第二章 ブラックゴブリン

第1話 レベル100

 私は白い光に包まれていた。


 ――ぬう、自らの体が無くなったような感じだな。


 大丈夫と分かっていても、何せ初めての経験のため戸惑ってしまう。


 意識のコピーとして保存されていた時は眠っていたようなもので、何も感じることは無かったのだ。


 すると急に視界は黒くなり、ゆっくりと ”マルチファンタジー” という白い文字が浮かび上がった。


 ――おお! 我が最愛のゲームタイトルが、まさに目の前に!


 私は興奮を隠せない。


 私は体が無く、声も出せないため、どうにも表現できていないが、確実に私の興奮は最高に達しつつある。


 だがしかし、直ぐに問題が発生する。


 ――画面のスタートボタンはどうやって押すのだ?


 私にはセーブがあるため、正確にはロードゲームであるが、どちらにしてもゲームをスタートさせきれない。


 凝視してみたがダメ。今は無い手で押してみたがダメ。


 ――今すぐにゲームがしたいのだああああ!


 イライラした私は強く叫んだ――正確には強く念じた。


 カチャッ


 乾いた音がすると同時にロードゲームボタンが押された。


 視界は黒くなり、無音ではあるが遠くから大量の光が流れ込んできて私を飲み込む。


 強く目をつぶっていたが、どうやら何も起きてないようである。


 ゆっくりと目を開くと眼前には緑のジュウタンが広がっていた。


 このゲームにいくつかあるフィールドの一つで、見渡す限り草原が広がっている。


 隠れきれる物陰は少ないが、とにかく広いため戦闘はやりやすい。


 ところがモンスターが集まって来やすく、逃げるのには向いていない。


 私はいま、そんな大草原を前にプルプルと震えている。


『ついに……きた……のだ…… ついに来たのだああああ‼』


 私は両手を広げて叫んだ。


 ソウルインプットは成功。


 これまで画面でしか見れなかった景色を肉眼で――正確には違うが――見ているのだ。


 さらに、肌に当たるそよ風、そこらに生えている草の青い匂い。


 今まさに全身でゲームをしている。


 ”感動” それ以外に私の気持ちを表現できる言葉は見当たらない。


 ふと私は自分の両手を見た。


 黒い肌、鋭利に伸びた爪がそこにある。


『ついに、ついに一つになったのだな。私はブラックゴブリンそのものになったのだな!』


 ブラックゴブリン――私がこのゲームを作るにあたり私専用に、正確には私と人の私専用に作ったアバターである。


 本来神の視点を改良のため、また実際のキャラ動作確認のために作ったのものだが、どうせならと作り込んだキャラクターだ。


 戦闘に特化しており、これまでモンスターを作成するごとに戦闘させたりもした。


 私好みのフォルム、色、動きを実現している。


 私は空に顔を向けた。


『見ておるか⁉ 私はやり遂げたのだ! 私はブラックゴブリンへの転生を成したのだ!』


 もちろん転生したわけではないが、気持ちが高ぶったこともあり、転生と言ってしまった。


 私は空に顔を向けたまま、両手を広げて笑った。腹の底から大声で笑った。


 その声につられたのか、丸っこいモフモフしたウサギのような長耳の生物がピョンピョン跳んでやってきた。


『来たなモンスター、ラビよ』


 ラビは私に気づくと、大きく跳び上がり私へ突っ込んできた。


『ハッハー! きさまごときの攻撃など受けるものか! 我がブラックダガーの餌食としてくれるわ!』


 私は右太もものあたりに手をやる……が無い。


『ぬう⁉ 我がブラックダガーはどこだ⁉』


 ブラックダガーを探している私に、突っ込んできたラビがぶつかった。


 ラビがぶつかると、私の視界右上の ”HP” と表示されたゲージが気持ち減り、小さく ”1” という数字が飛び出して消えた。


『き、きさま……ラビのクセに……私にダメージを与えるとは、許さん……許さんぞー!』


 私が大きく踏ん張ると、足元から円状にオレンジ色の光が噴き出した。


 <鬼の拳 を発動しました>


 私が私専用に作り込んだキャラクターである。固有のスキルはあって当然である。


 ”鬼の拳” はそのうちの一つ。


 鬼系モンスターが持つスキルの中でも最上位の一つである。


 もちろん私用に手心を盛り込んである。


 鬼の拳は音速を超えて繰り出されるパンチである。


 簡単に言えば ”マッハパンチ” である。


 一たび繰り出されれば ”パチィィン” と鞭がしなったような音を置き去りにする、目にも止まらないパンチである。


 絶対回避不可であり、防御力無視、さらに貫通の効果を有する。


 単なる物理攻撃に非ず。


 野に放ったモンスターの中にもこのスキルを使える者はいるが、我がブラックゴブリンのスキルは特別である。


 他のモンスターのスキルと比べてはならない。


 ――ああ……哀れである。我が目の前に現れしラビよ。


 きさまはこの最上級のスキルで、跡形も無く消え去るのだ。


 きさまをこの世界に創造したのは私であるが、きさまをこの世界から消し去るのもまた私である。


 せめて我が拳のニエとなることを誇りに思い消えるが良い。


 きさまごときにこの拳をくれてやるのだ、喜ぶが良い。


 右拳を強く握り腰のあたりに構えた私は、ラビを睨みつける。


 何もわかっていないラビは構わず、大きく跳び上がり私へ突っ込んでくる。


『食らえ、我が怒りの拳を!』


 腰を低く構え、右拳を腰のあたりに構えたままの私にラビがぶつかった。


 今度はHPゲージの横に小さく ”0” の文字が飛び出す。


『ぬあんだ! くそゲー! くそゲーだ!』


 私が叫ぶのと時を同じくして、身体を包んでいたオレンジ色の光が消える。


 私は激しい怒りにかられた。


 全ての順序は正しい。


 スキルを発動するためには、大きく踏ん張りオレンジ色の光の筒を発生させ、自らがオレンジ色に輝くことが前提条件である。


 その後、モンスターとぶつかると自然に発動する。そういうものである。


 いや、そうプログラムした!


 もうすでにラビは消えてなくなっているハズだが、目の前でピンピンしている。


 屈辱である。


 ラビごときにスキルを使用したが、発動できずに攻撃を受けたのである。


 これが屈辱でなくして何が屈辱か。


 私は怒り狂い、混乱している。


 ところがラビは、そんな私に関係なく次なる攻撃を仕掛けてきた。


 私はラビに対し、大きく踏み込んで、腰の回転を利用し、最短距離で拳を放つ。


 放たれた拳がラビのど真ん中にめり込むと、ラビの頭上に ”9999” と数字が飛び出す。


 するとラビは音も無く、白い光となりはじけて消えた。


 視界右上に <ラビを倒した> と表示される。


 私はラビを殴った拳の背を、先程までラビがいたその空間に向け言い放つ。


『私のレベルは100なのだよ! きさまごとき普通の拳で十分なのだよ!』


 ◇


 画面の中では、ロボ氏が操作しているはずのブラックゴブリンが、このゲームにおける最弱の一角であるウサギのモンスター、ラビに遭遇している。


 いくらゲーム世界に入り込んでいるとはいえ、ラビなわけだし実物を見ても別に驚くことも無いだろうと思っていたが、先制攻撃をくらっている。


「ぬう、ロボの私は何をしておるのだ? いくらレベル差があるからと言って、モタモタしすぎではないか?」


 どうやら仲川氏はイライラしているようだ。


 その気持ちは分かるんだな。


 何をしているのか分からない。何故か太ももを何度も触っていた。


 ラビの一撃を受けて、今度はスキルを発動した。


 オレンジ色の光に包まれたので、後はラビにぶつかるだけ……何をしているんだろうか?


 かっこよくパンチする態勢を取っておきながらスキルを発動することなく、ラビの攻撃を受けている。


 頭が悪いのだろうか?


 いやいや、ロボ氏はロボなんだから頭が悪いはずがないんだな。


 じゃあ、頭がおかしいんだろうか?


 ラビが次なる攻撃を仕掛けてきた。


 ロボ氏が操縦するブラックゴブリンは、飛びかかってきたラビに対して、普通のパンチを繰り出した。


 ロボ氏の攻撃を受けてラビは倒されたが……


 僕は仲川氏のほうを向くと、仲川氏も僕の方を向いて目が合った。


 お互いに微妙な顔を見せ合う。


「ロボ氏は……何をしているのかな?」


「ふとっちょよ、私が分かると思うか?」


 僕たちは、ゲームの中でいったい何が起きているのか、さっぱり理解が出来ない。

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