第9話 で?

「ふとっちょ! きさま何をしておるのだ!」


「うえ~、何でこうなるのかな~」


「これはもう言い逃れできませんね」


 水木氏まで僕を責めるのか~。


 そうこうしている内に、僕の嫁とブラックゴブリンは村人達に囲まれてしまった。


 安全地帯のはずの村で、絶体絶命のピンチなんだな。

 その時、空から大きな光の筋が現われた。


”きさまら何をしておるのだ! 言ったであろう、これはゲーム空間なのだから村にモンスターは現われぬと!”


 仲川氏の声が空から降り注いだ。

 思わず仲川氏を見ると、目が合った仲川氏は首を横にブンブンと振った。


「あっ」


 水木氏が何かを見ている。

 目線の先には……ロボ氏! ロボ氏が親指を立てて僕たちを見ている。


 どうやらロボ氏が神の視点を操作して、上空から声を降らせたようだ。

 救世主ロボ氏。


『おお! 神だ!』


『神がいらっしゃったぞー!』


 村人の幾人かは膝を着き、空に向かって手を合わせ祈りだした。

 神の力で何とかなりそうだ。


 しかし、大丈夫かこの村人達は?

 村人になる前に、ロボ氏から説明を受けているはずなんだけどな。

 それとも、あっちの世界に言ったらこうなっちゃうんだろうか?


『いやー何て言うか、説明は聞いていたんですけどね、実際目の前に得体のしれないモノが現われたらビビっちゃいましてね』


『ある意味で俺たちは転生したようなもんですし、気がたかぶっちゃったんでしょうね』


 村人達に話を聞くとこんな回答が出てきた。

 とにもかくにも、天から降り注ぐ光から神の声がするというのは、とんでもなく効果的のようだ。

 神は天国にいるものだから、今後これは ”天国の光” と呼ぶことにしよう。


 天国の光効果により、村人達による反乱は終息した。

 終息したが、これは村人達に現実世界の人間の意識を移植したのが原因である。

 こんなことになっても続けるのだろうか?


「ロボ氏、何でノンプレイヤーキャラクターに意識のコピーを転写したのかな?」


 これまでロボ氏に意識転写の狙いを聞いていなかったから素直に質問してみた。


『リアリティーだな。この世界にリアリティーをプラスしたかったのだよ』


 ロボ氏によれば、プレイヤーが異世界に転生したかのように思ってもらうために、村人各人に個別の意識を与えたのだということだ。


 今は僕たちしかいないが、ゆくゆくは不特定多数がプレイできるゲームを目指しているかららしい。


 また、転写した意識の中には格闘技の先生や、リアル情報屋などその道のプロを配置することにより、これからのプレイヤーがこのゲームの中で一気に上級の操作ができるように配慮しているのだそうだ。


 とはいうものの、別にゲーム世界にプレイヤーが入り込める訳ではないのだから、あまり意味が無いように感じるのだが……ロボ氏はいたって真面目に話をしている。


「でも今回のようなことは今後も出てくるかもしれないんだな。それでも続けるのかな?」


『うむ、続ける。このようなことはある程度予想しておったことだ。今回は神の声で何とかなったからな、今後もそうであって欲しいとは思う』


「なんか、前途が心配だな。あと提案なんだが、神の声は天から降り注ぐんだから、天国の光と呼びたいんだがいいかぬ?」


『うむ、呼びやすいならそれで良いぞ』


 そんなことを話していると水木氏が提案を始めた。


「ロボ教授、あの……良かったらモンスターを仲間に出来るようにしてもらえませんか」


 どうやら水木氏は自分が作ったキャラクター達が、ただ倒されるだけの存在であることが我慢できないようだ。


『うむ……有りだな』


 そう言うとロボ氏は早速モンスターを仲間にするシステムを構築した。

 そう、秒でシステムを構築した。


 いくらロボットとはいえ、あり得ない速さなんだな。

 実はロボ氏も同じことを考えていたんじゃないだろうか?


 そのシステムや他のルールについては村人達に伝えらえて、不特定多数のプレイヤーが現われた時に伝授してもらうようにした。


 村人達は伝授されるごとに何やら自分たちだけで話し合いを行い、伝授のルールを決めているようだ。


 実に悪い顔をして話し合っている村人達が印象的だ。

 まあ、しょせんはコントローラーやキーボードでプレイするゲームなんだから、別に関係ないんだろうけどね。


 ロボ氏はいつものように椅子に座ってウンともスンとも言わなくなった。


 ◇


 翌日ラボでは、ロボ氏が仁王立ちで僕たちを待っていた。


『やっと来おったかきさまら。どれだけ待たせるのだ?』


 僕たちはゲームの続きをしたくて、最近はかなり早くラボに来るようになっていた。

 今日もまだまだ午前中も午前中なのだからかなり早い。


「ロボの私よ、どうかしたのか? 私達がこれだけ早くラボに来ることは逆に凄いことなのだぞ?」


 そうである。さらにこれはロボ氏も知っていることである。


『うむ、分かっておる。分かっておるが、早くきさまらに伝えたかったのだよ』


「何をでしょうか? メールではダメだったのですか?」


 水木氏は僕が聞こうとしたことを先に聞いた。


『直接伝えたかったのだよ。私はついにやったのだ。造りだしたのだよ、ゲームに入り込む装置 ”ソウルインプット” をな!』


 しばらく間をおいて、僕は仲川氏を見た。

 ちょうど同じタイミングで仲川氏も僕を見た。何とも平然とした顔の仲川氏である。


 仲川氏は次に水木氏の方を見た。僕もつられて水木氏を見る。

 二人とも平然とした顔をしている。


 間違いなく僕も平然とした顔をしている。

 それほど長い時間ではないが、ラボには静寂が広がっていた。


 ロボ氏に向き返ると、呆然としている。

 おそらく、この発表で僕たちは衝撃を受けて、激しく反応すると考えていたのだろう。


 その予想が外れて、ほぼ反応が無かった。


 あれだけ意気込んでいたのだから、完全な肩透かしを受けて反応が無いことに驚くことすら出来ないといった状態だろう。


 とはいうものの、このままラボに静寂を横たわらせていても仕方が無いし……でもどうしようかなあ。


「で?」


 不意に仲川氏が、この状況で言うべきではない一言を放った。

 分かる、分かるよ仲川氏。その気持ち良く分かる。


 でも「で?」は言ったらダメなやつだよ。

 少なくともロボ氏はものすごい発表をしたんだから「で?」は無いよ。

 無いんだけど――


 そもそもこれまでの短期間に電子空間の意識を現実世界に呼び出したり、電子空間の意識を他の電子空間に転移させたり、そもそも意識のコピーを電子空間に保存するなんてことが以前からされていたわけだから、現実世界の意識を電子空間に送るなんて話、いやゲームの中に入り込むって話を聞いたところで今更感というか……


 いや、凄いことなのは間違いないんだよ?

 僕だってゲームの中に入り込めれば嫁と一つになってファンタジーを楽しむことが出来るんだから。


 昨日の村人達とのやりとりとか、ゲームでリアルを感じることが出来るとかの話が生きてくるわけだから、やっぱり凄いことをロボ氏はやったんだよ。


 ということは、僕たちがおかしいのかもしれない。

 いやきっとそうだ、そうに決まっている。


 あまりにもいろいろな凄いことを目の当たりにしてしまったのだから、僕たちの感覚がマヒしているんだよきっと。


 そう、僕たちがおかしいんだ、きっと。

 ロボ氏は凄いものを造り出した! 間違いない!


 ――ということを、早口でまくし立てて「で?」のフォローを必死にした。


「ふとっちょよ、きさまはそうかもしれんが、私はおかしくはな……」


「仲川氏しぁらあああああっぷ!」


 何てことを言い出すんだ仲川氏は。危うく僕の努力が無駄になるところだった。


 でも何とか危機を脱せた。おかげでロボ氏はイジケルことなくは無しの続きを始める。

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