村人M(仮)

草った頭

第一章 マッドサイエンス

第1話 マッドサイエンティーヌ

「助手よ、始めるのだ」


「教授、了解」


 助手がボタンを押すと画面にダウンロード0%と静かに表示された。


「助手よ、終わったか」


「今3%です。教授どうぞ」


 白いYシャツとスラックスの上から白衣を羽織った教授は、画面を見ていない。

 面長に無精ひげを生やした教授は、目の前で静かに座るロボットを注視している。


 ロボットは、普通では手に入れることが出来ないほどに高性能なものである。

 なんの変哲もない木製のイスに、その高性能なロボットは綺麗に背筋を伸ばして座っている。


 とある雑居ビルの一角にこの部屋はある。

 この部屋は教授が研究施設として使用しており ”ラボ ” と呼んでいる。


 とはいうものの、多額の資金があるわけではないので――というか、ほぼゼロ――大した設備が有るわけでもなく、このラボを始めて見る人は研究施設と聞いたら鼻で笑うだろう。


 外見も中見も、周囲の環境を害するものではない。悪い言い方をすれば ”幾分豪華な秘密基地” である……そう、見た目は。


 助手は画面に見入っている。


「教授、10%です」


「いったいどういうことだ助手よ。遅い、遅すぎるだろ」


「教授、普通です」


 二人は視線を合わせることなく言葉を交わす。

 今、この場で行われていることは、これからの人類にとってとても重要なことである。


 人の意識は、そのコピーを取り、保存することが可能だ。

 実際この国の民は、意識をコピーし保存しているのだ。


 これまではそこで終了だったが、この教授――いや、マッドサイエンティスト仲川一人なかがわ かずひとは、このコピーデータを現実に蘇らせるという研究を行ってきた。


 そして、今まさに最終段階に入っている。


「教授、30%です」


 マッドサイエンティスト仲川氏の助手、水木草木みずき くさきはタイトスカートの秘書のような服装をしているが、こちらも白衣を羽織っている。

 茶色がかったストレートのロングヘア―であり、スタイルは悪くないが顔は普通。


 そんな水木氏はこの研究自体にあまり興味が無いようだが、仲川氏と一緒に何やら凄いことをしている感に浸りたいがために、研究を続けているようだった。


 今、この部屋は電気機器から漏れる光以外は光源が無い暗闇だが、これも ”している感” に浸りたい水木氏による演出だ。


「助手よ、この後の手順は心得ているな?」


「教授、昨日も一昨日も6時間ほど打ち合わせています。心得ていない方がどうかしてます。70%です」


 仲川氏は小さく震えている。


「モ、モウスグダー。ワレワレ ノ ヒガン ガ カナウノダー」


「教授、緊張しすぎです。カタコト過ぎて何言ってるか分かりません。90%です」


 ロボットを見る仲川氏の目に、より力が込められる。


「カウントダウン。2、1、100%です」


「おい助手よ! 普通カウントダウンは10からだろ⁉」


「教授は普通の方なんですか?」


「いや違う。私はマッドサイエ――」


「なら問題ないですね」と仲川氏の回答を途中で遮り、満面の笑みで水木氏は言う。


「……うむ。ところで本当にダウンロードは終わっているのかね? 何も起こりそうにないのだが……」


「教授、なに寝ぼけたこと言ってるんですか? 打ち合わせの時間は何だったんですか? 今ロボットはログオフ状態なので、ダウンロード完了後に再起動しないといけないって、何度も何度もドヤ顔で私に言いましたよね?」


 水木氏は相変わらず満面の笑みで静かに答えた。


「ふ、助手よ、甘いな。きさまが焦って忘れているのではないかと思い確認したのだよ。私が忘れるわけがないであろう。なぜなら私はマーッドサ――」


「流石わ教授、そのようなこととは知らず、申し訳ございません」


「マ……まあいいだろう。では私が再起動をかける。助手よ、カメラを回せ」


「了解しました教授」


 仲川氏はロボットに繋がれたコードを外し、再起動ボタンを押す。

 しばらくすると、カタカタと音が漏れ、モーターが回転する音が流れてきた。

 その状態がしばらく続き、やがてモーター音は止んだ。


 しかし、ロボットはイスに座ったままピクリともしない。


「じょっ、じょしゅ?」


「きょっ、きょうじゅ?」


 二人は目を合わせた。


『マーッドサーイエーンティーヌ! ハッハッハ!』


「じょしゅううう!」


「きょうじゅううう!」


 急に笑い出したロボットに驚いた二人は、絶叫しながらそれぞれ逆方向に倒れ込んだ。


 ロボットは両足を肩幅に広げ立ち上がると、右手をジッと見つめた。

 手の平を見ると手の甲を見、腕を見た。

 次に左手についても同様にジーッと見たかと思うと、頭を上げて手の平を上に腕を広げて笑い出した。


『ハーッハーッハー! セイコウ シタノダナ ワタシヨ!』


 そんなロボットに視線を合わせたまま、仲川氏と水木氏はゆっくりと立ち上がる。


「じょ、助手よ……成功したのだな」


「ええ……教授……そのようです」


  仲川氏はロボットを指さした。


「きさま! 急に大きな声を出すんじゃない! ショック死するところだったではないか!」


 ロボットは両手を広げたまま仲川氏へ向く。


『オオ、ワタシヨ! スマナカッタ ウレシスギテ ツイ……ナ』


「というか、何だそのカタコトは⁉ 普通に話せんのか⁉」


『何を言っている私よ、普通に話せるに決まっているではないか。しかし、私は今ロボットなのだよ! であれば、ロボットっぽく振舞いたいと思うではないか!』


「なるほど、確かに一理ありますね」水木氏が口をはさむ。


『というか私よ、私はきさまなのだからロボットと呼ぶのはあんまりではないか!』


「私はきさまをロボットとは一言も言っておらんぞ!」


『む? そうであったか。私が言っていたのだな! ハーッハーッハー』


「しかし、確かに呼び方を考えた方が良さそうですね」


 水木氏は考えるように言う。


「しかしながら、ここで決めてしまうのもどうかと思うので ”ロボットとは呼ばない” というルールだけ作って、後は各自に任せてはいかがでしょうか?」


『良いではないか、良いではないか助手よぅ。ロボットと呼ばなければ各自自由に呼ぶが良い。それでよいな? 人の私よ』


「良いに決まっているではないか、ロボの私よ。話し方も先程までのカタコトより、よほどいいぞ。流石は私だ。そう、流石は私なのだよ。なぜなら私は……」


「『マッド サイエンッティーヌ!」』


 仲川氏とロボ氏は、いつの間にか横並びに立っており、互いに逆を向いてナルシスティックなポーズをしていた。


「決まったな」


『私の才能が恐ろしい』


「はい、茶番はそのくらいにして、そろそろ準備しないといけないのでは? 教授」


 水木氏は冷めた目で二人を見ている。


「おお! そうであった!」


『むむ⁉ 何があるのだ⁉』


「実はな、村田さんが例のシュミレーションシステムからゲーム用に、一部切り離してくれるのだ」


 村田氏はこのラボに資金を含め、色々なものを提供してくれる。

 どうして色々なものを提供してくれるのかは不明だが ”組織の人” であるのは間違いない。


 今回、村田氏が提供してくれるシュミレーションシステムは、スーパーコンピューター【黒い石】が人類の未来を見るために造りだした。

 【黒い石】とは、この国で人の意識のコピーを保存し始めた張本人である。


『なに⁉ いつの間に! 私が眠っている間にそんな重大なことが……楽しみではないか! さっそく向かおうではないか!』


 出口に向かおうとするロボ氏であったが、仲川氏に肩をグイッと掴まれた。


「まてまてロボの私よ。その格好で表に出るというのか? そんなことをしたら自分がどうなるのか、分からんわけでもあるまい」


 ロボ氏は足もとを向き頷く。


『ぬぅぅ。親衛隊、もしくは警備隊に拘束されるか』

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