第3話 お腹いっぱい

 今日の仲川氏はかなりテンションが高い。

 その後から、まるで気配を消すかのようにして水木氏が入ってくる。


「んあ? 二人一緒にきたのかな?」


 僕は当然の疑問を投げかけたつもりだったが、仲川氏は目を大きく開き固まった。


「な、何を言っておるのだ! 偶然ラボの前ではち合わせただけなのだよ!」


 何故か仲川氏が焦っている。


「そ、そうですよ秋葉さん。偶然なんです!」


 水木氏も焦っているように見える。ひどく偶然を強調するなあ。


「ふ~ん、偶然なんだあ」


 こんなやり取りをしていると、急に大きな打音が耳に刺さり、僕は瞬時に肩をすくめる。

 音は僕の後ろから出たものだ。


 振り返るとロボ氏が机の上に手を置いて立っている。


『きさま! いったい何をしておったのだ! 私を放置して何をしておったのだ!』


 心なしかロボ氏の手が小さく震えているようだ。


「何をしておったのだ? それはきさまの方なのだよ! 一晩にメール70件だぞ⁉ 何を考えておるのだ!」


 右手を左上から右下に振り下ろしながら仲川氏が怒鳴る。


 70件……確かに多い。ロボ氏……寂しかったんだな。

 そういえば仲川氏は寂しがり屋だな。


『そ、それはきさまが何の連絡も入れないからであろう! 心配にもなるであろう!』


 キター! ロボ氏のツンデレー! やっぱりロボ氏は仲川氏なんだな。

 おっと、止めに入らないと。


「まあまあ、仲川氏、ロボ氏……」


 僕は二人の間に割って入った。


「そうですよ教授、ロボ教授。というか教授、あれの話をしてください」


 水木氏はいつの間にか冷静になっており、いつも通りの口調で言った。


 ところで「あれの話」とは何のことだろうか?

 昨日は村田氏に会いに行ったわけだし……


 すると先程まで険悪だった空気が一気に晴れた。

 二人の仲川氏は水木氏を見つめ、次にお互いを見つめる。


『あ、あれとは?』


 ロボ氏の問いかけに仲川氏は小刻みに顔を上下させる。


「ん、ああ、あああれだ」


 そうか「あれ」だ。僕も分かった。


「シュ……」


『ちょおっと待てーい!』


 言いかけた仲川氏に開いた手を向け、ロボ氏が制止する。

 シュミレーションシステムしかないわけだが、まさかロボ氏、ロボなのに気持ちの整理をしているのか⁉


 しばらく仲川氏に手の平を向けていたロボ氏だったが、やがて仲川氏の正面に向き直した。


『さあ来い。準備は出来た』


「ゆくぞロボの私よ……村田さんからシュミレーションシステムの一部を借り受けた」


『「ハーッハーッハー! マーッドサーイエーンティーヌ‼』」


 シュミレーションシステムは電子空間に創られた広大な世界である。

 仲川氏によれば、今回その一部をシステムから切り離し、使用できる権利を得たということだ。


 システムから切り離したとは言っても、完全に切り離されたわけではなく、どうしても一部つながっていないといけないらしいのだが、そこに侵入してはいけないということで、防衛システムが設けられているということだ。


 何かしらのキャラクター――いやアバターを作って、そこに行ってしまったら、そのアバターのデータは完全に消去されてしまうらしい。


 また、一部変更してはいけないプログラムが有るということだが、一つ目は先程の侵入してはいけない領域――この領域を ”NEF” と言うらしい、二つ目はこのシステムにおいて、最強の生物はスライムであるということの二つらしい。


 まあ、一つ目は分かるとしても、二つ目はなんなのだろうか?

 これらの点を順守してもらえたなら、このシステムは好きにイジッて良いそうだ。


 ちなみに、シュミレーションシステムの一部をこのラボに持ってくるのではなく、このラボからシステムの方につないで使用するという方法のため、システムにどのような変更を行ったかにつていは、全て村田氏の側が把握できるということだ。


 仲川氏は内ポケットから何かを取り出した。


「これがシュミレーションシステムのキーだ」


 長方形の棒のようなものを持っている。


「フラッシュメモリーかな?」


 SDカードやクラウドが記憶装置の主流となってからはトンとみなくなったデータ記憶装置、それがフラッシュメモリーだ。


「そう見えるだろ? 確かにUSB接続だが、全く違うらしいのだ」


 仲川氏によれば、シュミレーションシステムにアクセスしてこのキーを使うと、貸し出された部分を使用できるようになるらしい。


『ほう、ちょっと見せてくれ』


 そう言い、ロボ氏は仲川氏からキーを受け取ると、自らの体に挿した。


「な、何をしておるのだきさま!」


 仲川氏は慌ててロボ氏を怒鳴りつける。


『ん? このキーの中に何があるか調べているのだよ』


 首をかしげて言うロボ氏に、右手を左上から右下に振り下ろして仲川氏が怒鳴る。


「それでキーが破損したら、どうするつもりなのだ⁉」


『その心配はない。中にはブラックボックスが一つあるだけだ。流石にそれをイジる気にはなれんのでな。大丈夫、破損はしていない』


 そう言うとロボ氏はキーを外して仲川氏に渡す。

 キーを受け取った仲川氏はキーをロボ氏から隠すように内ポケットに入れる。


「もし壊れていたら、村田さんにどう説明するつもりだ」


『壊れていないのだから、説明の必要は無い』


 またも険悪な雰囲気の二人。

 同じ人格のはずが、たった一晩でどうしてこんなに仲が悪くなるのだろうか。

 水木氏はそんな二人を、ただただ見ていることしかできずにいる。


「ちょ、ちょっとやめろよ二人とも。仲川氏、とりあえずロボ氏が大丈夫って言ってるんだから、シュミレーションシステムに接続して確かめてみようよー」


 そういった僕を仲川氏は睨みつけて、次にロボ氏を睨みつける。

 仲川氏は「ふん」とだけ言ってメインコンピューターに向かった。

 そんな仲川氏をロボ氏は無機質で、無表情なまま何も言わず目で追っているのだった。


 仲川氏はっコンピューターを起動させ、切り離されたシュミレーションシステムへアクセスする。


 画面には真っ黒な背景に白文字で ”キー” とだけ表示された。

 そうだな、メモリースティック改めキーの出番だ。

 誰が見てもそれしかない。


 だが、仲川氏は画面を見たまま動かない。

 もしかして、気づいてないのだろうか?


「教授……キー……」


 水木氏がポツンと言う。


「分かっておる」


 仲川氏は振り返らずに答え、キーを取り出した。

 取り出したが、今度はキーをジッと見て固まっている。


 なんなんだろうか?

 ここにきて急にナイーブぶって……焦らしなのか?


『挿さないのか?』


 いつの間にか仲川氏の後ろにロボ氏が来ている。


「分かっておる。新たなマッドサイエンスが始まるのが嬉しいのだよ」


 仲川氏は相変わらずキーを見つめたままだが、ロボ氏の問いに答えた。

 っていうか……


「いや、もう、焦らしプレイはお腹いっぱいなんだな」


 そもそも仲川氏はこんなに感慨にふけるタイプではない。

 格好つけてるだけなのがバレバレなんだからね!


「いや、秋葉さん何言ってるんですか? これ重要ですよ?」


 水木氏が切れ気味に僕を睨みつけてきた。

 まあ、水木氏は ”してる感” さえ得られれば満足なのだろうからそうなんだろうけど、そこまで怒る必要あるのだろうか?


『そうだぞふとっちょ、助手の言うとおりだ』


「そうだぞふとっちょ、ロボの私が言うとおりだ」


 時間差で返してきたか。

 というか……なんで僕が悪いみたいになっているのかな?

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