第5話 白いマネキン

「ロボ氏おはよう」


 僕が声をかけると、ロボ氏はキーボードを打つ手を止めて、僕の方を向く。


『うむ、おはよう』


 言うとロボ氏は直ぐに画面に向き直り、キーボードを打ち始める。


「もしかして、仲川氏が帰ってからずっとシュミレーションシステムイジってたの?」


『ああ、そうだな。おそらくこのタイミングでないと触れそうになかったのでな』


 今度はキーボードを打つ手は止めずに、顔も画面に向けたまま答えた。


『おかげで、かなりイジルことができたぞ。とりあえずアクセスは三つまで可能としたから、今日はふとっちょ、きさまもイジレるぞ』


 たった一晩でそこまでできるとは驚いた。

 ロボの頭脳は伊達ではないな。

 ロボ氏は作業は止めずに続ける。


『そこのパソコンでアクセスできるから、きさまも触ってみるのだ』


 見るとロボ氏の右横にパソコンが準備されている。

 僕もこのシュミレーションシステムを早くイジリたかったから調度よかった。


『それと、システムのコードをコピーしておる。変更法についても簡単にまとめておるから活用してくれ』


「ロボ氏凄いんだな。でも実際に変更したい時は、ロボ氏に話した方がいいよね?」


『ん? そうだな』


 さっそく電源を入れて、パソコンを立ち上げる。


「そういえば、アクセスキーが必要なんじゃなかったかぬ?」


 昨日の感じでは、キーを差し込まないと画面が変化しないはずだ。


『ホーム画面の中央に ”MAD” と表示されているであろう? そこをダブルクリックすればキー無しでアクセスできるようにしておる』


 これは驚いた。ロボ氏はかなりプログラムをイジっているようだ。

 MADをダブルクリックすると、画面が切り替わった。


 青い空に浮かぶ雲、その下にどこまでも広がる緑のジュウタン。

 どうやら昨日アクセスした時に見た大草原のようだ。


 でも、昨日と違う点がある。神の視点の目の前に、全身タイツを着たような真っ白な人が背を向けて立っている。


「ろ、ロボ氏、何か白い人が立ってるんだけど……」


 思わずロボ氏に声をかける。


『うむ、神の視点では面白くないのでな、マネキンを操作する仕様に変更した。もちろん神の視点に切り替えも可能だ』


 いったいどれほどイジッタんだろうか……

 僕はロボ氏に白いマネキンの操作方法を教えてもらい、白いマネキンを走らせてみた。


 速い。


 昨日の神の視点とは雲泥の差だ。

 マネキンは走る跳ぶはもちろん、いろいろな動きが出来る。

 もし、このフィールドにモンスターがいたら余裕で戦うことができる。


 ガチャッと音がしてラボのドアが開く。


「おはよう」


 仲川氏だ。


「おはよう仲川氏」


 今日はロボ氏と仲良くできるだろうか。


 いったんは画面から目を外し、仲川氏を見て挨拶したが直ぐに画面に向き直り、マネキン操作に戻る。

 というか、このマネキン意外といい動きをするから面白いぞ。


『おはよう人の私よ』


 ロボ氏もおそらく画面を向いて作業をしたまま仲川氏に挨拶をした。


「ほう、ロボの私よ、昨日私が帰ってからずっとやっておったのか?」


『そうだぁ』


「なるほどな。ではもう十分に楽しんだであろう。さあ替わるのだロボの私よ」


 仲川氏はロボ氏に言いつつ近づいてきた。


『まあ待つのだ人の私よ。来たばかりなのだから、まずはコーヒーでも飲んだらどうだ?』


 なかなかうまい返しをするロボ氏である。


「う~む。そうだな」


 仲川氏は素直にコーヒーを淹れに行った。

 しばらくして、またラボのドアが開く。


「おはようございます」


 水木氏が来た。

 今度は僕もロボ氏も画面から目を離さずに挨拶を返した。


 マネキンの動きが凄いのと、もう少しで大草原の端に着きそうなので水木氏に目を向けている余裕が無い。

 水木氏ごめん。


「おお、助手よ来たか」


 コーヒーを入れ終わったであろう仲川氏が来た。

 ラボにはコーヒーの匂いが広がっている。


「おはようございます教授。朝から二人とも熱心ですね」


「そうだなぁ」


 仲川氏がコーヒーをすする音が聞こえる。

 そのままロボ氏の後ろに立ち、画面を覗いたようだ。


「な……何だこれは。ロボの私よ、説明してもらおうか」


 すぐにマネキンに気づいた。

 ロボ氏は手を止め、仲川氏へ振り返る。


『なに大したことではない。神の視点では面白みがなかったのでな、仮のアバターを設定したのだよ』


 ロボ氏によるとマネキンを作成したことで、フィールド内の土や動植物を採取できるようになり、それを分析できるようになったのだそうだ。


『さらにはだ、神の視点のみに比べて移動もスピーディーに出来るようになった』


 仲川氏はロボ氏の説明を受けて、しかし短時間でかなり変更されたことに戸惑い、言葉が出ないようである。


『今はこの電子空間を隅々まで確認して、瞬間的に移動ができるようにポイントを設置しているところだ』


 なるほど、ポイントの設置が終われば遠方にも瞬時に移動ができるようになる。

 そうなれば、この電子空間の調査も進むというものだ。


「ふむ。たった一晩でそこまでの作業を行っておったのだな。きさま……やるな! しかしだ、もう十分楽しんだであろう? さあ換わるのだ!」


 仲川氏は、とにかくプレイがしたいようでウズウズしている。少々強引ではあるが交代を即してきた。


『うむ良かろう。その前にポイントの設置を教えよう』


 ロボ氏はさっそく仲川氏に説明を行う。

 一通りの説明が終わるとロボ氏と仲川氏は入れ替わり、仲川氏が操作しながらロボ氏が都度説明をするようになった。


『では頼んだぞ、人の私よ』


「ふ、任せておくのだよ、ロボの私よ」


 しばらくすると、完全に仲川氏単体の操作が始まった。


『ふとっちょよ、きさまもポイントの設置を行うのだ』


「分かってるんだな」


 マネキンの操作にもかなり慣れたところだ。

 ここからは作業だな。


 ロボ氏はどうやら、いつものイスに腰かけているようだ。


 ◇


<もおお! いつまでボケッとしてんのよ! そんなんじゃ間に合わないわよ!>


 急にラボ内にソーサリーメイドのツンデレ系メイド、みのちゃんの声が響く。

 

 んあ⁉ もうこんな時間だ!

 あれ? 昼ごはん食べてないような……


 どうやら作業に没頭していたようだ。


「なんと! 時間というものは過ぎるのが早いものだな」


 仲川氏も没頭していたようだ。


「教授、秋葉さん、やっとこちらの世界に帰ってこられたんですね。ここにお昼ご飯ありますけど、召し上がりますか? 当然、冷えてますが」


 いつも通り冷静な、しかし沸々と込み上げる怒りが漏れている水木氏。

 視線を向けると、テーブルの上には油が浮かんだスープ入りのドンブリが二つ置かれている。


「助手よう、そのような物がしょくせるわけがあるまい?」


 さすが仲川氏。空気の読めなささは最高クラスだ。

 よし、この隙に逃げよう。


「じゃ、じゃあ僕は帰るんだな」


 水木氏が仲川氏を睨んでいる中、僕はそそくさとラボから出て行く。

 チラッと奥を見るとロボ氏は静かに椅子に座っていた。


 ◇


「な、なんなんだこれは……」


 翌日、僕たちはメインコンピューター画面の前で固まっていた。

 画面には、筋肉質だがゴツゴツはしておらず、ガニ股で猫背で腰を落としたキャラクターが映っている。


 コンガリと黒く焼けたような肌、シワで歪んだ眉間、長い鼻、半開きの口からは鋭い歯が見えている。

 それでいて、赤いトンガリ帽子をかぶっている。


『ふ、ふ、ふ。これが私専用のアバター【ブラックゴブリン】だ!』


 ロボ氏からそれを聞いた瞬間、仲川氏は大きく後ろにのけ反り奇声を発する。


「なんということだああ! この顔、このフォルム! 完ぺきではないか! 全てにおいて完成されているではないかあああ!」


 どこがだよ!

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