第8話 村人たち

 四方から襲い掛かるラビだが、バックステップや前転を駆使してラビの攻撃をかわしつつ、まるでフェンシングのような動きで次々に撃破している。


 ほぼ全て一撃だ。


 仲川氏はブラックゴブリン無双を楽しんでいる最中だ。

 無双しているのだからそりゃ高笑いもするんだな。

 いつの間にか水木氏が僕の横に立って、画面を見ている。

 笑顔であるが、その眼には何かメラメラとした炎のようなものが見える。


「教授、何をしているんですか?」


「ん~? 助手か……ぬお! な、何をするのだ‼」


 水木氏は仲川氏の耳を引っ張って、引きずっていく。

 操作する人がいなくなったブラックゴブリンは、たちまちラビの群れに埋め尽くされた。


「ぬおおおおお」


 どこか遠くで仲川氏の叫び声が聞こえたような気がするが……まあ気のせいだろうな。


『あ奴らは何をしておるのだ?』


 ロボ氏は首をかしげて仲川氏達が消えて行った方を見ている。

 まあ、何かあったんだろうな。


 しばらくは嫁との共同作業に集中するとしよう。

 フィールドは相変わらず大草原。

 ロボ氏からの指示で、モンスターの動作を戦闘しながら確認することとなった。


 僕の嫁は近接格闘術を駆使し、襲い掛かるラビの群れを撃退していく。

 パンチ、膝蹴り、回し蹴り、前転、前蹴りと、まだまだ一発で倒すことは出来ないが、だいたい吹っ飛ばすので次から次に襲い掛かってきても何とかなる。


 四方から一気に襲い掛かってきた時は、垂直ジャンプでかわし、落下しながら両足スタンプで一匹にダメージを与えると同時に、さらにジャンプをして難を逃れる。


 僕の嫁は滑らかに、しかし素早くラビ達を撃破する。

 これだけ動いても相変わらず、スカートの下はつゆほども見せない清楚っぷりはさすがだ。


 あらかたラビを片付けると 『ワオーッ』 と遠吠えが聞こえてきた。

 おそらく次はウルフ系のモンスターが来るのだろう。


 と、ここで仲川氏達が帰ってきたみたいだ。

 嫁との共同作業は一旦中断する。


『きさまら何をしておったのだ?』


 帰ってきた仲川氏は心なしか左まぶたが腫れあがっており、右ほほを抑えている。


「な、何でもないのだよ」


 明らかにボコられた後の様相である。

 そんな仲川氏の後ろに、黒いオーラを発する満面の笑みの水木氏が控えている。

 さすがのロボ氏も何かしら察したようだ。


『ま、まあ良い。ところで人の私よ、村田さんに連絡を取って欲しいのだが』


 村田氏は今僕たちがイジっているシュミレーションシステムを提供してくれている組織――僕たちがそう思っているだけなのだが――の人だ。


「む? 村田さんと連絡を取るからには目的をハッキリさせておく必要がある。どんな狙いがあるのかを聞かせてもらおうか」


 組織の人である村田氏とコンタクトを取るのだから、目的は明確にしておかないといけないのは当たり前のことだ。


『うむ、いま既にこのシュミレーションシステムはゲームフィールドとして順調に進化している最中であるが、村人のようなノンプレイヤーキャラクターがあまりにも個性が無さすぎるのだ』


 ロボ氏によれば、ノンプレイヤーキャラクターに既に収集し終わっている人々の意識のコピーを移植して、ノンプレイヤーキャラクターでありながら意志を持ってこの電子空間で行動できるようにしたいということである。


 自らの意識のコピーをロボットに移植した仲川氏である、出来ないことはないが、さて村田氏が良い返事をくれるかどうか……


「ん? ああ、いいよ」


 仲川氏がさっそく村田氏へ連絡を入れると、何とも簡単に許可が下りた。

 村田氏そんなに簡単でいいのかな……

 何はともあれ許可が下りたのだから、やらない手は無い。


『では、私は今から村人たちに魂を込める準備を行う。きさまらはモンスターとの戦闘で動作確認を続けてくれ』


 魂を込める……まるで魔術のようだな。

 ロボ氏はあの椅子に腰かけると、ウンともスンとも言わなくなった。


「あの、お二人共もうお昼ですし、ご飯を食べてからの作業でよろしいのではないでしょうか?」


 時計を見ると確かに昼食の時間だ。

 二日連続で昼抜きだったし、今日はさすがに食べようか。


「水木氏に賛成なんだな」


「うむ、そうだな」


 ということで、三日ぶりに昼食を食べることとなったが……失敗だった。

 空気が重い。

 仲川氏と水木氏に一体何があったのだろうか。

 無言ではあるが、お互いを意識しているようで、さらには水面下で火花が飛んでいるようだ。


 やめて欲しいが、言葉を発することも許されないような、そんな空気が支配している。

 終始重たい空気の昼食を終え、僕は嫁とモンスター狩りの続きを行うのであった。


 ◇


『うお! 何だいビックリさんなよ! モンスターかと思ったじゃないか』


 村人はそれほど豊かではない表情ながら、身振り手振りを交えて驚きを表現している。

 ここはシュミレーションシステム内に作られたフィールドの端っこに作られた村である。


 仲川氏が操作するブラックゴブリンはこの村を徘徊し、目につく村人に片っ端から話しかけている。

 昨日今日でノンプレイヤーキャラクターの一部にはコピーされた意識が転写されていた。


 つまり、現実の人と同じ意識を持っていることになる。

 さらに、プレイしている僕たちの声が向こうの人達にも伝わるようになっており、会話が成立する。


 ところが村には基本的に村人しかいない。しかも元が現実世界の人達な訳で、モンスターを生で見たことがある人は皆無である。


 つまり、ブラックゴブリンを見るということは初めてモンスターを生で見るということだから、驚くのは当たり前だ。

 なんならブラックゴブリンに気づいた村人は、そのほとんどが見つからないように隠れている。


 ロボ氏によれば意識を転写する前に 『ゲームであり、村にモンスターは入ってこない仕様である』 と説明しているらしいが、いざ実際にモンスターが現われると、やはり驚いてしまうようだ。


 そうこうしている内にブラックゴブリンの前に鉄の棒や、木の棒を持った村人が集まってきた。

 おかしい、ロボ氏がちゃんと説明しているはずなのに、ブラックゴブリンはモンスター認定されたようだ。


「仲川氏? これはちょっとマズイんじゃないかな?」


「んん、そうだな。このままでは戦闘になってしまうな……」


『ふとっちょよ、きさまのアバタ……いや嫁を投入してあ奴らを説き伏せるのだ』


 んんん、まあ、それしか今は無いか……

 僕はさっそくログインし、僕の嫁であるソーサリーメイドのみのちゃんをこの村に呼び出した。


 ブラックゴブリンの横へ、いきなり現れたソーサリーメイドのみのちゃんに村人たちは驚いたようだ。

 しかし直ぐに 『みのちゃんだ!』 という声がチラホラと聞こえてきた。


 やはり僕の嫁であるみのちゃんは世界を救う。

 ところが直ぐに 『みのちゃんがモンスターに襲われてるぞ!』 という声が上がり、一気に村人たちは戦闘態勢に入った。


 まずい!


 僕はすかさず、みのちゃんを操作し手を広げて両手を前に突き出すポーズをとる。


『ちょーっと待ったー!』


 ポーズに合わせて僕の嫁は叫び、村人達は動きを止めた。

 ここで僕はポーズをたたみ掛ける。

 次にみのちゃんは右手を突き出し、人差し指を立てる。


『ケンカしちゃダメなんだからね!』


 ぼ、僕の嫁は可愛いんだな。

 村人達も僕の嫁の可愛さにメロメロのようだ。


『みのちゃあああああん』


『そうだ! みのちゃんの言うとおりだ!』


『ケンカ駄目! 絶対!』


 あちこちから僕の嫁に賛同する村人の声が上がる。

 このやり取りに気を削がれたのか、他の村人たちも構えていた鉄の棒などを下ろし始めた。


 何とかうまく治まったようだな。

 気を良くした僕は村人達に話しかける。


「みんなー、仲良くしようねえー」


 すると、それまで緩んでいた空気が一気に凍り付く。

 下ろしていた凶器を再び構えて、村人たちがジリジリと間を詰めだしたのだ。


『あ、あれはみのちゃんじゃない』


『危うく騙されるところだった』


『モンスター共め、俺たちは騙されないぞ!』


 あ、あれー?

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