第6話 僕の嫁

 一般的なゴブリンの肌の色がちょっと日焼けしただけじゃないか!

 可愛らしさの欠片も無い。醜悪な魔女的な顔しているし……仲川氏の美的センスが理解できない……


『流石わ私なのだよ』


 ロボ氏は自画自賛し、自分に酔いしれているようだ。


「ちょっと待て、きさま先ほど『私専用の』と言わなかったか? きさま専用なのか⁉」


『人の私よ、私専用なのだよ……そう、ロボの私と人の私専用なのだよ!』


「き、きさま! きさまあああああ」


「『あああああッドサイエンティイイイイイヌ‼」』


 仲川氏とロボ氏はお互いの右腕を絡めて、中腰になりお互いの目を見つめて絶叫した。


 ハイテンションな二人をよそに、パンパンパンと手を叩きながら水木氏が言う。


「はいはい、茶番はそのくらいにして、教授、そしてロボ教授、今日はどうなさいますか?」


「無論、私はブラックゴブリンで冒険するに決まっておるではないか!」


 いまだ興奮冷めやらぬ仲川氏は、右手を斜めに振り下ろしながら水木氏に言った。


「ロボ教授それでよろしいでしょうか?」


強く言った仲川氏を全く意に介さず、水木氏は冷静にロボ氏へ訊ねる。


『良い。人の私がこれほどに興奮する気持ち、よく分かるぞ。だがその前に、これも見てもらおう』


 そう言ってロボ氏が画面を切り替えると、画面上部に【村人たち】と題されたキャラクターの一覧が表示された。


 一覧は左上から右に向かって村人A、村人Bと続き、最後は村人Zで終わっている。

 ところが、欄内にキャラクターが表示されているのは村人A、そして……村人Mのみである。


「ロボ氏、何で村人Aと村人Mだけが決まってるのかな?」


 素朴な疑問、当然の疑問だ。

 普通、Aを作ったら次はBだ。

 なぜわざわざMを先に作った?


「ふとっちょよ、きさま本気で言っておるのか? 分からんのか?」


 ん? いやちょっと待ってよ仲川氏、何なのかなその顔は?

 信じられないというか、バカにしているというか、酷い顔で見てくれるもんだな。


 村人Aはこれといった特徴が無い髪形と顔をしており、まさに村人といった何の特徴も無い ”村人” の服的なものを着ている。


 村人Mはそんな何の特徴も無い村人Aに、白いマントのようなものを羽織らせただけに見える。


『そうだぞふとっちょよ、きさま正気か?』


「そうだぞ、村人Mつまり、むらびと……」


『「マッドサイエンティイイイイイヌ!』」


 二人は横並びに、逆方向へ指先を伸ばした状態で、両手を水平に伸ばしている。


 村人マッドサイエンティーヌね……はいはい……

 白いマントのようなものは、白衣だったわけね。


「ロボの私よ、これは私なのか?」


『そうだ人の私よ。村人Mは私であり、きさまだ! 私達はこの電子空間で生き続けるのだ!』


「つ、ついに……私は永遠の命を手に入れたのだな……」


 仲川氏は何と言うか、希望が叶った人のような顔をしている。

 うん、というか、永遠の命は手に入れ終わってるんだな、ロボ氏で……


『さらにはだ、ブラックゴブリンとステータスが連動しておるのだよ。つまり、ブラックゴブリンが成長すればマッドサイエンティーヌも成長するのだ!』


 う~ん、意味が分からない。


「ということは、村人Mも操作するってことなのかな?」


 当然の疑問である。

 だって、ただの村人を成長させるとか無駄なんだもん。


『やはり分かっておらぬな! 何も分かって追わぬな! 村人なのだからノンプレイヤーキャラクターに決まっておるではないか!』


 うわー、無駄だー。


「やはり、やはりやはりやはり! そうでなくてはな!」


 完全なる自己満足。マッドサイエンティストって、そういうものなのだろうか。

 となると、一つ疑問ができる。


「でも、そんな村人Mがたくさんいたら、何かおかしくないかな?」


 もしかすると、プレイヤーより強いキャラクターで溢れかえることになりかねない。

 当然の疑問である。


『これだからふとっちょは』


 ロボ氏は肩をすくめて、小さく手を広げた。

 んん~、何だろうな~この気持ちは~。

 イライラするな~。


『マッドサイエンティーヌは唯一の存在なのだよ。複数存在してよいわけが無かろう!』


 おやおやおや~? 言ってる意味がよく分からないんだな~。


「じゃあ、仲川氏とロボ氏が、現にここに存在しているのはどういうことなのかな?」


 当然の疑問である。


『ハーッハーッハーッハーッハーッ』


『では本題に入ろうか』


 ロボ氏は何事も無かったかのように、まじめなトーンで話し始めた。

 仲川氏も水木氏も真面目な顔をしてロボ氏に注目している。

 というか、つい先日まであれほど険悪な雰囲気だったのに、それすらも無かったかのように息が合っている。


 今更ながら、ロボ氏が色々作ってるわけなんだが、そうなるとエンジニアの僕って必要なくない?

 なんか、色々な感情が入り乱れて……何だろう、目が……目が……


『まず、人の私はブラックゴブリンでポイントを設置しつつ、操作性や挙動の確認を行ってくれ』


 仲川氏は無言でうなずく。


『助手とふとっちょは空欄となっておる村人一覧のキャラクターデザインを考えてくれ。そこらへんは恐らくきさまらの方がまだ得意だろうからな』


 うんうん、とりあえずはまだ、僕に出来ることがあるようだ。


『それと助手にふとっちょよ。もしきさまらもアバターが欲しいのであれば、イメージをくれれば作成してやろう』


 ――⁉


「ろ、ロボ氏、いま、何て言ったのかぬ?」


 僕はうつむいてロボ氏に訊ねる。

 聞き間違いじゃないよね?


 全身が大きく震えているのを感じる。

 僕はそんな震えを抑えるが、それでも止めることができずに小さく震える。

 うつむいてはいるが、僕の目には流れることなく、水たまりができている。


『きさまら専用のプレイヤーキャラクターを作ってやると言っておるのだよ』


「……み……」


『ぬ? なんだふとっちょよ』


「……みのちゃん……」


『みのちゃん? ん? あの雑誌のキャラクターか?』


「そ、そうなんだな! みのちゃんを作って欲しいんだな! いや、みのちゃんしかだめなんだな!」


 僕はエンジニア。

 エンジニアなのだから自分で作れと思われるかもしれないが、いや作れるのだが、時間がかかる。


 ロボ氏はおそらく一日でブラックゴブリンと村人を作成したんだ。

 しかも高クオリティーのものをだ!

 ロボ氏に作ってもらう方がいいに決まっている。


 エンジニアの誇りは無いのかって聞かれそうだけど、誇りなんかより僕はみのちゃんのほうが大事なんだな!

 僕は嫁と会いたいんだな!


『しかしだな、きさまは男であろう? 女のアバター動かしても面白くないであろう?』


「な、何を言ってるんだなロボ氏! みのちゃんじゃなきゃ僕は認めないんだな! 受け入れないんだな!」


 ――漢には、引いてはいかぬ時がある。譲れぬのもが時にはある。 秋葉太――


『ま、まあそこまで言うのなら、どちらにしてもデザインのデータは既にあるのだから、特に問題は無い』


 うおおおおお!

 神様ありがとおおおおお!


 ロボ氏! 僕はロボ氏が、みのちゃんの次に好きなんだな!

 ロボ氏いろいろごめんね! これからはもっと仲良くなろう!


 ◇


「そーっれ」「もお、おーこったぞー」「まだまだだね」「お兄ちゃんのバカ―」


 ダッシュ、パンチ、前蹴り、ジャンプ、前転、バックステップ、回し蹴り、前転のような側転、フォアステップを華麗こなす僕の嫁。


 アクションの度に何かしら叫ぶ。叫び声はそれほど大きくない。

 黒を基調として、紫色と赤色を絶妙に加えたメイド服は、アクションの度に激しく揺れる。


 スカートラインも同様に揺れ方は激しいが、その中が見えることは無い。

 回し蹴りをしても、ゴスロリ系のメイド服のヒラヒラが絶妙な動きで隠しきる。

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