第7話 かわいい

 流石はみのちゃん。僕の嫁はいつも清楚なツンデレ系なんだな。

 基本ツンツンしているみのちゃんだが、実はとっても優しい、思いやりがあるいい子であることに変わりはない。


 幸せだ。


 僕と嫁との初めての共同作業は、シュミレーションシステム内のフィールドを駆け抜けることだった。


 空に鳥がいれば、捕まえるべく跳び上がる。

 目の前にウサギが跳ねていれば、捕まえるべく走り出す。


 跳び上がる時、みのちゃんは『お兄ちゃんのバカ―』と叫ぶ。

 走り出す時、みのちゃんは『そーっれ』と叫ぶ。


 何一つ余すことなく僕の心を鷲掴むみのちゃん。

 みのちゃんだからこそ、ポイントの設置もかなり速いスピードでこなせている。


 ポイントの設置といえば、いまのぼくの嫁と仲川氏のブラックゴブリンがフィールド内に設置しているところだが、これってプレイヤーキャラクターで設置しなくてもよいのではないだろうか?


 システムをイジレるロボ氏がやってしまえば、おそらくもう済んでいるはずなんだな。

 まあ、嫁との共同作業が最優先だから、確認する気はないんだが。


 みのちゃんは僕の操作に従い、走ったり跳んだりバックステップしたりを続けている。


 ◇


「こんなのはどうでしょうか?」


 水木氏はスケッチブックを開き僕たちに見せた。

 そこには、複数の可愛らしいキャラクター――ゆるキャラ?――が描かれている。

 全部水木氏が描いたのだろうか? なかなかのクオリティーだ。


「ふぅむ。助手よ、これは何を描いておるのだ?」


 仲川氏はよく分からないといった感じで水木氏に訊ねる。

 おそらくは、このキャラクターをこの電子空間に放ちたいという考えなのだろうが、放ってどうするのかという疑問は残る。


「い、いえ、こんな感じのキャラクターが多い方がいいかなと思って……」


 どうやら水木氏はこの電子空間をかわいいであふれさせたいらしい。


『う~む……これは……モンスターとして活用できそうだな』


 まさかのモンスター発言。ロボ氏は水木氏の気持ちを察することなく、モンスター 一択のようだ。

 とはいうものの、確かにモンスター以外に活用方法が思い浮かばない。


 ロボ氏の発言を受けて、水木氏はやや引きつった顔をしている。


「ロボ教授、これだけ可愛いキャラクターをモンスターとして使うのはいかがなものかと思うのですが……」


『助手よ、きさまが作ったこれらのキャラは確かに可愛い。だが、だからこそモンスターとしたほうが良いと思わないか?』


 一理ある。可愛いモンスターはそれだけで価値がある。

 例えばゲームのストーリーや面白さに関係なく、モンスターだけが人気になるケースはある。


 確かに水木氏が作ったキャラクターは、可愛いモンスターとして人気が出る可能性を秘めている。

 ただし、いま作っているのがゲームとなって一般に公開されればの話だが……


「そんな、こんなに可愛いのに……モンスターとして討伐されるのはあまりにも可哀そうです」


 涙目で訴える水木氏。

 通常ならそんな水木氏を可愛いと思うのだろうが、僕の嫁に比べたら何とも思えないレベルだ。

 水木氏……残念。


「助手よう、そうでもないのではないか? モンスターであるからこそフィールド内にきさまが作ったキャラクターがあふれるのではないか?」


 仲川氏からナイスなフォローが入る。


「そ、そうなんだな。これなんてモフモフしてて可愛いから初期に登場するモンスターとして丁度いいんだな」


 僕は薄ピンクの大きな毛玉のようなキャラクターを指さす。

 毛玉の中央付近に、目、鼻、口があるが何とも絶妙な可愛さを醸し出している。

 上に長い耳のようなものが付いているから、ウサギなのだろうか?」


『うむ、これは【ラビ】で決定だろう』


 ラビ、ちょうどいいモンスターになった。

 弱いモンスター代表の一角だ。


『結構使えそうなモンスターが多いが、どれも可愛い特化だな。ふとっちょよ、きさまもモンスターをデザインするのだ。もちろん人の私もな』


 水木氏が落ち込んだ表情をしている中、僕と仲川氏はうなずいた。

 今日は嫁との共同作業が一旦お休みとなってしまうが、モンスターデザインに集中しよう。


『きさまらがデザインしている間に、私は村と村人を設置していくとしよう』


 このシュミレーションシステムがどんなゲームになるのか、今の時点ではよく分からないが ”村” を設置するからには、現代的な世界観ではないのだろう。

 昔の人類が発展途上で、科学が存在しないような世界を目指しているのだろう。


 そんな世界にプレイヤーキャラクターとしてブラックゴブリンや僕の嫁がおり、モンスターが存在する世界なのだから、ファンタジー系のゲームになるのは間違いない。


 ファンタジーに存在するモンスターとなると、既存のゲームを参考にするのはいいが、それだけではオリジナリティーが無いんだな。


 となると……いや、オリジナリティーなんて必要ない。

 僕が作るのはソーサリーメイド特化の敵キャラだ。

 悪男爵、悪伯爵、悪メイドに悪ご主人様。

 悪爺様(執事)なんてのもいいんだな。

 正義のソーサリーメイドは 悪をバッサバッサなぎ倒していく。


 なんか、こんなにいろいろ考えるのは楽しいんだな。

 今考えていることが、僕の嫁との新婚生活に花を添えるのだから、俄然がぜんやる気が出るというものだ。


『助手よう、ちょっと良いか?』


 夢の世界で楽しんでいる僕を、ロボ氏が現実に連れ戻す。

 何事かと思いロボ氏の元に行くと、水木氏のスケッチブックに可愛いのか、気持ち悪いのか分からないキャラクターが描かれていた。


『これは一体なんなのだ? これまで可愛いで統一しておったようだが、ここにきてキモカワ的なキャラが数体続いておるが……』


「はい、私はこの子達も可愛いと思います。ここの子たちは ”夏野菜シリーズ” というキャラクターです」


 聞くと、きうり、とまと、あすぱら、なす、といった夏野菜の名前が付けられたキャラクター達のようだ。


『なるほど、面白いではないか。夏野菜シリーズは100パーセント採用だな。もちろんモンスターとしてだ』


 100パーセント採用の言葉を受けて、水木氏は目を輝かせたが、モンスターとしての採用と聞いた瞬間に、呪いに掛ったかのようなほの暗い色の目になった。


 やっている感に浸りたいだけと思っていた水木氏だが、キャラ作成に関しては間違いなくやっている側に立っている。


「ん? ロボの私よ、きさまは村と村人を設置していたのではないか?」


 そういえばロボ氏は設置作業をしているはずだった。

 それがいつの間にか水木氏のキャラクターを眺めている。


『人の私よ、一体何時間たったと思っておるのだ? もう既に終わっておる。せっかくだから助手のモンスターを作成しておるのだ』


 ん? あれ? もうこんな時間だ。

 モンスター作成に没頭していたせいで、どうやらお昼ご飯も食べていなかったようだ。


 昨日もお昼は食べていないし、ブラック起業よろしくのデスマーチがスタート気味になっている。


「今日はもうこのくらいにして、続きは明日にしたいんだが、いいかな?」


 今日は嫁とあまり戯れきれなかったな。


 ◇


「ハーッハーッハーッ」


 翌日ラボに入るとハイテンションな仲川氏の笑い声が響いていた。


「ロボ氏、何があったんだな?」


 いきなりのハイテンションに驚いてロボ氏に訊ねてしまう。


『うむ、きさまらが帰った後に、とりあずデザイン済みのモンスターを数体投入したのだよ。人の私は今、モンスター狩りに精を出しておる最中だ』


 画面を見ると、ショートソードのようなものを装備したブラックゴブリンが、水木氏がデザインした大量のラビと戦っている。

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