第2話 秋葉太

 スーパーコンピューター【黒い石】がこの世に現れてから、この世界は便利になった。いや、便利が加速した。

 そんな【黒い石】を我が物にしようとするヤカラは後を絶たず、便利が加速するに従って一部で治安が悪くなっていた。


 そんな状況を打破するべく、政府はもともと存在していた治安維持部隊である警備隊を強化した。

 しかし、それだけでは不安であると【黒い石】の周辺でプライベートなセキュリティーである親衛隊が組織される。


 どちらの組織も危険と判断した場合は容赦なく逮捕。

 本人はもちろん関係者も逮捕を徹底している。


 仲川氏はロボ氏の肩から手を放すと、そのまま両手を広げる。


「そうだぁ。そうなったら、どのような目に合うかわかるだろう? もちろん、私も助手も含めての話だがな」


『まて、では私はどうすれば……』


 仲川氏はヤレヤレという感じに両手を上げた。


「ここに居てもらう他ないのだよ」


 というか、そんな大切な用がある日にこんな実験するなよ。


『あぁあ⁉ そうかそうか、行けばいい。私もきさまなのだから、どれほど行きたいか分かるだろう! なのに、この扱いか⁉ ああ分かった分かった』


 ロボ氏は仲川氏と水木氏に背を向けてしゃがみ込んだ……いじけたのだ。


「すまぬロボの私よ」


 仲川氏はそう言うと、水木氏を連れてラボを出て行った。


 二人が出て行き静まり返るラボであったが、ロボ氏は急に立ち上がり『ぬああああー』と叫んだ。


「もう! いきなり大きな声出さないでよう!」


 僕の声にロボ氏はビクッと驚き、少し後ずさった。


『きさま! ふとっちょか! いきなり驚かすんじゃない!』


 ロボ氏がまくし立てる。


「何言ってるんだよう。先に大声出したのロボ氏だろう? 僕すごく驚いたんだからね」


『というかきさま、いつからここにいた?』


「いやいや、最初から居たし。皆ひどいよ、僕がいないかのように進めるんだから」


『私を驚かせるとは、ふとっちょのくせに生意気な』


「ロボ氏、ふとっちょはやめて欲しいと何度も言ってるだろう? ちゃんと ”ふとし” と呼んで欲しいんだな」


 秋葉太あきは ふとし、これが僕の名前なんだな。


 ぽっちゃり系で、常にキャップを被った丸メガネの僕は、主にチェックのシャツを着、ズボンはいつでもダメージジーンズ、靴はサンダルという流行に流されないファッションをしてるんだ。


 かなりイケてるエンジニアだと思うのだが、みんなは僕のことを ”ふとっちょ” と呼ぶ。

 仲川氏はロボットになっても変わらないみたいだ。


『ふとっちょよ、聞いたかさっきの話? あんまりじゃないか?』


 うん、どうやらロボ氏は僕の話しを聞いていないようだ。


『ふとっちょ、取り合えず私をコンピューターとつなぐのだ』


 ロボ氏はケーブルを一本手に持ち僕に向けた。


「ぬ? これをどうするんだな?」


『私の背に挿すのだよ。この体はケーブルでコンピューターとつながることができるのだよ』


 ロボ氏は親指で背を指している。


「分かったんだな」


 僕はケーブルを受け取りロボ氏の背に回る。


 ロボ氏の背には腰のあたりに三つ、ケーブル用の穴が開いていた。そのうち右端の穴にケーブルを挿す。


『ぬ。ぬ。きたぞ。おお』


 ロボ氏は何もない空間に目を向け震えているように見える。


『なるほど、そうか。こうなるのか』


「何が起こってるんだな」


 僕は後ずさりして、ロボ氏から距離をとった。


 そんな僕をロボ氏は振り返り見る。


『ふとっちょよ、これは凄いぞ。こう話している今も大量のデータが流れてくる』


 ロボ氏は上を向き、さも何か貰うような感じで両手を上げて続ける。


『私は更なる高みに行ける。そう、マッドサイエンティーヌとして更なる高みにな』


 ロボ氏がまともなことを言っている。

 ロボ氏は人ではないが、感動しているというのが良く分かる。


『ふとっちょよ、きさまはプログラムに関する資料を持ってくるのだ。今からそれを我がモノとする』


「わ、分かったんだな。取り合えずケーブルをもう一本、挿しとくんだな」


『そうだな』


 僕はロボ氏にケーブルを挿すと、そのケーブルがつながっているハードディスクを起動した。

 それと同時にロボ氏がビクンとし、また何もない空間に目を向ける。


『おお、おお』


 ロボ氏は両手を開き、感動しているように見える。


 続いて僕はプログラミング関連の本を集めてロボ氏に持って行く――ソーサリーメイドの本も紛れ込ませて。

 ロボ氏は何も言わず、一冊手に取りパラパラとめくっていった。


 めくり終わると、まだ手を付けていない本と逆側に置き、次の本をめくり出す。

 ただ、それを続けた。


「ロボ氏、何をしているんだな」


 ロボ氏は本をめくる手を止めた。


『きさま、何なのだこの本は。ソーサリーメイド? プログラミンとは関係ないではないか!』


 気づかれるの早いなー。


「そ、それは、たまには息抜きも必要と思って……」


『内容としては悪くない。ベタだがポイントを押さえたキャラとストーリー展開だ。どうせ直ぐに読み終えるから問題ないが、ロボなのだからな。心配はありがたいが、私は疲れないのだよ』


 そう言うと残りをパラパラめくり、次の本に手を伸ばした。


「ロボ氏さっきから本をパラパラとめくってるけど、何をしているんだな?」


 ロボ氏はまた手を止めた。


『何を言っておるのだ。読んでいるのだよ。こっちに置いたのは読み終わった本だ。ちなみに、今は本をめくる手を止めているが、別に止める必要は無い。かなりのことを同時並行で進めることができるようになったからな』


 僕はロボ氏と目を合わせたまま、呆気にとられた。


<もおお! いつまでボケッとしてるのよ! そんなんじゃ間に合わないわよ!>


 急にラボ内にソーサリーメイドのツンデレ系メイド、みのちゃんの声が響く。

 これはアラーム音だ。


「ぬあー! もうこんな時間だ! ロボ氏、僕はもう行くんだな!」


 今日はアニメ ソーサリーメイド第四話放送日。

 放送は18時30分からだが、今は17時。


 十分に家に帰れるが、その前に夜ご飯を買わないといけない。

 それを考慮するとギリギリだ!


 このラボでも見ることは出来るんだが、僕の至福の時間は誰にも邪魔されたくない。

 僕は直ぐに身支度に取り掛かった。


「ロボ氏、それじゃあ僕はこれで帰るんだな」


『うむ、ふとっちょ、戸締りだけはきちんとしていくのだぞ』


「分かってるんだな」


 ◇


 ツンデレ系って何であんなにいいんだろうか。

 昨日の放送も良かった。みのちゃんは僕の心を鷲掴んでるんだな。


 ラボのカギはまだかかったままだった。

 いつも金切り音を出す扉を開き、中に入ると、ロボ氏は昨日と同じ姿のままそこにいた。


「ロボ氏おはよー。もしかして、ずっとそのままだったのかな?」


 僕が声をかけるとロボ氏はこちらに顔を動かした。


『聞いてくれふとっちょよ。人の私と助手が結局帰ってこなかったのだよ。せっかく私がスーパーマッドサイエンティーヌになったというのに』


 ロボ氏は身振りを交えて僕に訴える。


「もしかしてずっとプログラミングを勉強していたのかぬ?」


『そうだぁ。だが意外に早く終わったのでな、その後はずっとネットサーフィンだ。念のため一画面につき5秒待っていたのでな、なかなか先に進めなかったがな』


「ロボ氏は閲覧者の鑑だな」


『出来る限りルールは守る。当たり前ではないか』


「マッドサイエンティストが良く言ったもんだな」


『ふとっちょよ、マッドサイエンティストではない、マッドサイエンティイイイイ――』


 その時 ガチャッ と音がして、金切り音を立ててラボの扉が開いた。


「おはよう!」


 仲川氏が満面の笑みでラボに入ってくる。


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