ふたなりの女(その6)

かんぬきで観音扉の錠をひきちぎって、岡埜と浮多郎は五重塔の階段を登った。

三年前に再建されたばかりなので、木の香りがまだ塔の中に微かに残っている。

五層目の欄干に出ると、強風でからだが宙に持っていかれそうになった。

恵信を吊り下げた太い綱は、結び目が固くてなかなかほどけない。

「こいつは、ふつうの結び方じゃねえ。簡単にほどけねえような特殊な結び方だ」

浮多郎の手元を覗き込んだ岡埜は、「この結び方を、書き写しておけ」と命じてから、十手を結び目にこじ入れ、なんとかほどくことができた。

ほどくと同時に、綱は恵信の重みでするすると欄干をすり抜けていった。

いったん二層の屋根に当たって弾んで落ちた死体は、手足を横向きにして、野豚のように境内の砂利道に転がっていた。

辺りを見回しながら塔を降りたが、恵信の寝間着も下帯も見つからなかった。

・・・犯人が持ち去ったのだろうか?

境内では、検死の役人と小者が恵信の死体を改めていた。

首に巻き付いている綱の結び目は、欄干に縛りつけたものと同じだった。

「岡埜さま、奇妙です」

検死人が、死体を指差した。

「両目と両手と心ノ臓に、尖った棒のようなもので突かれたあとがあります」

岡埜が、「どれどれ」と覗き込み、

「血が滲んでいる。ということは、生きたままこれをやられたのか。残酷だな」

とつぶやいたが、それほど『ひどい』という口ぶりではなかった。

丸裸に剥いて塔のてっぺんから吊るす残酷さにくらべれば、『まだしも』だからだろう。

とにかく、死体を本堂へ運んで、首の綱を苦労してほどいた。

顎が完全に外れていた。

生きたまま、両目と両手と心ノ臓の五か所を何か尖ったもので突かれ、首に綱をまかれて、空中に放り出されたのか?

浮多郎が、くんくんと犬のように綱の匂いを嗅いでいると、

「奉行所の犬が、犬のまねごとかい」

と、岡埜が嘲笑った。

「いや、この綱ですが、・・・何となく磯の香りがします」

浮多郎が突き出すと、岡埜も綱を鼻先にあて、「なるほど」といった。

「でもな、首を吊ると、小便も糞もぜんぶ出きってしまうからな、おそらくその匂いだろうよ」と、岡埜は首を振ったが、

『それはぜんぶ下へ流れるから、縄に匂いは残らないはず』

浮多郎は、そう考えたが、それは口にしない。

岡埜を恵信の部屋へ引っ張っていき、布団と文机の引き出しを見せた。

「布団の乱れようからすると、寝込みを襲われたようです。布団に血がついています。ここで拷問にでもあったのでしょうか?」

岡埜は、鼻先でふんふんと笑った。

「・・・今気が付いたのですが、隅に富札を入れる富箱があります。なんでもこの箱を回転させてから、横の穴から錐で木札を刺し、当選番号を決めるそうです。箱はありますが、錐がありません。この錐でからだを刺したのではないでしょうか」

岡埜は、黙って浮多郎の話を聞いている。

「この引き出しに五重塔の鍵がありました。が、無くなっています。ここで鍵を出させて塔へ連れ出し、恵信坊の首を吊った犯人は、鍵と錐と衣類を持ち帰ったか、逃げる途中で捨てたかです」

ここまで聞くと、薄笑いを浮かべていた岡埜は、急に不機嫌になった。

「目明し先生、見てきたようにいうねえ。じゃあ、おうかがいするが、犯人はどこのどいつだい。ここへ連れてきてもらおうか」

捨てセリフを残すと、岡埜は不意に部屋を出て行ってしまった。

ひとり部屋に残った浮多郎が、箱の下に錐がないかと探ろうと、富箱を持ち上げようとしたが、重くて持ち上がらない。

住職を呼んで、富札を出し入れする横蓋を外してもらうと、中から小判やら二朱銀やらが、床にこぼれ落ちた。

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