第5話 空

 薄い紺色の空には、真っ白い大きな月が浮かんでいた。


 空にある星々は、月から発せられる強く白い光に委縮しているのか、その存在を示せないでいる。


 白い光は大地に降り注ぎ続けており、草々は透き通った緑色の光を発していた。


 間違いなく夜なのだが、まるで早朝の日の出直後を思わせる明るさである。


 大草原――ここは、ソウルインプットを使って最初に来たフィールドである。


 昼とは違った様相にしばし目を奪われる。

 電子空間だからの景色なのだろうか。

 現実世界にも同じような光景があるのだろうか。

 少なくとも今の私に確認する術はない。


 そうだ私にはやらなければならないことがあるのだ。

 暗闇においても敵を認識する能力。

 ここのモンスターが相手であれば出来るはずだ。


 目を閉じ、感覚を研ぎ澄まし、襲ってくるモンスターの動きを察知して倒す――完ぺきなプランだ。


 ここ大草原では、夜行性のモンスターが実は多い。

 昼間より多くのモンスターに囲まれることになるであろう。


 大草原の中央付近に行き、ただ待つだけで向こうからこちらに出向いてくれるのである――楽なものではないか。


 既に中央付近まで移動済みである。

 私は目を閉じ、モンスターを待つ。


 すると私の背に何かがぶつかってきた。

 近づかれたことに全く気付かなかった。


 直ぐにブラックダガーで切りかかるが、手ごたえが無い。

 そうしていると今度は右足に何かがぶつかってきた。


 私はいったん右足を引き、一気に蹴り上げる。

 しかし足ごたえが無い。

 視界が無いだけで、これほどまでに難易度が高くなるものなのか。


 そうこうしていると「ウォーッ」という鳴き声が聞こえてくる。

 どうやらラップウルフが来たようだ。

 そもそもラップウルフは夜行性設定であり、基本的には集団行動をする。


 昼間は難易度を下げるために、多くても5体までしか現れないように設定しているが、夜は十体以上が基本となる。


 これは訓練がはかどりそうだ。

 これまでは何かが私にぶつかるだけであったが、引っかき、噛みつきが加わってきた。


 目を閉じていても、受けたダメージは視界に表示される仕様だ。

 ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、イチ、ゼロ。

 たまに1ダメージが入るが、基本的にはノーダメージである。


 現在かなりの数のモンスターに囲まれているようだ。

 流石に気配を感じている。

 そこかしこから感じる殺意の気配。


 こうなってしまうと暗闇での戦闘訓練どころでは無い。

 ここのモンスターはスニークキルが出来ないため、私が即死することは無い。

 だから楽勝と考えていたが、なかなか現実はそうはうまくいかないものだ。


 目を閉じているから視界は真っ暗なのだが、次から次にダメージが白文字で表示される。

 そのためか逆に明るく感じてしまう。


 目まぐるしくダメージ表示が更新されるため気が散る。

 私は思いっきり踏み込み、中段に回し蹴りをした。


 するといくつかの足ごたえを感じる。

 視界に文字が表示される。


<ラビを3体倒した。ラップウルフを倒した。>


 複数を一気に倒した場合は、倒した数が表示されるシステムである。


 ――最初から感じる、ぶつかってくる感触はラビであったか。


 しかし、目を閉じていると何故か私が与えたダメージが表示されない。

 そもそも私が意図していない仕様が随所に見られる。


 ――これはいったん見直す必要があるな。


 そんなことを考えている間も、ゼロ、ゼロ、イチとダメージ表示が続く。

 ブラックダガーを抜き、縦横に一振りしてみた。


<ラビを2体倒した。ラップウルフを倒した。げんこつ岩を倒した。>


 げんこつ岩が現われたか。

 げんこつ岩は角ばってはいるが、丸に近い岩から二本の筋肉粒々の腕が生えているモンスターである。


 目いっぱいに握り込んだ拳で全力げんこつをしてくる。

 攻撃は単調でモーションも大きいため、通常であれば攻撃を受けることは無い。

 しかし今は視界が無い状態である。


 ――先程から頭や肩に受けている攻撃はこいつのようだな。


 おそらく正面に複数いるのであろう。

 私はバックステップをして、げんこつ岩から距離を取ろうとした。


<ラビを4体倒した。ラップウルフを倒した。大きめのバッタを倒した。>


 大きめのバッタとは、その名の通り大きめのバッタである。

 大きさはラビほどであるため、バッタにしてはかなり大きい。

 夜行性にした覚えは無いが……


 しかし、バックステップしたくらいで5体も倒すとは驚いたな。

 確かに1つだけではあるが、何かを踏んだ感触はあった。

 だが、1つだけである。


 もしかしたら背中にある鬼顔の盾がダメージを与えたのだろうか?

 盾でダメージを与える設定ではないのだが……


 まあ良かろう。

 1つ分かったのは、目を閉じた状態では結局何も分からないということである。


 これはもう暗闇対策を練った方が良さそうだな。

 これ以上、目を閉じていても何も得るものは無さそうだ。


 私が目を開くと、目前に大きめのバッタの顔があった。

 バッタの顔を真正面から見たことがあるだろうか?

 

 目はまだ良い、問題は口だ。

 うねうねとした何かよく分からないモノが動き続けており、微妙に黒い汁が出ている。


『キモいのだあああああ!』


 私は大きめのバッタの顔面に拳を叩きこむ。

 拳を叩きこまれた大きめのバッタは、音も無く白い光となって弾けて消えた。


 ドッと興奮状態に陥った私であるが、周辺がいやに暗いことに驚き周辺を見回す。

 周辺はモンスター達が折り重なり、黒い壁となって私を囲んでいる。


 何が起きているのか?

 どうしてこんなことになっているのか?

 こんな設定はないぞ?

 

 何が何だか分からない。

 私はブラックダガーで黒い壁に切りかかり、そのまま跳んだ。

 黒い壁を切り裂きながら、そのテッペンを超える。


 上空から見下ろすと、モンスター達が混じり、黒くウネっている。

 思わず空中で踏ん張ると、オレンジ色の光に包まれる。


<鬼の拳を発動しました。>


『キモいのだあああああ! 鬼のこぶしいいい!!』


 音速を超えるスピードで繰り出された拳は ”パチーン” という音を置き去りにして私の元に帰ってきた。


 拳が帰ってきた勢いで、私は更なる上空へ回転しながら吹き飛んでいく。

 回転しながら地表を確認すると、黒いウネウネに大きな穴があいていた。


 鬼の拳の衝撃で、モンスター共が吹き飛んだのだ。

 設定では拳大の衝撃しか発生しないはずなのだが……


 そのまま私はさらに上空まで行き、やがて落下を始めた。

 ここは電子空間に設けられている。

 通常このようなフィールドには範囲が設けられており、その境界に行きつくと、見えない壁が行く手を阻むものである。


 私は今、かなり上空にいるが見えない壁に当たることは無かった。

 単にゲームをするだけであれば、ここまで空を高くする必要は無い。


 容量を抑えるためにも、空に見えない壁は設置されてしかるべきである。

 がしかし、壁にぶつかることは無かった。

 この電子空間がどれほど大きな、膨大なものであるかが伺える。


 出来ることなら上空からこの電子空間――貸し出された部分のみになるが――の全体像が確認出来たらよかったのだが、ある層に達すると雲の中に入ってしまい、確認することが出来なかった。


 地上からは雲1つ無い薄い紺色の空が広がっていたというのにである。

 おそらくこの電子空間自体に、上空から全体像を確認できないようにプログラムされているのであろう。


 さて、かなりのスピードで落下しているが……

 我がブラックゴブリンは、落下の衝撃に耐えられるのであろうか?

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