ふたなりの女(その4)
まず、巣鴨のとげぬき地蔵尊近くの、廉次親分の広壮な屋敷をたずねた。
親分は、盆栽と植木で財をなしたので、今では目明しは開店休業中だ。
「妙蓮寺の近くに住む、ふたなりの女だって?知らねえな。・・・ああ、お蓮かい。それなら知ってるよ」
いきなり、『ふたなり』などと口にしたのは、まずかった。
お蓮は、妙蓮寺の住職のひとり娘だという。
「三年前、妙蓮寺から火が出て、住職は焼け死んだ。お蓮は焼け跡に仮の本堂を建てて住んでいる。いい子だね。でもお前さんがわざわざ、出張ってくるということは、何か悪さでもしたかね?何だい、さっきの『ふたなり』って」
廉次親分は、口の固いおひとなので、何をいっても大丈夫だろうと、
「そのお蓮という娘は、敵討ちとか何か物騒なことを考えてはいませんかね」
浮多郎はズバリと聞いてみた。
「う~ん。知らねえな。どこからそんな考えが出てくるのかねえ」
親分、考えこんでしまったが、根っからのお人好しなのか、妙蓮寺までいっしょにいってやるといった。
巣鴨といっても、はずれの染井神社までけっこうな道のりだ。
たしかに、染井神社と地続きの妙蓮寺の焼け跡に、小さな仮の本堂だけがぽつんと立っていた。
外から廉次親分が声をかけると、例の『ふたなり』の女が顔を見せた。
お蓮という娘は、浮多郎の顔を見るなり、「はっ」として口を袖でふさいだ。
あの夜は蝋燭の灯りでしか見なかったが、こうして明るい日の下でまともに見ると、けっこういい女だ。
・・・それに若い。まだ二十歳前だろう。
とてもひとの前で『ふたなり』の性技の痴態を見せ物にするような娘には見えない。
親分は、気を利かしたのか、境内の石灯籠の台座に腰をおろして、スパスパと煙草を吸いはじめた。
「柳橋の料亭には、山岸屋さんから声が掛かったんで?」
浮多郎はいきなりたずねた。
機先を制されたお蓮は、「はい」と素直に答えた。
「山岸屋さんとは、以前からの知り合いで?」
「いえ、今度がはじめてです」
「『ふたなり』を見せ物にするのは、いつからやってるんでしょうか?」
「もう、かれこれ二年になります」
「どうして、またそんなことを。まだお若いのに」
性技など見せ物にして稼ぐのは、大年増女だけだ。それもかなり崩れた・・・。
しかし、お蓮は答えない。
そこへ、仮の本堂から若い男が、飛び出してきた。これは、あの夜お蓮の相方をつとめた男にちがいない。
「お蓮ちゃん、そんなやつの質問にいちいち答えることはねえよ」
この苦み走ったいい男は、浮多郎をにらみつけ、お蓮を抱きかかえるようにして、連れ去ろうとする。
「・・・あとひとつだけです。あの夜、客にお坊さんのような大男がいました。あの男は、お蓮さんを見て、顔面蒼白になりました。知り合いだったのですか?お互いに」
お蓮が何かいおうとすると、若い男はお蓮の口を押えて引きずった。
「おい、手前は内藤新宿の博徒の豪太郎の手下の新助じゃねえか」
廉次親分が、十手をかざしてやってきた。
「親分さん、たしかに豪太郎親分のいかさま博打の手伝いはしやした。しかし人足寄場に三年もいて禊は済んだ。今は、何ひとつお天道さまに恥じることはしちゃいねえ」
新助は、そういってお蓮を仮の本堂へ引っ張っていった。
「どうしてまたあのお蓮が、新助などと・・・。分からねえ」
帰り道、親分はしきりに首をひねった。
「三年前の妙蓮寺の火事は、どんなだったんで。もしかして、放火とかでは?」
「浮さん、よく分かったねえ。俺は、今でも放火だと思っている。外から油をまいて火をつけたやつがいる。だが、奉行所が取り上げなかった」
「犯人のこころ当たりは?」
「そいつが分かれば、苦労はねえ」
「妙蓮寺には、今は仮の本堂しかありません。いつ再建されるんで?」
「本院は富籤で儲かっている。分院へ少しでも回せば何てえことはねえだろうに」
「本院って、谷中の感応寺のことで?」
ひとり言のようにいったので、親分には聞こえなかったようだ。
が、浮多郎には恵信坊とお蓮とをつなぐ一本の細い糸が見えたような気がした。
―翌朝、といってもまだ天道の昇る前、谷中の感応寺の小僧が、息せき切って駆けてきて、泪橋たもとの小間物屋の雨戸を叩いた。
「五重塔のてっぺんから、ひとが吊り下げられています」
雨戸を開けた浮多郎に、小僧は大きな声で喚いた。
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