第3話 鬼の拳
あるていど笑い『フゥー』と息を吐く。
まだ ”鬼の拳” を打てていない。
発動まではいけるが、その先どうすればいいのかが分からない。
私は肩幅に足を開き軽く踏ん張った。
私を囲むようにオレンジ色の光が地面から噴き出し、身体にまとわり付く。
<鬼の拳 を発動しました>
私は拳を構え、拳の打ち出しを探る。
そのままの格好で拳を突き出してみるが何も起きない。
大きく踏み込み拳を突き出すが何も起きない。
『フゥー、打てないな……鬼の拳が……』
そうつぶやくとほぼ同時に私の拳は前に突き出されていた。
突き出された拳はしかし、既に私の元に帰ってきている。
ところが拳の勢いはそのまま衝撃波となり、前方の空気と共に草を揺らし、遅れて パチィィン という鞭がしなったような音が聞こえた。
鞭がしなったような音が聞こえる頃には、私は拳を突き出したのとは逆方向に吹き飛んでいた。
吹き飛んだ先で勢いよく肩から地面に激突し、跳ねて宙で一回転の後またも肩から地面に激突して止まった。
私は仰向けになっており青い空を見ている。
予想外の出来事に呆気にとられていた。
しばし青い空を楽しむと身体を起こし、拳を突き出した先をジッと見つめる。
『なっ……そうか! そうなのだな!』
私はゆっくり立ち上がると身体を伸ばし、膝を曲げ軽く柔軟体操をした。
再度、軽く踏ん張りオレンジ色の光をまとう。
<鬼の拳 を発動しました>
私は大きく足を開き構え言った。
『オニのコブシ!』
すると勢いよく私の拳が発射される。
発射されたと思ったら既に私の拳は帰ってきており、拳が発射された先にはその勢いが分散されることなく、拳の大きさを保ったままその先へ突き抜けていった。
発動前に構えていたおかげで、今度は勢いで私自身が吹っ飛ぶということは無く、反動に耐えることができた。
私は拳が突き抜けていった先を見つめている。
『ハッハハ……』
しばらく固まっていたが、やがて両手を大きく広げ、顔を空に向けて笑いに笑うのであった。
◇
ブラックゴブリンはスキルを発動すると……吹っ飛んだ。
そのあと一度地面にぶつかり、跳ねて数回転ののちに地面に激突した。
「なあ、ふとっちょよ」
呆気にとられた顔をして仲川氏が声をかける。
「どうしたんだな仲川氏」
もちろん僕も呆気にとられている。
「こやつは私のコピーであろう?」
「そうなんだな」
「本当に私のコピーなのだろうか?」
「間違いないんだな」
「う~む。少なくとも私はこんなことはしないぞ」
「いや~、あっちに行ったらこうなるのかもしれないんだな」
仲川氏が言いたいことは分かるんだな。
でも、ロボ氏は間違いなく仲川氏の意識のコピーが入っているんだな。
それを証拠に マッドサイエンティーヌ って言って喜んでたんだな。
しかし、これほどまでにおかしな行動をするとは思わなかった。
僕や仲川氏はもちろん、いつも冷静な水木氏まで何とも言えない表情になっている。
「皆さん、時間を見てください」
水木氏に言われ時計を見ると、そろそろ帰る時間だ。
「仲川氏どうする? こちらからコンタクトしようか?」
仲川氏は顎に手を当てて、画面を見る。
「いや、このままにしておこう。今日はこやつのせいで何も楽しめなかった。どうせ気が済むまでやり続けるであろうから、私たちは帰るとしよう」
画面の中ではブラックゴブリンが両手を広げて空に向かって大笑いしている。
◇
斬る、弾く、殴る。
四方から襲い掛かってくるラビを撃退中である。
前転しラビの攻撃をかわすと、他のラビに拳をくれてやる。
振り返りざまにまた他のラビを斬り捨てる。
時にバックステップし攻撃をかわすと、間合いを詰めてまた斬り捨てる。
だいぶ馴染んできたようだ。
身体の使い方が洗練されていくのが分かる。
しかし、しょせんラビだが大群を相手にするのはなかなかに辛いものである。
最初は攻撃を受けた――だいたいダメージはゼロだが――しかし今では全ての攻撃はかわすか弾くかできている。
最後の一体にとどめを刺す。
何体やったのか数えてはいないから分からない。
レベルが上がるわけではないが、数字には表れない身体の操作レベルは格段に上がった。
ここは大草原、どこを見ても地平線に行き当たる。
草原がどこまでも広がっている。
だからこそモンスターが来ていると目視できる。
――次は五人様ご案内か。
背は低いが鋭い目、長い鼻、ガリガリの身体。
『我が眷属ゴブリンか。我を襲うか……愚か者どもめ』
モンスター ゴブリンは横一列で襲い掛かってきた。
すれ違いざまに一体を斬り倒し、残り四体に向き直ると、右端の一体が軽く踏ん張り青い光に包まれた。
そのゴブリンの頭の上には <小鬼の拳> と表示されている。
『きさま本気だな? 良いぞ、掛かって来い!』
青く光るゴブリンに気を向けたが、逆側のゴブリンが飛びかかってくる。
しかし攻撃をかわすわけではなく、カウンターで拳を見舞う。
カウンターをくらったゴブリンは吹っ飛び絶命した。
すると残ったゴブリンはみな青く光っており、頭に <小鬼の拳> と表示されている。
三体は一斉に小鬼の拳で襲い掛かってくる。
小鬼の拳は連続で繰り出されるゴブリンのパンチだ。
一つ一つのパンチは通常のゴブリンのパンチほどの威力しかないが、そのパンチをかなりのスピードで連続して放つため、蓄積されるダメージは大きくなる。
しかし、私にはそのパンチが全て見える。
避けれる、かわせる、弾くことができる。
結局一発も当たることは無くやり過ごし、ブラックダガーで横一線、三体同時に倒すのであった。
ここ大草原に現れるモンスターはそれほど強くない。
むしろ弱いモンスターが殆どである。
しかし、ここ大草原であるからこそモンスターが群れで襲ってきやすく設定している。
また、数十か所に確実にモンスターの群れが襲ってくるポイントを設置しており、今私がいるのが正にそのポイントの一つなのだ。
次から次にモンスターが現われるが、レベルの差は歴然。
身体の使い方に慣れてしまえばどうということもない。
大量にモンスターを葬りに葬った。
ところが最初こそ楽しかったが、あまりにも弱いモンスターを相手にしたためか少々飽きてきたところだ。
そんな時を見計らったように、ゲームを始める前に皆へ言ったことを思い出した。
そう、ゲームを始めたらコンタクトを使って連絡を取る手はずとなっていることを。
私としたころが、嬉しさのあまり忘れていた。
『ステータスオープン』
目の前に展開されたステータス画面から ”コンタクト” を探す。
――コンタクト、コンタクト……これか。
画面右下にコンタクトの文字を見つける。
私はさっそくコンタクトの文字を指で押し、連絡を入れる。
……
…………
出ないな……
ステータス画面で現在時間を確認すると、もうこんな時間である。
おそらく帰ったのであろう。
――しかし一言あっても良いのではないか?
確かに私がコンタクトを忘れていたわけであるが、画面を見ていたはずなのだから、ふとっちょのアバターを使うなり、天国の光を使うなりして一言あっても良かったのではないだろうか。
何とも礼をわきまえぬ奴らよ。
まあよかろう、そういうことであれば、まだまだこの世界を楽しむとしよう。
が、念のためにメールだけはしておこう。
何かあったら助けるのだぞ
ロボの私より
――うむ、これでよかろう。
さて次はどこで暴れようか。
おお、捨てられた街など良さそうだな。
あそこなら騎士系の死霊もおるからな、これまで以上に白熱した戦いができるであろう。
私は忘れられた街に向かうべく、ジャンピングポイントを探すのであった。
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