それだとかなり扱いにくい。何としても変更する』


「ところでロボ教授、ゲームの中はどうでしたか?」


 いま黒い石の話をしているというのに、水木氏はお構いなしだ。


 ロボ氏の話では、現実と変わらないか、それ以上のリアリティーを体験したということだ。


 もしそれが本当だったら、ゾンビ系のモンスターには会いたくない。


 きっと気持ち悪くて、触りたくもないだろう。

 それどころか、失神してしまうかもしれない。

 僕はリアリティーの緩和が必要な気がする。


 仲川氏達は、そのまま三人で盛り上がり始めた。


 村田氏がいるというのに、自由な人たちだな。


「村田氏~、前から聞いてみたかったんだが、何で僕たちにかなりの支援をしてくれるのかな?」


 そもそも理由がよく分からない。


「それはだね、仲川君は仲川一輝いっき先生の子供だからだよ」

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